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多忙の為、しばらく感想返しが疎かになります。

申し訳ありません。

「一晩休め?何を悠長なことを!ドラゴンゾンビは今もレイロアに近づいてきているんだぞ!」


 ヴァーツラフさんの怒鳴り声が響く。

 ここはレイロアのギルマス部屋。

『テレポート』でレイロアまで転移し、その足でやってきた。

 正面のソファにギルマスが座り、その隣にナスターシャさん。さらにその後ろに、サブマスことエレノアさんが立っている。

【まことの竜】のドラゴンゾンビの存在をギルマスに伝えたのだが、行動を起こすのは明日まで待てと言われてしまった。


「私もヴァーツラフの意見に賛成です。今すぐ動かねば、間に合うものも間に合いませんよ?」


 カミュさんが眼鏡を指で押し上げつつ、ギルマスに厳しい視線を向ける。

 カインさんも続いて口を開く。


「奴は俺達【天駆ける剣】でも倒すのが難しい。だが、短時間の足止めはくらいはできる。火属性魔法が使える冒険者を集めて……いや、全ての冒険者に火と油を持たせてもいい。うまく嵌めれば燃やし尽くすこともできるかもしれん。だが、レイロアに近づかれてはダメだ。ブレスで多大な被害が出るぞ」


 僕はカインさんが口にしたブレスという言葉にブルッと身震いした。

 あれは死、そのもの。

 もう二度と見たくない。


「わかっている。だが一晩、待て。明日――」

「何を待てと言うんだッ!」


 ヴァーツラフさんが以前にそうしたように、テーブルに拳を落とした。

 重そうなテーブルが悲鳴を上げる。


「……いいから話を聞け。お前達が西方に行っている間、こちらも遊んでいた訳じゃない」


 ギルマスは一つため息をつき、エレノアさんを見た。エレノアさんはコクリと頷き、僕達の前に進み出た。


「それではまず、西方の調査結果を報告させていただきます」

「西方の調査?それは俺達の仕事だろう?」


 ポーリさんが怪訝そうに尋ねるが、エレノアさんは首を横に振った。


「私どもの行った調査は、現在西方に住む人々の調査です」


 そう言ってエレノアさんは、その手に持つ書類に目を落とした。


「以前、ノエルさんにより西方に住民がいると報告を受けておりました。今回、その住民の避難計画を立てるにあたり、他にも住民がいるのではとの意見が出まして」

「そんな物好き、そうはいないだろ?」


 ポーリさんが首を捻るが、僕は即座に否定した。


「……いや、いるかもしれません」


 前回の西方行きはヒドファン村を目指して旅をした。別に住民を探し歩いたわけではないのだ。

 それでも偶然、人のいる村の存在を知ってしまった。

 ならば、他に人の住む村があったっておかしくはない。いや、むしろあるのが自然ではないだろうか。


「調査の結果、少なくとも五十六人。四つの村か集落があるだろうとの結論が出ました」


 ヴァーツラフさんが短く唸る。


「むうっ。結構いるな」

「ええ。ほとんどが【腐り王】以前に西方に縁のある人です」


 多くのレイロア住民は【腐り王】の恐怖が未だ拭いきれていない。

 だが、その恐怖より望郷の念が勝る人もいる。

 ルパート兄妹のように。

 ララさんのように。


「我々がすべきは住民の避難とレイロアの防衛。優先順位はレイロアの防衛が上となるが、それには準備がいる」

「その準備の間に避難を進めるということか」


 カインさんの言葉にギルマスが頷く。


「そうだ。厄災がドラゴンゾンビだということを踏まえて作戦も立てねばならん……ナスターシャ殿、頼めるか」


 目を閉じて聞いていたナスターシャさんが、薄く目を開けて答えた。


「承知した」

「おいおい、よそ者に任せて大丈夫か?」


 カインさんが疑念の言葉を投げかける。

 ナスターシャさんは視線を上げ、カインさんを見つめた。


「妾はほんの少しだけ、未来を読める。そなたらの持ち帰った情報により、さらにもう少しだけ先の未来を知れよう。その上で、最も望ましい未来を掴みうる作戦を立てようぞ」


 さらにギルマスが付け加える。


「大丈夫だ。ナスターシャ殿以上に作戦立案に向いた人材を、俺は知らん。彼女ならば例え最悪の選択肢ばかり並んでいても、その中から最善の選択肢を選ぶことができる」

「……そうか、わかった」


 カインさんは、少しばつが悪そうに口を閉じた。

 だが、今度はヴァーツラフさんが口を挟む。


「坊主の『テレポート』があるだろう?パパッと避難させちまえばいいんじゃないのか?」


 それを聞いて、僕は慌てて否定した。


「いや、その場所に行ったことがないと『テレポート』はムリです」

「ああ、そうか。そうだったな」


 ようやく黙った僕達を見て、ギルマスは安心したように続きを話し始めた。


「お前達のおかげで災厄の正体が判明した。避難計画の方も、それを踏まえて練り直す」

「それで一晩待て、になるわけだな」


 カインさんの言葉に、ギルマスが人差し指を立てる。


「それにはもう一つ理由がある。助っ人を頼んでいるんだ。それが明日の昼、到着予定だ」

「助っ人?誰だ?」

「それは明日、顔を合わせてからでよかろう」

「ふうん……まあいいだろう。では今夜は休ませてもらう」


 そう言って、カインさんが立ち上がる。

 それを見て、ギルマスは深く頷いた。


「ああ、休んでくれ。明日以降のために」



 僕達は【天駆ける剣】と別れ、帰宅した。

 体はそれほど疲れていない。

 魔力だって半分以上は残っている。

 なのに、ぐったりだった。

 帰るなりベッドに倒れこみ、起き上がる気がしなかった。


「オ疲レ様デシタ」


 ジャックが横に座り、話しかけてきた。

 ルーシーはすでに十字架でおやすみ中だ。


「うん……疲れてないはずなんだけどね。仕事は『テレポート』くらいしかしてない気がする」

「『てれぽーと』ッテナニゲニ凄イ魔法デスヨネ」

「そればっかり頼られても嫌だけどねー。まるで運び屋みたいで」

「イインジャナイデスカ、【運び屋のえる】!」

「……ジャックのポーターと被ってない?」

「イッソ、ソチラ方面ニ特化シテモ食ベテイケソウデスガネ。ムシロソノ方ガ儲カルカモ」

「まあ、それは否定しない」


 僕は寝転びながらジャックを見ていて、ふと気づく。


「あれ?ジャック、盾は?」


 するとジャックは困ったように微笑んだ。


「ナクナッテマシタ」

「ん?いつなくした?」

「イエイエ……ホラ、ぶれす攻撃デ。跡形モナク消エテシマイマシタ」

「ああ、そっか……ん!?」


 僕は勢いよく起き上がり、ジャックを見た。


「遺品の剣は!?指輪は!?……あれ?無事みたいだね?」

「ソウナンデス。何故デショウ?」


 ジャックが不思議そうに首を傾げる。

 あのブレスに飲まれて無事なのだから、剣や指輪もメタリック化したと考えるのが自然だろう。

 だが盾はダメだったのに何故?

 生前からの装備だから馴染みがいいのだろうか?


「わかんないね。とりあえず……」


 僕は再び寝転んで、ジャックを見た。


「明日の集合前に盾を買いにいこう。約束の装備も、ね」

「オオ!アリガトウゴザイマス!……シカシ」

「ん?」

「マタぶれす食ラウカモシレナイノデ、今度デイイデスヨ」

「そう?うーん。またブレス食らうような状況は避けたいな。いくらメタリックモードがあるにしても」

「私ダッテ嫌デスガ。デモ、有リ得ルコトデス」

「んー……わかった。ジャックがそういうなら」

「ソノ代ワリトイッテハナンデスガ、一ツオ願イガ……」

「お願い?……ああ、うん。僕も思ってた。そのこと(・・・・)はギルマスに申し出るつもり」

「良カッタ。オ願イシマス」

「うん。ちょっと怖いけど」



 そして翌日。

 約束の昼より少し早く、待ち合わせ場所の西門前にやってきた。

【天駆ける剣】の面々はすでに集まっていて、ギルマスやエレノアさんの姿も見える。

 近くにギルド職員が数人と荷車が待機していた。避難誘導に必要なものだろうか?

 傍らには、西門の門番が銅像のように直立不動で立っている。ギルマスに【天駆ける剣】など、レイロアでもトップクラスの有名人が近くにいて、いつもの退屈な仕事ではあり得ない緊張感に体が固まっているようだ。

 助っ人とやらの姿は、今のところ見えない。


「こんにちは」

「ドウモ。昨日ブリデス」

「こんちは!」


 僕達が三人揃って挨拶すると、皆が手を上げたり「おう!」と答えたりした。


「助っ人さんは?」

「まだだ。お前らが来たから、あとはそいつら待ちだな。ほんとに来るのか知らねえが」


 ヴァーツラフさんが嫌味っぽく言う。

 どうもヴァーツラフさんはギルマスに突っかかっていくところがあるな。

 ギルマス個人が嫌いというより、権威を無条件に嫌うタイプかな。冒険者にはこういうタイプが一定数いる。


「来るさ。ただ、遠方からだからな。多少遅れるくらいは許せ」


 ギルマスの言葉に、カミュさんが反応する。


「遠方?ふむ……もしや」


 カミュさんは何か思い当たることがあるようだ。

 一方、僕は助っ人のことよりも気になることがあった。


「あのー、ギルドマスター、エレノアさん。その格好はもしや……」

「ん?ああ、見ての通りだ。俺とエレノアも行く」


 ギルマスがそう言うと、エレノアさんもコクリと頷く。

 二人の格好は、普段見ることのない冒険者然としたものだった。

 ギルマスは金属鎧と鎖帷子を合わせたような鎧を着用している。ところどころ彫刻が施され、非常に高価そうだ。

 背中には二本の斧を背負っているのだが、一本一本が両手で扱うような大斧だ。もしやこの大斧二刀流で戦うのだろうか。いや、二斧流か?

 対してエレノアさんは軽装で、防具と呼べるのは腰巻き、籠手、すね当てくらいだ。

 ただし、籠手のデザインはかなり独特なものだった。


「へえ、【暴嵐のアラン】が現役復帰か。そいつは楽しみだ」


 カインさんが愉快そうに言う。


「俺は引退しとらんぞ。今でも現役だ」

「どうだかな。鈍ってなきゃいいが、な?」

「ぬかせ。まだお前らなぞ一捻りだぞ?……っと、助っ人が来たようだ」


 そうしてギルマスは空を見上げた。

 その視線を追うと、空に六つの影を見つけた。


「おっきい鳥さんだ!」


 ルーシーが影を指差してはしゃぐ。

 六つの影は上空で輪を描きながら、ゆっくりと降下してきた。

いよいよ書籍版『レイロアの司祭さま~~』発売まで、1週間を切りました。


ここで告知です。

一部店舗様で購入特典をつけて頂けることになりました!

・とらのあな様

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詳しくは活動報告にて。


もう一つ。

一部書店様に、レイロアのサイン入りフォトパネルを送りこんでいます。運が良ければ出会えるかも?

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