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「ノエル、冒険者の一人として答えろ。お前は救うべき無辜の民の命より、モンスターの命をとるのか?」


 ギルマスの威圧感が膨れ上がる。

 凶悪なモンスターが放つそれとはまた質の違う、僕が体験したことのない威圧感。

 鼓動が高鳴り、体がすくむ。

 僕は後退りしそうになる両足に力を込め、踏ん張った。

 ギルマスがその威をもって問うているのは、もはや作戦がどうこうではないだろう。

 僕に冒険者としての資質が欠けているのではないかという疑念。

 つまり、問われているのは僕の本性。

 敵意さえ含んでいるような刺々しい視線を浴びつつ、僕は意を決し言葉を紡いだ。


「……人とモンスターの命を比べれば、僕は人の命をとります。しかし、見知らぬ人とジャックを比べれば、僕はジャックをとるでしょう。そして僕達はあのゴブリン達に恩がある。これは種に対する価値観の話ではなく、人としての信義の問題なんです!」


 僕は思っていることを一息に言い切った。

 即座に張り倒されることも覚悟していたが、僕の予想とは反対に威圧感は消え去り、ギルマスは優しく微笑んだ。


「そうか、信義の問題か……よくわかった。好きにしろ」

「っ!ありがとうございます!」

「アリガトウゴザイマス!」


 僕とジャックは同時に頭を下げた。


「よろしいのですか、ギルドマスター?」


 エレノアさんが少し不満げに問うが。


「ノエルにとって信義の問題だ。仕方なかろう?残念だが、仕方ない、仕方ない」


 ギルドマスターは機嫌良さげに「仕方ない」と連呼した。「信義の問題」という言葉が琴線に触れたのだろうか。


「ああ、ノエル。好きにしろと言っといてなんだが、二つほど約束してほしい」

「はい、なんでしょうか」

「一つ。ゴブリン村の前に最西の人間の村を優先すること。二つ。ゴブリンの避難が済んだら中継地点に向かうこと。いいな?」

「はいっ」

「転移で運んだゴブリンのことはマギーに相談しろ」

「わかりました」

「うむ。では話を戻そう」


 大鷲騎士団と冒険者の組み合わせはあっさりと決まり、次に役割を決めていく。


「残りの三つの村にそれぞれ一騎ずつ……あとはドラゴンゾンビの位置を空から捕捉しておくべきだな」


 ギルドマスターの発言にジゼルさんが注文をつける。


「ヒッポグリフもずっと飛べるわけではない。ドラゴンゾンビには二騎つけ、交代で休めるようにしてくれ」

「わかった。ドラゴンゾンビは強力なブレスを吐くことを【天駆ける剣】が確認している。空からの監視とはいえ、最大限の注意を」


 エレノアさんが、ブレスの話で何か思い出したように話し出した。


「昨晩、古い文献をあたり、わかったことがあります。大昔ですが【まことの竜】のゾンビが村々を襲ったことがあったようです。その文献には、ドラゴンゾンビは知能の高い生物を好んで食す、とありました」

「知能の高い生物……人間や亜人と考えていいな」


 カインさんの言葉に、エレノアさんが同意する。


「はい。特にエルフを好んだそうです。なんでも知能の高い生物を取り込むことで、かつての叡智を取り戻さんとしているのではないか、と」

「……なるほど。ますます避難を急がねばならんな」


 するとヴァーツラフさんが首を捻った。


「俺達にはそんな素振り見せなかったぞ?まるで邪魔者を無視するようだったが」


 エレノアさんが少し考え、答える。


「それは相手が【天駆ける剣】だったから諦めたのでは?いくらドラゴンゾンビとはいえ、あなた方を簡単に丸飲みとはいかないでしょう」

「それはそうかもしれんが……俺なんか正面から挑んだが、視線さえも合わせようとしなかったぞ?」


 その言葉に、カインさんがククッと笑う。


「そりゃあ、お前は知能が高そうには見えんしな」

「う、うるせえぞカイン!」

「言えてますね」

「ああ、スライムの方がまだ賢い」

「このっ、カミュ!ポーリ!」


 ヴァーツラフさんが他の【天駆ける剣】を追いかけ始めた。だが他の三人の方が速く、捕まらない。


「まったく……役割は勝手に決めるぞ?」


 そう言ってギルマスとエレノアさんが役を割り振っていく。

 その結果、ドラゴンゾンビの捕捉・監視がギルマスとエレノアさん。ヴァーツラフさん、ポーリさん、カミュさんがそれぞれ村に向かい、残るカインさんは見落としている村はないか見回りつつ西へ向かうことに決まった。

 監視組以外は、避難が完了したら中継地点でそのまま待機。そこでナスターシャさんが率いる冒険者と合流し、対ドラゴンゾンビ戦の準備へと移ることとなった。

 ヒッポグリフの休憩が終わり次第、出発だ。

 冒険者と騎士それぞれが、パートナーとなる相手と挨拶を交わし、談笑を始めた。

 これからの任務を考えれば、これも重要な時間だ。

 僕とジャックもこれからのことを話し合っていると、ジゼルさんとカインさんが近づいてきた。

 この二人はパートナーだ。


「ノエル君、久しぶりだな」

「お久しぶりです、ジゼルさん。今日は髪、下ろしているんですね」

「ん、ああ」


 ジゼルさんは自分の長い金髪を触り、照れ臭そうに笑った。


「似合わないと言いたいのだろう?だが、兜を被るときは致し方ないんだ」

「いえ、似合ってますよ?」

「そうか?ふふ、ありがとう」

「チョイト失礼」


 僕とジゼルさんの間に、ジャックが手刀を切りながら割り込んできた。


「なんだよ、ジャック」

「のえるサンガ聞カナイカラデスヨ」

「ん?なにを?」

「あるべるとデスヨ!奴モ後デ来ルノデスカ!?」

「ああ、そういえば!」


 アルベルト。

 忘れもしない、僕をクビにした憎き元リーダー。

 ……いや、忘れていたけれども。


「彼はお留守番だ。見習いだからな、自分のヒッポグリフがいないんだ」

「そうでしたか」

「ほっトシマシタ」

「ふふっ、酷い言われようだな」


 ジゼルさんがおかしそうに笑う。


「なんだ、彼女と知り合いだったのか?」


 カインさんが意外そうに僕とジゼルさんを見た。


「ええ、大聖堂でお世話になりまして」

「ふうん……ノエルって意外性の男だな」

「ええっ?初めて言われましたよ」

「大鷲騎士団長と知り合いで、恩人がゴブリンで。そんなひ弱そうななり(・・)で、ギルマスを負かしちまうし」


 と、カインさんが僕を興味深そうに見つめて言う。


「ああ、あれには感服したぞノエル君!」


 ジゼルさんもしきりに頷く。


「私モデス!へたれノのえるサンガヨクゾココマデ……ウウッ」


 ジャックまでもが泣き真似をしつつ誉めてくる……ヘタレは余計だが。


「うーん、負かしたというわけではないような」

「いや、あれは勝ちさ。ヴァーツラフなんてニヤニヤしっぱなしだったぞ?」

「うむ、アラン殿のプレッシャーは凄まじいものだった。あれに抗っただけでも大したものだ」


 僕は誉められ過ぎて、頭を掻きっぱなしだった。

 そこに話題のギルマスからお呼びがかかる。


「ノエル!ちょっと来てくれ!」


 もしかして聞こえていたのか。

 そう思って冷や汗を浮かべつつ向かうと、ギルマスは僕に液体の入った小瓶を差し出した。

 ポーションのようだが、液体の色が赤い。

 普通のポーションは青色だが……。


「ん?マジックポーションは初めてか?」

「はい。これがマジックポーション……」


 小瓶の中には、輝くようなルビー色が波打っていた。


「これはその中でも最高級品だ。念のためにと持ってきたが、お前にこそ必要だろう。持っていけ」


 確かに、これから『テレポート』だけでもどのくらい魔力を使うかわからない。


「ありがとうございます。遠慮なく」

「高価なんだから、ここぞというときに使うんだぞ?」


 そう言うギルマスは、ずいぶん機嫌良さげだ。


「……なんだが嬉しそう?ですね」

「そう見えるか、いかんな」


 ギルドマスターは、自分の頬を叩いた。

 すると、歩いてきたエレノアさんが困ったような顔で説明する。


「ギルドマスターは久々の冒険が楽しみで仕方ないのです」

「バラすな、エレノア!」

「こんな状況なのに不謹慎です」


 エレノアさんがじとっとした視線をギルマスに浴びせる。少し小さくなったギルドマスターに、僕は小声で聞いた。


「……楽しみなんですか?」

「……ああ。デスクワークはもう、ウンザリだ」


 思えばギルマスだって自由を愛する冒険者。

 もっと冒険に出たいよな……。

 そんなギルマスにエレノアさんが再び声をかける。


「ギルドマスター、ヒッポグリフの休憩が終わったようです」


 気を取り直したギルマスは皆を見回し、大声で叫んだ。


「よし。総員、準備はいいな!?では出発!!」

感想返しの方が滞っております。

申し訳ありません。

しっかり目は通しております。

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