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翌朝。
山を下りるには早い方がいいとのことで、早朝のうちに出発することとなった。
僕のカバンは大きく膨らみ、肩の上にはルーシーがいる。
快晴の空の下、僕達はマルキン夫妻と向かい合った。
「ドウモ、オ世話ニナリマシタ」
ジャックが深々とお辞儀する。
「泊めてもらった上にお弁当まで……ありがとうございました」
僕のカバンの膨らみは、まだ日の出ない暗いうちからヘザーさんが作ってくれたお弁当だ。
「うふふ。いいのよ?年寄りは世話するのが楽しみなんだから」
そう言って、柔らかく笑うヘザーさん。
「どうしても嫌な二つ名になったら、遠慮せず来い!よいな、ジャック!」
厳しい口調で優しいことを言うエドガーさんに、ジャックは頭を掻きながら「ハイ」とだけ返事した。
「おばーちゃん、ごはんおいしかった!またくるね!」
ルーシーが元気よく言うと、夫妻は揃って目を細めた。
「十分に気をつけて行け!」
「さようなら、ノエル君、ジャック君、ルーシーちゃん。またご飯食べに来てね?」
「はい、是非!」
「オ世話ニナリマシター!」
「またねー!」
夫妻に見送られ、僕達は家路についた。
三人で、てくてく山道を歩く。
ジャックの問題は何も解決していない。
二つ名がコロコロ変わる理由がわかっただけだ。
いや、その理由だって仮説に過ぎない。
しかしジャックの表情は、この空のように晴れ晴れとしていた。
ルーシーは昨晩寝たせいか、朝なのにとても元気だ。僕の肩の上から身を乗り出して周りの風景を眺めている。
定期的にくる、ルーシーの「あれ、なーに?」責めに一つ一つ答えているときに、僕はふと思い出した。
「そういえばさ、ジャック」
「ハイ?」
「ハーピーに拐われてたよね?あれって変じゃない?」
「変、デスカ?」
「ほら、ジャックって拐っても食べるとこないじゃん」
「アア……」
ポリポリと頭蓋骨を掻くジャック。
「山道ヲ登ッテイタラ、突然
「ふーん……ああ!そういうことか!」
ハーピーの生態は鳥のそれに極めて近いという。
つまり、光り物が大好きなのだ。
「全然諦メテクレナイシ、私ハめたりっくもーどダト走レナイシ……仕方ナクめたりっくもーどヲ解イテ逃ゲ出シタトコロヲ後ロカラ拐ワレマシタ」
「それは失敗だったねえ」
「エエ、迂闊デシタ」
すると今度はジャックが、ふと思い出したように尋ねてきた。
「ソウイエバ……のえるサン、ドウシテワカッタノデス?」
「うん?何が?」
「私ノ行キ先デス。書キ置キニハ、家出スルトシカ書カナカッタト思ウノデスガ」
「聞き込みしたんだよ。東門のロディ&エディに聞いて、それからギルドで……また思い出した。地図くらい自腹で買えよなジャック!」
「ぎく」
「ギク、じゃないよ!そういえば閲覧室も僕の名前使って利用してたんだって?」
「ぎくぎく」
「まったく……」
するとジャックは、おもむろに前方を指差した。
「ア、わなかーんガ見エテキマシタヨ」
「誤魔化すの下手だな……あっ」
「今度ハナンデス?」
「……レイロアに『テレポート』すればよかった」
「アアー。マア、わなかーんデヒトップロ浴ビテイキマショウヨ」
「また出汁が出るぞ、出汁が……ルーシーも入る?」
「ん!はいる!」
山あいに見えてきた湯煙を目指し、僕達の足取りは軽い。
「のえるサン」
「なに?」
「装備、買ッテ下サイネ」
「うん、わかってる。ジャックが気に入る物を買おう」
「ハイ」
少し嬉しそうな表情のジャック。
その顔をルーシーが覗きこんで、説教をするような口調で言った。
「もういえではダメなんだから!わかった?」
「エエ、エエ。ワカリマシタトモ」
「あっ、そういえば」
「マタ何カ思イ出シタノデスカ?」
僕は立ち止まり、ジャックとルーシーを見る。
「僕の二つ名って、結局なんなの?」
ジャックとルーシーは見つめ合い、いたずらっぽく笑う。
「なんだよー」
「ドウシマショウカ、るーしー」
「どうしよーね?ジャック」
勿体ぶる二人を僕はジロッと睨む。
「早く教えてよー」
「ショウガナイデスネエ」
「しょうがないなー」
ジャックがわざとらしく両手を広げて肩を竦めると、ルーシーもそれを真似した。
「るーしー、大キナ声デイキマスヨ?」
「ん!わかった!」
二人は互いに頷き、息を合わせる。
「セーノ!」「せーの!」
「【レイロアの司祭さま】だよ!!」
「【れいろあノ司祭サマ】デス!!」
二人が大声で叫んだ僕の二つ名は、山々にこだまして真っ青な空へ溶けていった。
短いですが、これにて終幕です。
クドウさん大正解!
次章は思ってたより話が長くなり、もう少しお時間頂きたく思います。
早ければ今週末、遅くとも来週中には上げたいと考えています。