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翌日。
ダンジョン地下五階の黒猫堂本店へやって来た。
聞き慣れたドアベルの音がチリンと鳴ると、スケルトンズが振り返ってこちらを見た。
「おおっ?皆、準備万端だね!」
「勿論デス、旦那様。冒険ノ成否ハ準備ノ段階デ、ホボ決ッスルト愚考致シマス。念入リナ準備ハ当然デアリマス」
そう述べるジェロームは、ビリーさんの結婚衣装そのままだ。黒のロングコートに黒のズボン、黒のロングブーツ。唯一違うのは、飾り短剣ではなくサーベルを差していることだ。
「ソウダアァァ。シッカリ念入リニ殺サイトナアァァ!」
物騒なことを言うマリウスは、光沢のある濃い青のマントを着用し、その上から〈魔剣グラットン〉を背負っている。
「そのマント、変わってるね。どうしたの?」
「じ、じるガクレタァァ。でーもんノ生皮剥イデ作ッタラシイィィ。奴モ中々ヤルモンダ、ウシャシャシャシャ!」
デーモンの生皮を剥ぐ……?
ジルさんらしいといえばジルさんらしいか。それにしても、こんな色のデーモンもいるんだな。
「俺ッチノハドウダ、おーなー!」
「ん?おお、似合うよドミニク」
ドミニクは鉄の胴鎧を着用し、いつもの大斧を担いでいる。
最大の特徴はその兜。ヴァイキングヘルムというのだろうか、兜の両脇から牛の角が生えている。
非常に悪趣味なのだが、大柄なドミニクには何故かよく似合っていた。
「のえるサン……」
後方から、ジャックの悲しげな声が響く。
「のえるサァン……」
「……」
「のーえーるーサーン……」
「わかった!わかったよ!」
振り向くと、ジャックが恨めしそうに僕を見ていた。流石は本職、本当に恨めしそうだ。
「私ニモ装備……格好イイ装備ヲ……」
「そうだねえ」
こうしてスケルトンズが並ぶと、ジャックの装備だけ、若干貧相に見える。
ジャックの装備は剣と盾、それだけだ。
レイロアの町中では服を着るし、他の町ではフード付きマントを着用したりもするが、冒険ではだいたい裸、スケルトン丸出しなのだ。
「でも、スケルトンって再生できるから、鎧とか無駄な気がするんだよねえ」
僕がそう言うと、スケルトンズが口々に反論してきた。
「ソレハ誤リデス、旦那様。装束トイウモノハ、防御力ダケデナク精神状態ニモ影響スルモノデス」
「ソウダゼ、俺ッチノ兜見ミテミロ。てんしょん上ガルダロ?」
「キ、キ、気ニ入ッタ装備ガアレバ、モットタクサン殺セルルルルルールルー」
「皆サン……!」
ジャックは手を組んで、今にも泣き出しそうな顔をしている。スケルトン仲間からの思わぬフォローに感激しているようだ。
「むう。わかった、前向きに検討するよ。でも、変な装備は駄目だよ?僕と一緒に行動するんだから」
「ヤッタ!皆サン、アリガトウ!!」
ジャックが一人一人と握手していると、リオが店の奥からやって来た。
彼女は高そうな革鎧に両脇にシミターを二本差したいつもの格好だ。
「ん、皆揃ったニャ?では行くニャ!」
「承知致シマシタ」
「オウヨッ!」
「ヒッ、ヒッ、久々ノ冒険ダアァァ。血沸キ肉踊ルウゥゥ!」
「いや、君らは血も肉もないからね?」
「ソウデスヨ!ソウイウノ、私ノ役割ナンデスカラネ!」
スケルトンズに囲まれると、ジャックの個性が埋没してしまいそうだ。
黒猫堂を出た僕達はネクロポリスを移動中だ。
下り階段までの間にリオと隊列のことを話し合う。
「何か案はある?」
「んー、探索中はアタイが先頭でノエルが後ろ。スケルトンズはちゃんとついてくればどこでもいいニャ……あっ、殿にはジェローム置いとくニャ。あいつは気が利くし、斥候役の真似事もできるニャ」
「先頭にルーシーつけようか?壁抜けできるから役に立つと思うよ?」
「いや、最短ルートを寄り道せずに行くから必要ないニャ。モンスターも極力避けていくニャ」
「わかった。戦闘中の隊列は?」
「盾役不在なんだよニャあ……一番頑丈なドミニクに頼むかニャ」
「盾役か……ジャックはどう?」
「へっ?ジャックぅ?」
リオはジャックをチラリと見て、吹き出した。
「ププッ。いやいや、それは無理ニャ?」
「ム、心外デスネ」
ジャックがふくれっ面で言う。
「でもニャあ。ネクロポリスのアンデッド相手でさえ、すぐ逃げ出しそうニャ。ヒィィー!って……ププッ」
自分で言って、再度吹き出すリオ。
「失敬ナ!私ダッテ成長シテルノデスヨ!?ネッ、るーしー?」
するとルーシーは、珍しく真面目な顔で頷いた。
「うん!ジャックはときどきひかるんだよ!」
「……たまに光る物があっても駄目なんニャ。盾役に求められるのは信頼感、そして安定感。時々ではやはり不安ニャ」
ルーシーの言う「たまにひかる」はメタリック状態のことを言っている気がするが……まあ、いいか。
「ムウ……ソコマデ言ウノナラバ、証明シテ差シ上ゲマショウ!」
そう言うや否や、ジャックは通路沿いにあった部屋に飛び込んだ。
その部屋は小部屋というには大きく、大部屋というには小さい、そんな大きさだ。どうやらアンデッドが何体かいるようで、ジャックはそいつらと戦って証明するつもりらしい。
僕達は部屋の中央に陣取ったジャックを、部屋の入り口から見守る。
「まさか、
リオの言う
横一列になり、壁に向かって足踏みする四体のスケルトン。
部屋の角で井戸端会議でもするように、あーうー言ってる三体のゾンビ。
何故か天井をせっせと掃除している男性のゴースト。
たちの悪い冒険者にイタズラされたのか、左右の手足が入れ替えられ、転けては起き、転けては起きしている動く鎧。
――そんな連中だ。
敵ながら情けないというか、頼りないというか。こんな連中相手に戦っても証明にならないと思うのだが。
しかしそんな僕とリオの思いなどお構いなしに、ジャックは盾に剣をぶつけ挑発するように音を鳴らした。
「サア、凶悪ナもんすたー達ヨ!コノじゃっく様ガ相手ヲシテヤル!カカッテ来イッ!」
「どこが凶悪ニャ……」
呆れたように呟くリオ。
案の定、
しかし、次の瞬間。
ジャックからオレンジ色の怪しげな光が放たれた。
「ホヘッ!?何デス!?」
当のジャックも何が起きたかわからない様子。
一方、何の反応もなかった
「……嫌ナ予感」
ジャックの予感は正しかった。
「あー!」
「ううー!」
「ニクニクニク」
「肉クレ!肉クレ!」
「恨めしい怨めしい裏めしイ浦めシい……」
「ギ……ギギギ……ギ」
個性豊かな雄叫びを上げ、一斉にジャックに向かって殺到するアンデッド達。
「ヤッパリィー!」
ジャックは慌てふためき、右往左往している。
リオが
「……逃げるニャッ!」
「賛成!」
リオの声を合図に、僕達は下り階段目指して走り出した。
置いてきぼりを食ったジャックは、絡みつくゾンビの手を振り払いながら、慌てて僕達の後を追う。
「待ッテー!!置イテカナイデェー!!」
一目散に逃げ出した僕達は、階段を駆け下りてようやく一息ついた。
「はあ、はあ……いやあ、驚いたね」
「こんなの初めてニャ。ジャックの奴、一体何したニャ?」
「……私ダッテワカリマセンヨウ」
階段から、酷く疲れた様子のジャックが下りてきた。もう怪しく光っていない。
「あっ、わかった。ジャック、二つ名変わってる」
「エッ?」
「えっとね、【
「ゆーえふおー?」
ルーシーが小首を傾げる。
「未確認発光……よくわからないけど光るもの、って意味みたいだね」
「……ぷぷっ。ゆーえふおー!」
僕の説明を理解したのかわからないが、ルーシーは「ゆーえふおー!」を連呼して飛び回る。語感が気に入ったようだ。
「……これで説明がつく。きっと、この二つ名はモンスターを寄せる効果があるんだ」
ジャックの二つ名が【殺虫剤】だった頃から思っていたことがある。
それは、二つ名には特殊な効果があるのではないだろうか?ということだ。ジャックの二つ名が【殺虫剤】だった頃、虫モンスター相手にかなり強くなった気がしていたのだ。
僕は、かつてブリューエットが召喚したウィル・オ・ウィスプを思い出す。あの妖しい光が人を誘うように、ジャックから放たれた怪しげな光がモンスターを誘ったのではないだろうか?
「もんすたーヲ寄セル効果!?ソンナノ嫌ダー!」
ジャックは頭を抱えたまま、ぶんぶんと首を横に振る。
「大丈夫だよ、たぶん。ジャックの声をきっかけに光ったからね。挑発したときだけなんじゃないかな?」
「ウウ……ソレナラ、マア……」
そう言いつつ、ジャックは不満顔だ。
「ちょっと待つニャ。二つ名が変わる?そんなの聞いたことないニャ」
リオが眉を寄せて、僕に問う。
「そんなこと言われても。現にジャックは何度か変わってるよ?」
「……ジャックが特殊なのかニャ?」
「どうなんだろう?そもそも僕が鑑定持ちだから変化に気づくわけで。普通は二つ名が変わっても気づかないんじゃない?」
「まあ、それはそうニャ。しかし……うーん」
リオは納得いかない様子で首を捻る。
「UFO……UFO……」
ジャックはジャックでぶつぶつと新たな二つ名を呟いていた。
「悪くないんじゃない?ほら、神々しい、とかそんなのが良かったんでしょ?発光物体ってことは輝いてるわけだし」
「……ソレ、チョット違イマセン?」
ジャックは腕組みして、なおもぶつぶつ言い始めた。そしてしばらくそうしたあと、ふいに手を打ち、頷いた。
「納得したの?」
「エエ」
「そりゃまた、どうして?」
「土左衛門ト比ベレバ、ズットマシデシタ」
そう言って、ジャックはへらっと笑った。
リオを先頭にダンジョンを下へ下へと移動する。
ネクロポリスを抜け、鉱山エリア、地底湖エリアを素通りし、太古の森を移動中だ。
ここまで戦闘はない。
ただの一度も、だ。
というのも、リオのモンスター察知能力が桁外れなのだ。モンスターを極力避けるとは言われていたが、ここまで避けることができるものなのか。
僕は斥候役の重要性を再認識させられた。
結局、リオの後ろを歩くだけで十二階への下り階段に辿り着いてしまった。
ここから先は、僕にとって未知の領域だ。
「さて、十二階に入る前に説明しておくニャ」
下り階段の手前で振り返ったリオが、手招きして皆を集める。
「十二階、十三階は通称、岩屋と呼ばれてるニャ」
「岩屋ッテ何ダ?」
ドミニクが首を傾げる。
「洞窟なんかの横穴を使った住居ことだと思うけど……誰が住んでるの?」
「ミノタウロス共ニャ」
ミノタウロス。たしか牛頭の亜人のことだ。
「つまり、ここからはミノタウロスの縄張りニャ。奴らはゴブリンやオークよりだいぶ強いニャ。心してかかるニャ」
リオの脅すような声に、皆が神妙な顔で頷いた。
これまで通り、リオを先頭に階段を下りていく。なんだか急に暑くなってきた気がする。太古の森もジメジメとして蒸し暑いが、こちらは単純に温度が高いようだ。
額の汗を拭いながら階段下まで下りると、岩盤を雑にくりぬいたような洞窟が広がっていた。ふいに先頭のリオが、スッと右手を上げる。どうやらモンスターがいるようだ。
リオは壁に張り付いて、そっと曲がり角の先を覗く。
そして、ドミニクの兜を指差し、そのあと両手で七本指を立てた。
ミノタウロスが七匹か。
「敵多いけど、戦闘は避けられない?」
僕の横に下がってきたリオに尋ねる。
「奴らは数が多いから、必ず何度かは
「なるほど、そういうもんか」
経験者のリオが言うのだから、恐らくそうなのだろう。
「まりうすサンヲ先頭ニ突ッ込ミマス?」
ジャックの提案に、リオが首を振る。
「ここは奴らの縄張りと言ったニャ?討ち漏らすと仲間呼ばれる可能性があるニャ」
「ナラバ魔法ハドウデショウカ。旦那様ハ多クノ魔法ヲ修メテイルト聞キ及ンデイマスガ」
そう言って、ジェロームが僕を見る。
「魔法で先制するのはアリニャ。ノエル、魔法増えたかニャ?」
「うん、結構増えたよ」
「ふえたー!」
口真似をしたルーシーを、僕はふと見つめた。
「……それよりも。ルーシー、久々にアレやろうか?」
「あれ?」
「そう、アレ!」
「……あれ!やる!」
僕とルーシーは互いに頷き合った。
【
効果 挑発効果↑
備考 その怪しげな光は人を引き付けてやまない
以下、最終候補
提灯ジャック(提灯アンコウ的な)
誘蛾灯
マーシャラー(誘導員)
謎の発光体
ジャック・オー・ランタン