<< 前へ次へ >>  更新
122/207

120

「早ク行キマショウヨー」

「待って。もうちょっと」

「ソウ言ッテズイブン経チマスヨー?」

「ごめん。ちょっと待って……うーむ」


 ここは〈ワーズワース魔法用品店〉。

 レイロア一の魔法石の品揃えを誇る老舗である。

 倹約が身に染み付いてる僕には、これまで縁のなかった店だ。師匠にたくさん魔法石を貰ったし、これからも縁がないはずだったのだが。


「目的に合うのは、やっぱり『ライトニング』かな……」


 僕は風属性魔法石の陳列棚とにらめっこをしていた。探しているのは高威力かつ、狙いのつけやすい魔法だ。

 僕の手持ちの魔法の最大火力は『ファイヤーストーム』。だが、前回のレッサーデーモン戦のような状況では使えない。味方も巻き込んでしまうからだ。

 一方、狙いをつけやすいのは『バレット』に『スターライト』。だが、レッサーデーモンクラスを相手にするには威力が心許ない。


「『フレイムランス』の方が威力ありそうだけど、誤爆が怖いんだよなあ……」


 言うまでもなく、火属性魔法はジャック達スケルトンズに対して効果覿面だ。


「よし!『ライトニング』にしよう!」

「ヤット決マリマシタカ。サア、私ノ買イ物――」

「む?この魔法って……」


 僕は『ライトニング』の隣に並ぶ魔法石に目を奪われた。


「チョットー!」

「ごめん、ごめん。『サイレンス』ってなんでこんなに安いんだ?うーむ」


 これからは、レッサーデーモンのように魔法を使うモンスターも増えてくるだろう。対象に沈黙を強要する『サイレンス』は覚えて損はないはずだ。

 だがその価格は妙に安い。

『ライトニング』が八千六百シェル。

 それに対して『サイレンス』が千ニ百シェルだ。

 どちらも中級魔法で、場合によっては『サイレンス』の方が強力だと思われるのに、価格差がおよそ七倍。これは何かある。


「こんにちはー。風属性の魔法使いさんですかー?」


 のんびりとした声に振り返ると、若い女性の店員さんが立っていた。丸っこい体型のその店員さんは〈ワーズワース魔法用品店〉とステッチの入ったエプロンを着ている。


「ええ、まあ。そのようなものです」

「そのようなものですかー。何かお困りでしょうかー?」

「はい。えーと、この『サイレンス』のことなんですが」

「はいはいー」


 僕が指差した『サイレンス』の魔法石を店員さんが覗き込む。


「妙に安いですよね?何か理由はあるのですか?」

「『サイレンス』はですねー、成功率が高くないのですー」

「あ、失敗することあるんですね」

「そうなんですー。相手の強さによるのですけれどー。術者と同程度の実力であるならばー、成功率五割ほどだと言われていますー」

「五割ですか、ふむ」

「加えてー、沈黙状態の時間も長くはないのですー。これも同程度だとするとー、二十秒くらいですー」

「二十秒!思ってたより短い!」

「使い方としてはー、相手が魔力を練ったりー、詠唱を始めたのに合わせてー、『サイレンス』を使うのが定石ですー」

「そうか、詠唱中断を狙うわけですね」

「そうですー。五分五分のギャンブルですけどー、決まればとても有利になりますー。決まらなかったら悲惨ですけどー」

「唱え損ですもんねえ」

「更にー、『サイレンス』を唱えて無防備なところにー、相手の魔法が飛んできますー」

「あー。泣きっ面に蜂、ですね」

「そんなわけで安いのですー。わたしもお勧めしませんー」

「よくわかりました……そうですね。んー、やっぱり買います」

「よろしいのですかー?」

「はい。あと『ライトニング』も下さい」


 僕は一万ミスリル貨を店員さんに手渡した。


「ありがとうございますー。少々お待ちくださいー」


 店員さんの説明のお陰で『サイレンス』が安い理由はわかった。

 だが、欠点たる成功率と効果時間を補う術が僕にはある。

 ファミリアの存在だ。

 ルーシーと合唱すれば成功率も効果時間もあがるだろう。ルーシーとそれぞれ唱えたっていいし、なんなら僕が牽制している間に、ルーシーに唱えてもらえばいい。そうすれば店員さんのいう、無防備な状態にはならないはずだ。


「こちら商品とお釣りになりますー」


 店員さんから包装された魔法石とお釣りを受け取る。


「どうも。ジャック、待たせたね」

「エエ、待チクタビレマシタ」

「ごめん、悪かった」


 店を出ると、もう夕方だった。

 西日の中、ジャックが僕を責めるように見る。


「とりあえず一軒だけ行こう。この近くにリオに勧められた店があるから。ねっ?」


 不機嫌なジャックと共に、赤く染まった通りを歩き始めた。


「今日ハ私ノ買イ物ノ予定ダッタノニ……」


 歩きながらもジャックはぶつぶつと不満を呟く。

 彼の言う通り、今日は彼の買い物に来たはずだった。目的は、前回約束した他のスケルトンズのような装備品を買うためである。

 ほどなく、リオのオススメの防具屋にたどり着いた。


「ココ……デスカ?」

「そうみたい」


 それは寂れた食堂のような外観の建物。

 建物の前には用途のわからない道具が幾つも置かれ、扉には鹿の頭蓋骨が飾られ、やたら大きな甕が転がっていた。

 およそ防具屋の外観ではない。

 扉の上方に〈防具のセフォー〉と書かれた看板がなければ、誰も防具屋とは思わないだろう。


「まあ、入ってみようよ」

「……エエ」


 店に入ると、ある意味予想通りだった。

 奇抜なデザインの防具らしきものがところ狭しと置かれていて、通路を歩くのもひと苦労だ。


「のえるサン、私ノ望ンデタ店ト違イマス……」

「だろうねえ。リオのオススメなんだけど……あ、面白い(・・・)店があるニャ、って言ってた気がする」

「チョットォー!」

「ごめん、ごめん。面白いって個性的って意味だったんだね」

「……いらっしゃいませ。ゆっくり見ていって下さいね」


 どこからか、店員さんらしきか細い声が聞こえた。


「ん?どこだ?」

「ハテ」


 僕とジャックが店内を見回すが、人影はない。

 視界を遮る物が多いのでどこかに隠れてしまっているのかと思い、屈んだり背伸びしたりするが見つからない。


「ココです。目の前」

「えっ」

「コレデスカネ?」


 喋ったのは、おそらく目の前にある甲冑。

 貴族の騎士が戦場で着るような全身鎧が、椅子に座る形で飾られていた。

 僕達が見つめる中、その右手がのっそりと動き、兜のバイザーを上げた。目元と鼻しか見えないが、意外にも女性だった。四十代くらいだろうか。


「すいません、こんな格好で」


 そう言って軽く頭を下げると、またバイザーがガシャンと落ちた。


「ああ、もう。これじゃお辞儀もできません」


 愚痴を言いつつ、またのっそりとバイザーを上げた。


「エエト、ソノ鎧ヲ脱ゲバイイノデハ」

「これは当店の制服なのです。店主が少し変わった方でして」

「セ、制服デシタカ……」

「しかしその格好では仕事に差し障りがあるのでは」

「大丈夫です。ほとんどお客様はいらっしゃいませんので」


 店員さんが言う台詞ではない気がするが……確かに店の外観がアレなので、初めて入店するには度胸が必要かもしれない。


「別ノ店ニ行キマショウヨー!」

「まあまあ。せっかくだし、見ていこうよ」


 そうして僕とジャックが店内を物色していると、胸の十字架がぶるりと震えた。煙のような白い光が、商品棚の上の方へ向かう。


「ん?ルーシー起きたの?」

「いまおきた!これ!ルーシーこれがいいと思う!」

「ジャックー、ルーシーがこれがいいって」

「ハイハイ……何デス、ソレ」

「これ、すごーくかっこいい!」


 ルーシーが「かっこいい」と熱弁するのはヘルメット型の兜だ。

 その特徴は兜にある無数の突起。

 全方位に向かってトゲトゲが生えているのだ。


「嫌デスヨ!!」

「なんでー!?かっこいいのにー!」

「ん……じゃあこれはどう?」

「何デス?……ホウ、ぶーつデスカ」


 僕が勧めるのは、すねの半分くらいまで覆う茶色い革製のブーツ。値札に書かれた説明によると、なんとミノタウロスの革らしい。


「この説明によると、火に耐性があるんだって。スケルトンにはもってこいじゃないかな。初級の火魔法くらいなら耐えるらしいよ」

「ソウデスネエ……」

「おしゃれは足元からっていうし、弱点も補える!もう、これで決まりじゃない?」

「……足元ダケ燃エ残ッテモネエ」


 僕はコレだ!と思ったのだが、ジャックの食いつきは悪い。


「ソレニ、靴ヤ手袋ッテ誂エデナイトさいず合ワナイコトガ多イノデスヨ。骨ナノデ」

「あー、そっか」


 確かに、このブーツをジャックが履くならば、布切れ等で詰め物をしなければならないだろう。

 その後も僕とルーシーは様々な防具を勧めたのだが、ジャックが気に入るものはなかった。

 店を出ると日もとっぷり暮れていたので、今日のところはそのまま帰宅することになった。だが、家の中でもジャックの装備論争は続く。


「ジャック、何を勧めても文句ばっかりなんだもん。我が儘だよ」

「ジャック、わがままー」

「我ガ儘デハナイデス。コダワリト言ッテ下サイ」


 ムスッとした表情を崩さないジャック。

 買い物を後回しにしたことが響いているようだ。


「まりうすサンノまんとトカ、じぇろーむサンノ装束トカ、どみにくサンノ鎧ミタイニ!アアイウカッコイイノガ欲シイノデス!ソコラノすけるとんトハ一線ヲ画ス装備ガ!」

「そうは言っても……具体的に何が欲しいのさ?」

「ンー、ヤハリ鎧デスカネ」

「鎧はサイズ問題は大丈夫なの?」

「靴ホドしびあデハナイデスシ、ナンナラ胸当テナンカデモ」

「ふむ……しかし鎧かあ。ジャックの場合、再生できることに加えてメタリックモードもあるんで無駄に感じるんだよなあ」

「ソレヲイッタラ防具自体、無駄ジャナイデスカ……」

「そのぶん、デザインに特化するとかさ。最初にルーシーが勧めたトゲトゲ兜とかいいんじゃない?」

「トゲトゲ!かっこよかった!」


 ルーシーも鼻息荒く同意する。


「……フザケテマセン?」

「ふざけてないよ。二つ名もトゲトゲヘルムになるかも!」

「おおー!つよそう!」


 ルーシーが手を叩いて喜んだ。

 しかし、ジャックは。


「……私ガ二ツ名ノコトデ悩ンデイルノ、知ッテマスヨネ?」

「悩んでるって、そんな大袈裟な」

「真剣ニ悩ンデルノデスヨ!」

「これだけコロコロ変わるんだから、気にしても仕方なくない?きっと二つ名がトゲトゲヘルムになっても、メタリック化したらメタリックトゲトゲになるんだろうし」

「ぷぷっ、へんなのー」


 僕の軽口に、ジャックはすぐに言い返すと思っていたのだが、無言のままだ。

 代わりにカタカタと震えだした。

 しまった、失言だったか?と思った矢先。

 ジャックは勢いよく立ち上がり、叫んだ。


「モウ結構デス!!」


 そう言うとジャックは自分の部屋へ入り、バタン!と扉を閉めてしまった。

 僕とルーシーは顔を見合わせる。


「怒らせちゃったか」

「ごめんなさーい、する?」

「明日ね。ちょっと時間を置こう」

「ん!」



 翌朝。

 射し込む陽射しに目を覚ます。

 少しだけ寝過ごしたようだ。

 大きく伸びをしてベッドから立ち上がる。

 柔らかな陽射しは暖かさを含んでいて、冬の気配はまだ感じられない。

 窓から庭を覗けば、輝く光に目を細めるサニーの姿が見えた。

 いい朝だ。

 リビングへ向かうがジャックの姿はない。

 まだ昨日のことで拗ねているのだろう。

 閉まったままのジャックの部屋の扉を見て、ひとつため息をつく。

 台所で昨日入れたままだったコーヒーをポットからコップへと注ぐ。

 〈マレズ珈琲店〉で飲むコーヒーとは比べるべくもないが、それでも美味しい。

 コップを持ったままテーブルへと移動して、今日の予定に思いを巡らす。

 今日は何をしようかな。

 せっかく天気もいいし、簡単な依頼でもこなすか。

 いや、新しい魔法も覚えたことだし実践練習もいい。

 そう考えながら、何気なくテーブルを見ると、メモが一枚置いてあった。


「何かメモするようなこと、あったっけ?」


 コーヒーを口に運びながらメモを手に取り、文面を見る。


《家出シマス。探サナイデ下サイ。先立ツ不幸ヲオ許シ下サイ。  ジャック》


 僕は口に含んだコーヒーを盛大に吹き出した。


活動報告にてイラストレーターさんにいただいたキャラデザインを公開しました。

<< 前へ次へ >>目次  更新