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「早ク行キマショウヨー」
「待って。もうちょっと」
「ソウ言ッテズイブン経チマスヨー?」
「ごめん。ちょっと待って……うーむ」
ここは〈ワーズワース魔法用品店〉。
レイロア一の魔法石の品揃えを誇る老舗である。
倹約が身に染み付いてる僕には、これまで縁のなかった店だ。師匠にたくさん魔法石を貰ったし、これからも縁がないはずだったのだが。
「目的に合うのは、やっぱり『ライトニング』かな……」
僕は風属性魔法石の陳列棚とにらめっこをしていた。探しているのは高威力かつ、狙いのつけやすい魔法だ。
僕の手持ちの魔法の最大火力は『ファイヤーストーム』。だが、前回のレッサーデーモン戦のような状況では使えない。味方も巻き込んでしまうからだ。
一方、狙いをつけやすいのは『バレット』に『スターライト』。だが、レッサーデーモンクラスを相手にするには威力が心許ない。
「『フレイムランス』の方が威力ありそうだけど、誤爆が怖いんだよなあ……」
言うまでもなく、火属性魔法はジャック達スケルトンズに対して効果覿面だ。
「よし!『ライトニング』にしよう!」
「ヤット決マリマシタカ。サア、私ノ買イ物――」
「む?この魔法って……」
僕は『ライトニング』の隣に並ぶ魔法石に目を奪われた。
「チョットー!」
「ごめん、ごめん。『サイレンス』ってなんでこんなに安いんだ?うーむ」
これからは、レッサーデーモンのように魔法を使うモンスターも増えてくるだろう。対象に沈黙を強要する『サイレンス』は覚えて損はないはずだ。
だがその価格は妙に安い。
『ライトニング』が八千六百シェル。
それに対して『サイレンス』が千ニ百シェルだ。
どちらも中級魔法で、場合によっては『サイレンス』の方が強力だと思われるのに、価格差がおよそ七倍。これは何かある。
「こんにちはー。風属性の魔法使いさんですかー?」
のんびりとした声に振り返ると、若い女性の店員さんが立っていた。丸っこい体型のその店員さんは〈ワーズワース魔法用品店〉とステッチの入ったエプロンを着ている。
「ええ、まあ。そのようなものです」
「そのようなものですかー。何かお困りでしょうかー?」
「はい。えーと、この『サイレンス』のことなんですが」
「はいはいー」
僕が指差した『サイレンス』の魔法石を店員さんが覗き込む。
「妙に安いですよね?何か理由はあるのですか?」
「『サイレンス』はですねー、成功率が高くないのですー」
「あ、失敗することあるんですね」
「そうなんですー。相手の強さによるのですけれどー。術者と同程度の実力であるならばー、成功率五割ほどだと言われていますー」
「五割ですか、ふむ」
「加えてー、沈黙状態の時間も長くはないのですー。これも同程度だとするとー、二十秒くらいですー」
「二十秒!思ってたより短い!」
「使い方としてはー、相手が魔力を練ったりー、詠唱を始めたのに合わせてー、『サイレンス』を使うのが定石ですー」
「そうか、詠唱中断を狙うわけですね」
「そうですー。五分五分のギャンブルですけどー、決まればとても有利になりますー。決まらなかったら悲惨ですけどー」
「唱え損ですもんねえ」
「更にー、『サイレンス』を唱えて無防備なところにー、相手の魔法が飛んできますー」
「あー。泣きっ面に蜂、ですね」
「そんなわけで安いのですー。わたしもお勧めしませんー」
「よくわかりました……そうですね。んー、やっぱり買います」
「よろしいのですかー?」
「はい。あと『ライトニング』も下さい」
僕は一万ミスリル貨を店員さんに手渡した。
「ありがとうございますー。少々お待ちくださいー」
店員さんの説明のお陰で『サイレンス』が安い理由はわかった。
だが、欠点たる成功率と効果時間を補う術が僕にはある。
ファミリアの存在だ。
ルーシーと合唱すれば成功率も効果時間もあがるだろう。ルーシーとそれぞれ唱えたっていいし、なんなら僕が牽制している間に、ルーシーに唱えてもらえばいい。そうすれば店員さんのいう、無防備な状態にはならないはずだ。
「こちら商品とお釣りになりますー」
店員さんから包装された魔法石とお釣りを受け取る。
「どうも。ジャック、待たせたね」
「エエ、待チクタビレマシタ」
「ごめん、悪かった」
店を出ると、もう夕方だった。
西日の中、ジャックが僕を責めるように見る。
「とりあえず一軒だけ行こう。この近くにリオに勧められた店があるから。ねっ?」
不機嫌なジャックと共に、赤く染まった通りを歩き始めた。
「今日ハ私ノ買イ物ノ予定ダッタノニ……」
歩きながらもジャックはぶつぶつと不満を呟く。
彼の言う通り、今日は彼の買い物に来たはずだった。目的は、前回約束した他のスケルトンズのような装備品を買うためである。
ほどなく、リオのオススメの防具屋にたどり着いた。
「ココ……デスカ?」
「そうみたい」
それは寂れた食堂のような外観の建物。
建物の前には用途のわからない道具が幾つも置かれ、扉には鹿の頭蓋骨が飾られ、やたら大きな甕が転がっていた。
およそ防具屋の外観ではない。
扉の上方に〈防具のセフォー〉と書かれた看板がなければ、誰も防具屋とは思わないだろう。
「まあ、入ってみようよ」
「……エエ」
店に入ると、ある意味予想通りだった。
奇抜なデザインの防具らしきものがところ狭しと置かれていて、通路を歩くのもひと苦労だ。
「のえるサン、私ノ望ンデタ店ト違イマス……」
「だろうねえ。リオのオススメなんだけど……あ、
「チョットォー!」
「ごめん、ごめん。面白いって個性的って意味だったんだね」
「……いらっしゃいませ。ゆっくり見ていって下さいね」
どこからか、店員さんらしきか細い声が聞こえた。
「ん?どこだ?」
「ハテ」
僕とジャックが店内を見回すが、人影はない。
視界を遮る物が多いのでどこかに隠れてしまっているのかと思い、屈んだり背伸びしたりするが見つからない。
「ココです。目の前」
「えっ」
「コレデスカネ?」
喋ったのは、おそらく目の前にある甲冑。
貴族の騎士が戦場で着るような全身鎧が、椅子に座る形で飾られていた。
僕達が見つめる中、その右手がのっそりと動き、兜のバイザーを上げた。目元と鼻しか見えないが、意外にも女性だった。四十代くらいだろうか。
「すいません、こんな格好で」
そう言って軽く頭を下げると、またバイザーがガシャンと落ちた。
「ああ、もう。これじゃお辞儀もできません」
愚痴を言いつつ、またのっそりとバイザーを上げた。
「エエト、ソノ鎧ヲ脱ゲバイイノデハ」
「これは当店の制服なのです。店主が少し変わった方でして」
「セ、制服デシタカ……」
「しかしその格好では仕事に差し障りがあるのでは」
「大丈夫です。ほとんどお客様はいらっしゃいませんので」
店員さんが言う台詞ではない気がするが……確かに店の外観がアレなので、初めて入店するには度胸が必要かもしれない。
「別ノ店ニ行キマショウヨー!」
「まあまあ。せっかくだし、見ていこうよ」
そうして僕とジャックが店内を物色していると、胸の十字架がぶるりと震えた。煙のような白い光が、商品棚の上の方へ向かう。
「ん?ルーシー起きたの?」
「いまおきた!これ!ルーシーこれがいいと思う!」
「ジャックー、ルーシーがこれがいいって」
「ハイハイ……何デス、ソレ」
「これ、すごーくかっこいい!」
ルーシーが「かっこいい」と熱弁するのはヘルメット型の兜だ。
その特徴は兜にある無数の突起。
全方位に向かってトゲトゲが生えているのだ。
「嫌デスヨ!!」
「なんでー!?かっこいいのにー!」
「ん……じゃあこれはどう?」
「何デス?……ホウ、ぶーつデスカ」
僕が勧めるのは、すねの半分くらいまで覆う茶色い革製のブーツ。値札に書かれた説明によると、なんとミノタウロスの革らしい。
「この説明によると、火に耐性があるんだって。スケルトンにはもってこいじゃないかな。初級の火魔法くらいなら耐えるらしいよ」
「ソウデスネエ……」
「おしゃれは足元からっていうし、弱点も補える!もう、これで決まりじゃない?」
「……足元ダケ燃エ残ッテモネエ」
僕はコレだ!と思ったのだが、ジャックの食いつきは悪い。
「ソレニ、靴ヤ手袋ッテ誂エデナイトさいず合ワナイコトガ多イノデスヨ。骨ナノデ」
「あー、そっか」
確かに、このブーツをジャックが履くならば、布切れ等で詰め物をしなければならないだろう。
その後も僕とルーシーは様々な防具を勧めたのだが、ジャックが気に入るものはなかった。
店を出ると日もとっぷり暮れていたので、今日のところはそのまま帰宅することになった。だが、家の中でもジャックの装備論争は続く。
「ジャック、何を勧めても文句ばっかりなんだもん。我が儘だよ」
「ジャック、わがままー」
「我ガ儘デハナイデス。コダワリト言ッテ下サイ」
ムスッとした表情を崩さないジャック。
買い物を後回しにしたことが響いているようだ。
「まりうすサンノまんとトカ、じぇろーむサンノ装束トカ、どみにくサンノ鎧ミタイニ!アアイウカッコイイノガ欲シイノデス!ソコラノすけるとんトハ一線ヲ画ス装備ガ!」
「そうは言っても……具体的に何が欲しいのさ?」
「ンー、ヤハリ鎧デスカネ」
「鎧はサイズ問題は大丈夫なの?」
「靴ホドしびあデハナイデスシ、ナンナラ胸当テナンカデモ」
「ふむ……しかし鎧かあ。ジャックの場合、再生できることに加えてメタリックモードもあるんで無駄に感じるんだよなあ」
「ソレヲイッタラ防具自体、無駄ジャナイデスカ……」
「そのぶん、デザインに特化するとかさ。最初にルーシーが勧めたトゲトゲ兜とかいいんじゃない?」
「トゲトゲ!かっこよかった!」
ルーシーも鼻息荒く同意する。
「……フザケテマセン?」
「ふざけてないよ。二つ名もトゲトゲヘルムになるかも!」
「おおー!つよそう!」
ルーシーが手を叩いて喜んだ。
しかし、ジャックは。
「……私ガ二ツ名ノコトデ悩ンデイルノ、知ッテマスヨネ?」
「悩んでるって、そんな大袈裟な」
「真剣ニ悩ンデルノデスヨ!」
「これだけコロコロ変わるんだから、気にしても仕方なくない?きっと二つ名がトゲトゲヘルムになっても、メタリック化したらメタリックトゲトゲになるんだろうし」
「ぷぷっ、へんなのー」
僕の軽口に、ジャックはすぐに言い返すと思っていたのだが、無言のままだ。
代わりにカタカタと震えだした。
しまった、失言だったか?と思った矢先。
ジャックは勢いよく立ち上がり、叫んだ。
「モウ結構デス!!」
そう言うとジャックは自分の部屋へ入り、バタン!と扉を閉めてしまった。
僕とルーシーは顔を見合わせる。
「怒らせちゃったか」
「ごめんなさーい、する?」
「明日ね。ちょっと時間を置こう」
「ん!」
翌朝。
射し込む陽射しに目を覚ます。
少しだけ寝過ごしたようだ。
大きく伸びをしてベッドから立ち上がる。
柔らかな陽射しは暖かさを含んでいて、冬の気配はまだ感じられない。
窓から庭を覗けば、輝く光に目を細めるサニーの姿が見えた。
いい朝だ。
リビングへ向かうがジャックの姿はない。
まだ昨日のことで拗ねているのだろう。
閉まったままのジャックの部屋の扉を見て、ひとつため息をつく。
台所で昨日入れたままだったコーヒーをポットからコップへと注ぐ。
〈マレズ珈琲店〉で飲むコーヒーとは比べるべくもないが、それでも美味しい。
コップを持ったままテーブルへと移動して、今日の予定に思いを巡らす。
今日は何をしようかな。
せっかく天気もいいし、簡単な依頼でもこなすか。
いや、新しい魔法も覚えたことだし実践練習もいい。
そう考えながら、何気なくテーブルを見ると、メモが一枚置いてあった。
「何かメモするようなこと、あったっけ?」
コーヒーを口に運びながらメモを手に取り、文面を見る。
《家出シマス。探サナイデ下サイ。先立ツ不幸ヲオ許シ下サイ。 ジャック》
僕は口に含んだコーヒーを盛大に吹き出した。
活動報告にてイラストレーターさんにいただいたキャラデザインを公開しました。