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「へえ、じゃあ出身地がバラバラなんだね」
僕の問いに、リンダが両手を頭の後ろに組んだまま答えた。
「そっ。根なし草が偶然出会って、とりあえずのパーティだから【風の止まり木】ってわけ」
「あー、なるほど」
「その
アーロンの冗談めいた言葉に笑い声が漏れた。
そんな中、ジャックが後ろから近づき耳元で囁いた。
「りおサン、大丈夫デスカネ」
「大丈夫じゃないよ。見てよ、あの締まりのない顔」
ジェロームも頷く。
「アノ状態ヲ茫然自失ト言ウノデショウ」
そんな会話をしながら、ジャックと僕とジェロームは、振り返ってリオを見る。
半開きの口。
ただぼんやりと宙を眺める瞳。
歩行など手と足が同時に出てしまっている。
高レベル盗賊の姿が、もはや見る影もない。
こんなリオを連れて向かうのは、〈野兎の隠れ穴〉だ。案内してくれている【風の止まり木】の面々が言うには、この店ができたのはここ二、三年。何でも、最新版の地図にも載ってない秘密のルートからしか入れないらしい。
「ここだ」
そう言ってアーロンが止まったのは、落とし穴の前。ジャックが落ちた、あの落とし穴だ。
「よっ、と。ちょっと待ってな」
盗賊のリンダが、腰のポーチを後ろ手に探る。
そして取り出したのは、コンパクトに畳まれた
「よいしょっ。さあ、いいよ」
リンダのかけた縄梯子を【風の止まり木】の面々が一人ずつ、下りていく。
「ジャック。落ちたとき、下に何かあった?」
「イエ、何モナカッタト思イマスガ……」
ほどなく【風の止まり木】が全員下りたので、僕達も続く。
当然だが、落とし穴の底は狭い。そこへ【風の止まり木】と僕達がいっぺんに下りたのでぎゅうぎゅう詰めだ。こんなに人口密度が高いのは、ダンジョンでここだけだろう。
「おいおい、なんでいっぺんに下りるんだよ」
「……狭い」
「ちょっ!誰だい?アタシのお尻触ったの!」
「オソラクじゃっく殿ダト推察サレマス」
「ハアッ!?じぇろーむサン!?」
「ドミニク、足!足、踏んでる!」
「オット、スマネエ、おーなー」
「ヒヒヒヒ!」
「あの、耳元で笑わないでもらえますか……」
「ウシャシャシャシャ!!」
「ええー……」
「冤罪ダー!私ハ無実ダー!」
収拾がつかない大騒ぎの中、落とし穴の端からゴゴッ、と低い音がした。同時に風が吹いてくる。
「やっと開いたかい。遅いよリンダ」
「狭いんだもん。しょうがないでしょ?」
段々と穴の底から人が減っていき、ようやく混雑から解放された。風の吹く方向には、隠し通路がぽっかりと口を開けていた。
「へえ、こんな仕組みが……」
隠し通路は、狭いが十分な高さがあった。大柄なドミニクでも屈まずに歩くことができる天井の高さだ。それが真っ直ぐに奥へと続いている。
「だんじょんッテ、色ンナ仕掛ケガアルノデスネエ」
「……いや、昔はこんな仕掛けなかったニャ」
僅かばかり気力を取り戻したらしいリオが、か細い声で呟いた。
「そうなの?」
すると、リオに代わって僧侶のマルコが答える。
「〈野兎の隠れ穴〉の店主さんが一人で作ったそうです」
「一人でこれを?すごいなあ」
僕は筋肉の塊みたいなドワーフが、つるはしで通路を掘っている姿を思い浮かべた。
「ええ、すごい人です。こんな階層で冒険者の為にお店を開いているのですから」
「……そうだね」
チラリとリオを見ると、やはり複雑な表情だった。
自分と同じ理想を持つ人がいる。それは嬉しいのだろう。一方で、どうしても先を越されたという思いが拭えないのではないだろうか。
「リオ?」
「ん……平気ニャ。どおれ、店主の顔を拝ませてもらうかニャ!」
リオは芝居がかった口調で強がってみせた。
空元気にしか見えないが、暗く沈んでいるよりずっと好ましく感じた。
リオと並び歩いていると、前を歩く皆が足を止めた。
「着イタヨウデスネ」
「うん」
爪先立って、前方を覗く。
どうやら突き当たりが上り階段になっているようだ。リンダが一人で上っていき、ドアをノックした。
「【風の止まり木】、リンダ」
「……兎が運ぶは?」
「幸運の三つ葉」
「……入れ」
解錠される音が複数聞こえ、ギィィッ、と重そうなドアが開いた。
「兎……幸運の三つ葉?」
リオがぶつぶつ言いながら首を捻る。
階段の下まで来ると、ドアの隙間から明るい光が漏れ、ざわざわと喧騒が聞こえてきた。
狭い階段を一人ずつ上っていく。
「うお、広いね!」
「わー!おまつり?これ、おまつりでしょ?」
僕の肩の上で、ルーシーがはしゃぐ。
「オ祭リデハナイデス。オ行儀ヨクシマショウネ、るーしー?」
「うーい!」
ドアの向こうには、ここがダンジョンとは思えない光景が広がっていた。
正面には商店。
コの字型のカウンターの奥には、武器防具から雑貨まで様々な物が商品棚に置かれている。
右手には食堂兼酒場だろうか。
丸テーブルが十以上並び、何人もの冒険者が笑いながら杯を傾けている。
左手は薄暗く、その中に二段ベッドが幾つも見える。
恐らくは宿屋なのだろう。
呆気に取られる僕達に、がらの悪い男が近寄ってきた。
「お客人、初めてだな?まずは親分に挨拶してもらう。それが掟だ」
親分……きっと店主のことだろう。先程思い浮かべた屈強なドワーフの姿が頭をよぎる。親分という呼ばれ方からして、強面で気が荒らそうだ。
少しだけ不安を感じてアーロンを見ると、彼は深く頷いた。
「ここを利用する上でのルールだ。大丈夫、顔見せだけだから心配はいらない」
「そっか、わかった。では案内お願いします」
「こっちだ」
がらの悪い男はぶっきらぼうにそう言うと、酒場のカウンターの方へと歩き始めた。
僕とリオ、スケルトンズにルーシーが続く。周りの冒険者達が珍しげに僕達を見る。
目立つよな、やっぱり。
集まる視線に居心地悪くなりながらも歩いていくと、カウンターの中に立つ女性と目が合った。
僕達も目立つが、彼女もまた目立つ容姿だった。
それは美しい顔立ちのせいでも、体のラインが強調された服のせいでもない。
頭から生えた長い耳のせいだ。
「ラビー族か、珍しい」
ラビー族は、リオ達ナーゴ族の兎版だ。
ウサ耳、ウサ尻尾が特徴で、ナーゴ族と違って自分達の村落からはあまり出てこない。
語尾は……何だろう?
「親分。初めてのお客人を連れてめえりました」
がらの悪い男がそう言うと、ラビー族の女性は眉をしかめた。
「親分はやめなさい。ボスと呼べと、いつも言ってるでしょう?」
「へい、親分」
「はあ……もういいわ。一見さんね、初めまして」
そう言って艶やかに笑うラビー族は、大人の女性といった雰囲気だ。
「語尾はピョンじゃないのか……」
「はい?」
「あ、いえ、失礼しました。僕は司祭のノエルです。こっちは……」
続けて紹介しようとリオを見ると、彼女は目を見開いてラビー族の女性を見ていた。
「……やっぱりニャ」
「ん、あら?あなたは!」
「やっぱりお前だったニャ!リュドミラ!」
「じゃっくトー!」
「ルーシーのー!」
「「緊急お知らせコーナー!」」
ワーワー!パチパチパチ……
「イヤァ、段々ト暖カクナッテキマシタナァ」
「そうですなあ」
「コレカラ夏ニ向ッテ暑クナル一方ナワケデスガ」
「あついのいやー」クビフリー
「夏ト言エバ夏休ミ!」
「なつやすみー!」
「ソノ夏休ミニ入ル直前ノ【7月19日】ニ!」
「ほうほう」
「当作『レイロアの司祭さま』ガ【ガガガブックス】様ヨリ書籍化サレルコトト、相成リマシタッ!!」グッ!
「おおー!!」パチパチ
「詳シクハ、作者ガ割烹ニテ報告スルトノコトデス。マッタク、私達ニ丸投ゲスルナンテ」ブツブツ
「ねえねえ、ジャック」クビカシゲ
「何デス、るーしー?」
「しょせきか、ってなあに?」
「ワカッテイマセンデシタカ……私達ノ冒険ガ本ニナルトイウコトデスヨ」
「ほん!それって絵本?」
「ンー……いらすとハアリマスガ、絵本デハナイデスネエ」
「ルーシー、絵本がいいなー」
「デショウネエ」
「絵本」
「エエ」
「絵本にする」
「イヤ、ムリデス!無理無理無理!」
「絵本作り、がんばろー!」オー!
「オー!……イヤ、ムリデスカラー!」
「むふー、たのしみー!」
「……絵本デハナイデスガ『レイロアの司祭さま』書籍版、オ楽シミニ!」