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「ノエルッ!しっかりするニャッ!」


 リオの大声に、慌てて視線を伏せる。

 鼓動が激しい。

 落ち着け、何をされた?

 いや、何かをされそうになったんだ。

 ……そうだ、悪魔の目。『デモンズアイ』だ。

 あの魔法が悪魔の目の特殊能力を模しているのは、名前から明らかではないか。

 奴らは動きで視線を誘い、特殊能力で麻痺させるのだろう。


「奴らの目を直視しては駄目ニャッ!後ろの壁を見るように、ぼんやりと捉えるニャ!」

「わかった、ごめん!」


 僕は自分の迂闊さに腹を立てながら、治療を続けた。


「僧侶さん、俺はもう大丈夫だ」


 僕は『ヒール』をかけていたアーロンの声に、我に返る。


「……わかりました。次はそちらの僧侶さんを、んっ?」


 改めて見ると、僧侶の少年は怪我ひとつない。


「ということは……やっぱり麻痺か」


 鑑定すると麻痺状態だった。先程の僕のように、誘われて悪魔の目にやられたのだろう。急いで『キュアパラライズ』をかける。


「……んっ、ふぅ、はあ。ありがとうございます。助かりました。」


 僧侶の少年が体を起こして、礼を言った。


「いえいえ。盗賊さんとリーダーさんを頼めますか?」

「はいっ!魔力の続く限り治療します!」

「マルコ、魔力が枯渇したら担ぐのは私らなんだからね?」


 女盗賊にたしなめられ、僧侶の少年はばつが悪そうに頭を掻いた。


「ありゃあ、あんたの使い魔か?えらく強いな」


 アーロンが戦闘を見ながら尋ねる。


「ええ、スケルトン達と、このルーシーは使い魔です」

「つかいまです!」

「あはっ、可愛いゴーストだねえ」


 僕の口真似をするルーシーに、女戦士の目尻が下がる。


「おっ、また一匹殺った」


 女盗賊の声に、戦闘の様子に目をやった。

 残り三体となったレッサーデーモンは、じりじりと壁際に追いやられている。

 マリウス、ドミニク、ジャックが三方向から距離を詰め、間を抜けようとすればリオとジェロームが素早く阻止している。

 もう、時間の問題だろう。そう思ったとき。

 レッサーデーモンは一斉にバックステップして、一ヶ所に集まった。そして、今まで以上におかしな動きを始める。その三体の動きが絶妙にシンクロしていて何だかとても気持ち悪い。スケルトンズも何事かと様子を見ている。


「……まさか!魔力を練ってるのか!?」


 確証はない。だが、そうだと確信した。


「ルーシー!行くよっ!」

「ん!わかった!」


 僕はルーシーを肩に乗せたまま、走り出す。

 それに気づいたリオが、いち早く僕の行動の理由を理解した。


「っ!そうニャ、魔法協力ニャ!……お前ら、ノエルの後ろに走るニャ!」


 言われて、一斉にこちらへと走るリオとスケルトンズ。僕は彼らとすれ違い、先頭に立つ形となった。

 その瞬間、レッサーデーモン達の動きが止まる。

 そして同時にニタアッと嗤った。


「「「『ファイヤーボール』!!!」」」


 それはもはや初級魔法ではなかった。

 通路一杯に広がる炎の塊。それがゴウッと音を立てて迫り来る。


「「『ウォーターベール』!!」」


 僕もルーシーと合唱で魔法を紡ぐ。通路を覆うように、隙間なく水の幕が落ちる。

 それが巨大な火の玉と接触した瞬間、バシュウッッッ!と激しい音と真っ白な水蒸気が辺りに満ちた。


「のえるサンッ、るーしー!無事デスカッ!?」


 何も見えない中、ジャックの声が響く。


「ぶじだよー!」

「ここだ、ジャック!大丈夫だ!そっちは?」

「無事デス!」

「そっか、良かった」


 なんとか相殺できたようだ。視界が戻る前に摺り足で、後ろへ後ろへと下がる。

 その内に、とん、と何かが背中に触れ、それがジャックの手だと気づいて息をついた。


「ゴ無事デ何ヨリデス」

「うん。レッサーデーモンはどこかな」


 ゆっくりと視界が戻っていく。その中でボグンッ!と鈍い音がした。

 ほどなく水蒸気が晴れると。

 そこには、三体のレッサーデーモンの死骸の上で高笑いするマリウスがいた。


「ゲラゲラゲラ!油断大敵イィィ!!」



 戦闘が終わり、怪我の確認をする。

 リオは無傷。スケルトンズは多少ダメージがあるが、すぐに再生する程度だった。


「ノエル、さっきはいい仕事だったニャ」

「ありがとう。運も良かったね、レッサーデーモンも仲間を呼ばなかったし」

「確かに。十六階だと呼ばれていたかもしれないニャあ……」

「先程ノ奥様ノ名乗リ口上モ見事デシタ。私、感服致シマシタ」

「ん、そうかニャ?フフン……でも奥様はやめるニャ」


 ジェロームに誉められて、リオは満更でもないようだった。


「ちょっといいか?礼を言わせてくれ」


 アーロンが仲間三人を連れてやって来た。


「俺は【風の止まり木】のリーダー、アーロンだ。こっちが戦士のオリガ。僧侶のマルコ。盗賊のリンダ。魔法使いの……ん?ニコラスはどこだ?」


 すると、リンダが親指で指し示した。


「あそこ。また逃げたよ、アイツ」

「……そうか」


 リンダの指差した曲がり角から、ローブの裾がチラリと見えていた。膝を抱えてうずくまっているようだ。


「ニコラス。怒ったりしないから、戻って来てくれ」

「ちょっとぉ、甘くない?」


 リンダが口を尖らせるが、アーロンは困ったように笑った。


「今回、一番悪いのは俺だ。リーダーとして完全に判断を誤った。ニコラスじゃなくても逃げたくなるさ」

「……むう」

「そうね。十六階に降りるときに賛成した奴が悪い」

「それって全員ですよね?」

「フフッ、そうだったかしらねえ?」


 オリガとマルコの掛け合いに、【風の止まり木】に明るい雰囲気が戻る。それに釣られてか、ニコラスも暗い顔ながら、こちらへ歩いてきた。


「っと、すまない、礼の途中だった。あんた達のお陰で命を拾った。感謝してもしきれない」

「いいニャ、いいニャ。こっちはこっちでギリギリまで介入しなかったしニャ」

「なに?まさか様子見てたの!?」


 リンダが顔色を変えて問い詰める。


「階段上がってくる前からいたニャ」

「じゃあ、もっと早く助けてよっ!」

「待ちな、リンダ」


 オリガがリンダの肩を掴む。


「戦闘中のパーティには極力近づかない。常識だよ、わかってるだろ?」

「特に衆目のないダンジョン内では、な。最悪殺し合いになりかねない」


 アーロンにも諭され、リンダは頬を膨らませた。


「いや、アタイも待ちすぎたニャ。見ての通り、うちはスケルトンばっかりだから二の足を踏んだニャ」


 そう言って、ニャハハッと笑うリオ。

 それを見たジャックが、僕に耳打ちした。


「人助ケモ命懸ケデスネエ」

「戦闘に割って入るのは、ね。パーティ同士のいざこざは、ほとんどが敵か宝の奪い合いだから。慎重過ぎるくらいで丁度いいんだ」

「ソウ言エバ、冒険前ニモソンナ話シマシタネ」

「ああ、死因ランキングね」

「シ、シ、死因?おーなー死ヌノカァ?」


 突然、僕の肩口にマリウスの頭蓋骨が現れた。


「驚かさないでよ、マリウス。どうした?」

「ヒッ、ヒッ、暇ダアァァ。暇暇暇殺暇……」

「わかった、わかったよ。リオ?マリウスがもうヤバそう」

「ん、了解ニャ。【風の止まり木】は、これからどうするニャ?」

「俺達は、隠れ穴に行こうかと思う」


 アーロンの言葉に【風の止まり木】の全員が頷く。


「隠れ穴?あんた達の隠れ家かなんかがこの辺にあるのかニャ?」


 リオが尋ねると、オリガが不思議そうに質問で返した。


「あんた達、〈野兎の隠れ穴〉知らないの?」


 僕とリオは顔を見合わせる。


「何です、それ?」


 僕の問いにマルコが答えた。


「この十五階にある、元冒険者のお店ですよ」

「おっ、お店があるのニャ!?」

「元、冒険者の!?」

「ハハッ。知らないなら驚くのも無理ないか。ダンジョン内に店なんて、そうはないからな」


 そう言ってアーロンが笑う。

 が、僕は笑えなかった。何故なら、隣でリオがフリーズしていたから。


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