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「そうだ……何も操る必要はない。エサで誘導すればいいんだ……」
カインさんは腑に落ちたようで、しきりに頷く。
それを見て、ジゼルさんが反論した。
「ちょっと待て、カイン殿。何をエサにするというのだ?先程、我々に見向きもしなかったではないか。人間や亜人の他に、ドラゴンゾンビの好物に心当たりでもあるのか?」
「好物はわからんな。だが、エサになりうる物に心当たりはある」
「……どういうことだ?」
「アンデッドってのは、多かれ少なかれ生きていた頃の名残をとどめているものだ。それは愚鈍なゾンビであっても、だ。さっきエレノアが言った、生前の行動パターンを繰り返すってのもその一つだ……ジャック、お前はどうだ?」
突然問われたジャックは一瞬戸惑ったが、正直に話し出した。
「……私ハ、生前ノ記憶ガアリマセン。デスガ、生前ノ装備品ノコトダケハ、ハッキリ覚エテイマス」
そう言って彼は、腰の剣にそっと触れた。
「そういうことだ。ジャックのように生前執着していたものがあれば、それは最上のエサになりうる」
言われてみれば、確かに可能性はある。
ジャックとルーシーだけでなく、黒猫堂のアンデッド達を知る僕にはそう思えた。マリウスなんか、飴玉一つで釣られてしまいそうだ。
「エサで誘導している奴が存在するならば、ドラゴンゾンビの前方、それも生体感知の範囲内にいるはずだ……日が暮れると視認が難しい。すぐに探すぞ」
カインさんの考えは、さっきジゼルさんが指摘したように推測に過ぎない。だが、不思議と説得力があった。それはカインさんの確信したような言い様のせいかもしれない。
仮に空振りに終わってもさしてデメリットもないだろうということで、すぐにその
手段はヒッポグリフによる、上空飛行からの目視。
時間は日暮れまで。
二騎のヒッポグリフに分かれて騎乗する。
テオドールさんのヒッポグリフの方が大きいので、そちらにカインさんとエレノアさん。
ジゼルさんのヒッポグリフに僕とジャックにルーシーが乗る。
「もっとしっかり掴まってくれ、ノエル君!」
「はっ、はい!」
言われて、ジゼルさんの腰に手を回す。
少し気恥ずかしいが仕方ない。
その僕の腰にはジャックが手を回す。
「オ願イシマスヨ!のえるサンガ落チタラ私マデ落チルンデスカラネ!」
「わかって、るっ!」
砂煙を巻き上げて、ヒッポグリフが離陸する。
一つ羽ばたくその度に視点がぐうん、と高くなる。
「あっ、手ふってる!おーい、またねー!」
地上を見ると、もう小さくなったゴブリン達が皆で手を振っていた。
「ヒィィ……落チタラ粉砕骨折デスネ……」
「骨折で済むジャックはいいよ……」
僕が落ちたら十中八九、即死だ。
僕達の乗るヒッポグリフは空高く舞い上がり、テオドールさんのヒッポグリフとともに一度上空を旋回してから、ドラゴンゾンビのいる方角へ針路をとった。
「すごーい!はやーい!たかーい!」
念願の「鳥さん」に乗れたルーシーは、おおはしゃぎだ。
空が飛べるルーシーでも、この高度と速度は経験したことがないのだろう。
一方の僕とジャックは、前屈みになったまま身動きできない。
「うう……」
「のえるサ~ン、怖イデス~」
「僕だって怖いよう」
「あっ!ノエル、ジャック!見て見て!くもさん!」
「えっ、蜘蛛さん!?」
「もう、ちゃんと見てよー!くもさん!」
恐る恐る見れば、夕焼けに染まった雲がすぐそこに広がっていた。
「……凄いや。ジャックも見てみなよ!」
「嫌デスッ!!」
ジャックは僕の背に顔を埋めて動かなかった。
慣れてくれば、気分爽快だ。
乱暴に髪をなびかす風さえも心地いい。
雲と大地の狭間を疾駆する二騎のヒッポグリフは、西日を背中に浴びながら風を切って進んだ。
「ドラゴンゾンビが見えてきたぞ」
ジゼルさんに言われて前方を見やると、要塞の如き怪物がのっしのっしと歩いていた。
空から見下ろしても、その威容は健在だ。
「こんなものがレイロアに……考えるだけで怖ろしいな」
ジゼルさんが呟くように言う。
「でも、ジゼルさんがいる今ならどうにかなるかも。神聖属性の最上級魔法が使えますしね」
しかし、ジゼルさんは力なく首を横に振った。
「そう甘くはないよ……そうだな、ノエル君には言っておくか」
「ん?何をです?」
ジゼルさんは少しだけ黙り、それから話し始めた。
「私は君と同じなんだ」
「僕と、同じ?」
意味がわからず、ジゼルさんの言葉を繰り返す。
「つまりだな。聖騎士は司祭と同じく、成長が極めて遅いんだ」
「えっ!?……それでも、レベル高いんでしょう?」
「私は冒険者ではないのでレベルはわからないが……レベルに換算すれば、カイン殿には遠く及ばないだろう。君より少し高いだけではないかな」
「いやいや!最上級魔法を使えるのですから、カインさんと同等でしょう?」
「それは聖騎士の優位性の一つだ。聖騎士は、神聖属性であればどんな魔法でも覚えることができる」
「どんな魔法でも!?」
本当ならとんでもない能力だ。
最上級魔法に留まらず、その上にあるという伝説や神話に出てくるような魔法だって覚えることができるということだ。
まあ、そんな魔法をどうやって覚えるのかという問題はあるが。やっぱり魔法石なのかな?
「なんだか過大評価されてる気がするが……言うほど優れた能力でもないからな?」
「いや、十分優れていますよ!」
「消費魔力のことは考えたか?」
「あっ……」
そうか。
基本的に魔法というのは、効果が高くなるほど消費魔力が多くなる。強力な魔法を覚えたところで、魔力が足りなければ使えない。本来なら覚えられない難易度の魔法なら、尚更だ。
「そういうわけだ。過剰な期待はしないでくれ」
「……はい。でも、なんだか親近感わきました」
「ふふっ。私は君が司祭と聞いたときから親近感を感じていたよ」
話している内に、ドラゴンゾンビの真上に差しかかった。さらに上空を見ると、エレノアさんがギルマスに大声で話しかけていた。
おそらくこれからの行動予定を伝えているのだろう。
ギルマスは皆に見えるように親指を立て、それから前方へ手を向けた。
わかった、行け。
そう短く指示しているのが理解できた。
テオドールさんのヒッポグリフと二手に分かれ、地上を探す。
「私も探すが、君達もしっかり見てくれ!」
「はい!ジャックもほら、背中から顔離して!」
「ウウウ……ヒィッ!ムリムリムリ!」
チラッと下を見たジャックが、僕の背中に頭蓋骨をぐりぐり押しつける。
二つ名が【高所恐怖症】にでも変わったかと思い、鑑定したが、相変わらず【ジャッ
普通に怖がってるだけらしい。
ジャックは諦め、高速で滑る地面を目を皿のようにして見る。
「ううむ、見当たらんな……」
「ですね……林の中にもいない……」
本当に存在するなら、ドラゴンゾンビを引きつける
で、あれば目立つはずだ。
上空から見えないはずがない。
そもそも、ジゼルさん、テオドールさん、ギルマスの三騎のヒッポグリフが近くを飛んでいるのだから、すでに目撃されていてしかるべきなのだ。
やはり推測は推測に過ぎなかったか?
「ノエル、もくもくー!」
肩の上のルーシーが、興奮したように叫ぶ。
「うん、雲さんもくもくだね。今忙しいから後でね」
「ちがうよ、下だよー?」
「下?」
ルーシーの指し示す方を見る。
目を凝らすと、確かに
「っ!ジゼルさん、あそこ!土煙が!」
「どこだ!」
「あそこ!見にくいですが、土煙
「……あれか!さては、目眩ましの魔法だな」
ジゼルさんは手綱を捌き、土煙の方へとヒッポグリフを飛ばした。
えー、この章、作者自身が引くほど長くなっております……。
章の終わりまで、少し駆け足でいきます。
毎日とはいきませんが、週3くらいで更新できたらと考えております。