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「ばいばーい!」
ルーシーが空へ向かって大きく手を振る。
小さくなっていく大鷲騎士の何人かが、こちらへ手を振り返した。
残された僕とジャックとルーシーは、その足でギルドへ向かう。ジャックと相談して、先に避難場所の確認をしておくことにしたのだ。
ギルドの受付カウンターでマギーさんに事情を話すと、教会の敷地にテントを張り臨時の避難キャンプとするつもりなのだと教えてくれた。
ただ、ゴブリンをそこに避難させるのはさすがに無理なので、ナスターシャさんと相談する時間がほしいとのこと。
ゴブリンの避難場所はマギーさんにお任せすることにして、僕達は『テレポート』で最西の人間の村へと向かった。
前に少し寄っただけだったのだが、村の住人は僕達を暖かく迎えてくれた。
だがドラゴンゾンビのこと、避難してほしいことを告げると、住人達の顔はみるみるうちに曇っていった。
「君達のことを信用してないわけじゃないが……すぐには決められないよ」
そう言うのは、村のリーダーの中年の男性。
「しかし、あまり時間はないのです。お願いします!」
そう言って、僕は頭を下げた。
「本当なのか?」
「本当だったら……人間を好んで食べる……なんて怖ろしい……」
「冒険者が戦ってくれるのだろう?避難する必要はあるのか?」
「でも【腐り王】のときみたいになったら……」
「故郷を二度も捨てる?そんなのごめんだ!」
村の住人が口々に想いを吐き出す。
確かにこの様子では時間が必要かもしれない。
しかし、その時間が残されていない。
するとジャックが一歩前へ出て、口を開いた。
「捨テルノデハアリマセン、一時避難デス。先程のえるサンガ、どらごんぞんびハ人間ヲ好ンデ食スト言イマシタネ?逆ニイエバ、人ガイナケレバコノ村ヲ襲ウ理由ハナイハズデス」
「すぐ戻ってこれる、と?」
リーダーの男性が僕に問う。
「……約束はできません。ただ、僕達が――レイロアのギルドマスターを含めた冒険者が、全力で事に当たります」
僕の言葉に沈黙が流れる。
嘘でも約束してしまえば良かったか、なんて思っていると、肩の上のルーシーが不満げに言った。
「ノエルぅ~、またあの竜さんとこいくの?」
「ん、そうだね。そうなるかも」
するとルーシーは頬を膨らませた。
「ルーシーやだなぁ。あの竜さん、お山みたいにおっきくて、なんだかこわいんだもん」
ルーシーの言葉に、住人達は顔を見合わせた。
結局、このルーシーの台詞が決め手となり、避難することに決まった。
そしてすぐに避難の準備が始めてもらう。
『テレポート』で転移すること、一度の転移で運べる量には限りがあることはしっかり説明した。
説明したのだが、僕の目の前には荷物が山と積まれていく。
大きなタンスや農機具まで持っていこうとする人がいて、必要最低限のものだけにしてくれと必死に説得した。
それでも荷物は想定よりかなり多く、一往復どころか四往復もすることになってしまった。僕は、我が家を離れ避難するということを甘く見積もっていたのかもしれない。
避難の様子を見て、ジャックの顔も雲っていた。ここの十倍かそれ以上の数がいるゴブリン達を説得できるか、説得しても避難がスムーズにいくのか、頭を悩ませているのだろう。
『テレポート』でレイロアの教会へと運んだ住民達をエウリック司祭に預け、すぐさまゴブリンの集落へと転移した。
すでに日はだいぶ傾いている。
思いの外、時間がかかってしまった。
林の奥にあるゴブリンの集落。
その入り口には、獣の皮で作ったらしい奇っ怪な旗がたなびいていた。以前はなかったが、一種のトーテムだろうか?
門番ゴブリンはジャックを見るや否や、慌てて集落の中へと走っていった。
そして待つことしばし。
体格のよいゴブリンを伴って、足早に歩いてくる一際大きなゴブリンが見えた。
頭にはモヒカンのような頭飾り。
ゴブリンの長、【大物食いのジルベル】だ。
「ウギッ、ギッゲッ……」
「アア、
短い会話を交わしたジャックとジルベルは、一瞬の間の後、ガシッと抱き合った。
さらに幾つか言葉を交わしてからジャックは真面目な顔に戻り、身振り手振りを交えて説明を始めた。
何を話しているか相変わらずわからないが、時々出てくる大きなジェスチャーはおそらくドラゴンゾンビだろう。
ジルベルは最初のうちは頷きつつ聞いていたが、途中から顔をしかめ、盛んに首を横に振った。
「ジャック……どう?」
僕が横から聞くと、ジャックは疲れた顔で答えた。
「フゥ……芳シクアリマセン。自分達ハ安住ノ地ヲ求メテ旅ヲシテキタ。ソシテ、コココソガ安住ノ地。ココハ自分達ノ国ナノダ、ト我ガ
自分達の国。
この地への思いが詰まった言葉だ。
もしかしたら、入り口の旗も国を示す印みたいなものかもしれないな。
「わかった。明日の夜明け前がタイムリミットってことも伝えてみて」
「ハイ、ワカリマシタ」
それからもジャックは必死に説得した。
言葉を尽くして――いや、身振りを尽くして説得を続けた。
だが、いくらジャックが説得してもジルベルは首を横に振るばかり。
僕は西の空を見て、目を細めた。
傾いた太陽は目映い光を放ち、世界をオレンジ色に染めている。
先程のタイムリミットとは、この集落にドラゴンゾンビが到達する予想時間のこと。出発前にカミュさんに計算してもらったものだ。
このゴブリンの数だと、避難にどれだけ時間がかかるかわからない。遅くとも日暮れまでに説得し、避難を始めたい。
僕は焦れったさに唇を噛んだ。
すると唐突に肩の上のルーシーが東を指差した。
「あれ!鳥さんだ!」
その声に、ルーシーの指差す東の空を見上げた。
そこにはこちらへ向かって降下してくる一騎のヒッポグリフの姿があった。