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 僕はゆっくりと歩いてマギーさんの目の前まで来た。


「詳しく聞かせてもらえますね?」

「も、もちろん、いいわよ」


 僕の様子にたじろぎながらも、マギーさんは説明を始めた。


「最近、ジャック君が一人で閲覧室を利用することが多かったの」

「閲覧室?」

「ええ。本来は冒険者以外に使わせたりしないのだけれど。ノエル君に調べものを頼まれたっていうから、特例として認めていたの」


 僕の知らないところでちょくちょく僕の名前を使ってるっぽいな。ジャックの奴め……。


「でも、調べものならノエル君本人が来るんじゃないかなって。そう思って問い質したの。そしたら、これは自分探しなんだって。真剣な様子だったから、それ以上聞けなかったわ」

「ふむ……」

「それで今朝。地図と住所のメモを持ってきて、ここに行きたいから方法を教えてくれって言ってきたの。ジューク連山の方だったから、方法もなにも山道を歩くだけよ?って教えたわ」

「なるほど」


 ジャックは方向オンチではないが地図が読めないタイプ。おそらく、彼が聞きたかったのは移動方法ではなく道順だろう。


「いよいよ自分探しの旅にでるのね?って聞いたら黙って頷いたわ。何だか青春って感じねえ」

「青春かどうかはわかりませんが……その住所ってのはどの辺りですか?」


 僕は買ったばかりの地図を受付カウンターに広げる。


「ここよ」


 マギーさんは地図にトン、と指を置いた。

 そこはワナカーンより更に山奥。

 山道から少しだけ外れた場所だった。


「わかりました。閲覧室を使ってもいいですか?」

「ええ、もちろん」

「ありがとうございます」

「それで……ジャック君はいったいどうしたの?」


 僕は閲覧室へ向かおうとしていた足を止めた。


「出ていきました」

「えっ?」

「家出です」

「まあ……なんてこと。止めるべきだったのね」

「いえ、大丈夫です。見つけますから」

「そう……そうね。あなた達なら大丈夫よね。幸運を祈るわ」

「ありがとうございます。では」


 目的地はわかった。

 ジャックは徒歩で移動していると思われるので、ワナカーンに到着するにもまだ時間がかかるだろう。

 僕にとってワナカーンは印象深い場所だ。イメージしやすいので『テレポート』で転移できる。

 ならば、この時間を使って目的地だけでなく目的の方もはっきりさせてしまおう。

 閲覧室の天井まで届く本棚には、大量の本や資料が詰まっている。とりあえずジューク連山関連の本を当たろうとして、ふと手を止めた。

 昨日の出来事に加え、自分探しの旅。

 ジャックがここで調べていたのは二つ名のことだ。

 探す対象を二つ名に関連する本に絞る。

 が、なかなか見つからない。

 僕のような鑑定スキル持ちでもなければ、興味を持つ人は少ないということだろう。

 そんな中、やっと一冊の本を見つけた。

 タイトルは〈二つ名学入門〉。

 パラパラとページを捲ってみる。

 どうやらモンスターではなく、人の二つ名について解説された本のようだ。

 最後に奥付けを見ると作者名があり、その横にご丁寧に住所まで書かれていた。


「これだな」


 住所はワナカーンの奥。マギーさんに教わった場所。

 これで決まりだ。

 ジャックは二つ名がコロコロ変わることに思い悩み、一人で原因を調べていた。そして昨日の出来事をきっかけに、この本の著者に話を聞きに行ったのだ。


「よし」


 そうとわかれば、あとは連れ戻すだけだ。

 僕は冒険用の装備を取りに、一旦自宅へと帰った。

 玄関の扉を開ける前に、庭へと回る。

 そこには日射しを全身に浴びて微睡むサニーがいた。


「サニー、起きてる?」

「ン……オトウサン……ナニ……?」


 翡翠色の大きな瞳が僕を見る。


「サニーはジャックのことはわかるかな?」

「……ジャック?」

「ほら、スケルトンの」

「ン……骨ノ人?」

「そう!骨の人!……もし、その骨の人が帰ってきたら、僕が捜していることを伝えて欲しいんだ」

「骨ノ人……サガシテル……」

「うん……できるかな?」

「ン……デキル……ツタエル……」

「ありがとう、サニー!」


 サニーは返事の代わりに大きな体を一つ震わせ、ゆっくり瞳を閉じた。

 僕は家に入り、冒険用の装備を整えた。そしてすぐにワナカーンをイメージする。あの湯煙が幾つも立ち昇る町並みが、はっきりと浮かんできた。


「よし……行ける」


 そのまま魔力を練り、『テレポート』の詠唱に入ろうとした、そのとき。

 胸の十字架から白く光る煙が立ち昇った。

 現れるなり、僕に肩車された形になったルーシーは、僕の顔を上から覗きこんで尋ねた。


「ジャックにごめんなさーい、した?」

「……」


 昨日のことが気になって、昼間にも関わらず自分から出てきたのだろう。

 僕はルーシーの質問に何と答えればいいかわからず、言葉に詰まった。


「……ジャック、いないんだ」

「どこいったの?」

「家出したんだ」

「いえで?」

「おうちを出ていくこと」

「いつかえってくるの?」

「わからない」

「んー?夜までまってたらかえってくる?」

「わからない」

「じゃあ、あした?」

「明日も明後日も、わからない」

「……」


 ルーシーは家出の意味を理解したのか、その愛らしい顔をクシャリと歪めた。


「そんなのダメ」

「ルーシー……」

「そんなの……そんなのダメなのっ!おとーさんもおかーさんも帰ってこなかったもん!」


 そう叫ぶと、ルーシーは嗚咽まじりに「ダメなの」と言い続けた。

 彼女の顔と心を歪めているのは生前の記憶。

 帰ってこなかった両親への絶望。

 死後に再び得た家族の危機に、その絶望がよみがえっているのだ。


「ダメだね……うん、こんなのダメだ」

「ぐす、えぐ、ノエルぅ~」


 後ろから頭に抱きついたルーシーを優しく撫で、わざと元気よく言った。


「ダメだから僕達で捜しに行こう!」

「ひっぐ……さがす?」

「そうだよ!家で待ってたって、ずっと帰ってこないかもしれないだろ?そんなの僕は嫌だ!」

「ふえっ、ルーシーも、ひっく、やだぁ……」

「大丈夫、どこに行ったか調べたから!さあ、一緒に行こう!」

「ふぐっ、うっ、えうっ……ん!」


 ルーシーはしゃくりあげながらも、最後には力強く頷いた。

 僕はルーシーを肩に乗せたまま、ワナカーンをイメージする。

 よし、大丈夫。

 あとは丁寧に丁寧に……

 そう心がけながら呪文の詠唱を始める。

 長い長い呪文を唱え終わると、足元の魔方陣の発光と共にワナカーンへと転移した。


 一瞬で景色が移り、床だった足元が地面に変わる。

 久しぶりのワナカーンは、その長閑な佇まいで僕達を迎えてくれた。


「ここ、どこ?」

「ワナカーン。温泉の町だね。ほら、もくもく湯煙が出てる」

「ほんとだ!もくもく~」


 気持ちを持ち直したらしいルーシーを見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 僕達はワナカーンの門から離れ、山道を見下ろせる場所に座った。地図の読めないジャックが、マギーさんのふわっとした説明で道を理解したとは思えない。

 おそらく、ワナカーンで道を聞き直すはずだ。ここで待っていれば、じきに姿を現すだろう。


「ジャックは?」

「まだかな。でもここに来るはずだから、待つ。そして捕まえる!」

「ん!つかまえる!」


 ワナカーンの町の中は暖かそうだが、ここは風が冷たい。

 冬はまだ当分先だというのに。

 ローブの中に手を入れて指先を暖めていると、野草が入ったカゴを背負ったお婆さんが通りかかった。


「こんなとこで何をしよるがね?」

「えと、人を待っています」

「町の中で待てばいいがね」

「約束しているわけではないので。ここで待ちます」

「そうかあ」


 するとお婆さんはカゴを下ろし、その中から水筒を取り出した。


「ここは山の上だでな、冷えるがよ。茶でも飲め」


 そう言って差し出されたお茶は、ワナカーンの湯煙のように湯気が立っていた。


「すいません、頂きます」


 受け取ったお茶を口に近づけると、ハーブの香りがした。吐息で冷ましながら口に含む。

 良い香りと暖かな温度が喉を通って体に染み込んでいく。


「ふうぅ、美味しいです」

「だろお?もっと飲め、飲め」


 お婆さんからおかわりを注いでもらっていると、門の方がにわかに騒がしくなった。


「ハーピーだ!子供を家に入れろ!」

「弓!こっちだ!」


 ハーピーとは女性の顔を持つ鳥型のモンスターだ。

 人間の子供を拐うことがある。

 お茶を飲みながら空を探すと、すぐに見つけた。

 ちょうどワナカーンの上空を、フラフラと飛んでいる。


「おい!もう人が拐われてるぞ!」

「いや、よく見ろ!あれは……骸骨だ!」

「なんだ、骸骨か。脅かしやがって」


 ハーピーに捕らえられた見覚えのある骸骨は、間の抜けた声で叫んでいた。


「オータースーケー……」


 遠ざかっていくその声に、僕は勢いよくハーブティーを吹き出した。

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