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「パーティメンバーはどうするつもり?」
「店番のエマとマリアだけ残して、黒猫堂の全戦力を投入するニャ!」
リオが拳を握って宣言するが。
「……それって僕達にスケルトンズが入るだけだよね」
「ムッ。うちのスケルトンズなら、そこらの前衛職には負けニャいニャ?」
確かに、マリウスを筆頭にドミニク、ジェロームも戦える。ジャックだって力を付けている。
「しかし、司盗幽骨骨骨骨か。パーティの過半数が骨だねえ」
「昔のアタイが聞いたら卒倒しそうなパーティ構成だニャ」
スケルトンズをスカウトしたての頃は、リオは不信感持ってたもんなあ。特にマリウスに対して。
「斥候役がリオ、僕とルーシーが後衛で……回復魔法はアンデッドには効かないから、使う相手はリオと僕自身だけだね。何とかなるか」
「『ファイヤーストーム』は使うニャよ?スケルトン多いんだから……」
「了解、了解。火葬しちゃうといけないね」
「アノ……」
段取りを決めていく中、ジャックがおずおずと手を挙げた。
「十四階ト十五階ノ地図ヲ購入シタトイウコトハ、ドチラカニ店舗ヲ構エルツモリナノデスヨネ?」
「うむ。そのつもりニャ」
「理由ハアルノデスカ?今ノ店舗ガ五階ナノデスカラ、次ハ……十階トカデハ駄目デスカ?」
ジャックの言には一理ある。
これからも下層へ進出するならば、五階、十階、十五階と少しずつ店舗を拡大していくのも一つの手だ。
だが、リオが十四階と十五階を選んだ理由が、僕にはわかっていた。
「十五階と十六階の間には、ベテランの壁があるからね」
僕の答えに、リオが大きく頷く。
「壁……デスカ?」
「別に、ほんとに壁があるわけじゃないニャ。中級冒険者の大半が行き詰まるのが十六階なのニャ」
「だから、十六階から逃げてきた冒険者が駆け込める場所に建てるってわけ」
「フム。十六階ニハ一体何カアルノデスカ?」
「特別何かあるわけでもないニャ……ただ、十六階からはデーモン種が出るニャ」
「でーもん!?」
「そ、いわゆる悪魔だね」
僕は師匠の本の受け売りを、ジャックに話し始めた。
――デーモン
悪魔。闇の眷族。敵対者。堕落せし者。
様々な名で呼ばれる彼らを、神話や伝承の中だけの存在だと認識する人々も多くいる。
だが、デーモンは実在する。
貴方が冒険者であれば、いつか
もし運悪く、彼らと遭遇したら。
まず、一つ目。
背中を見せて逃げてはいけない。
デーモンは人を襲うことに無上の悦びを感じるモンスター。幾ら逃げようと執拗に追ってくるのだ。
撤退の必要があるならば、時間を稼いで転移魔法を使うか、救援を待つのが得策であろう。
次に、二つ目。
侮ってはいけない。
デーモンはひとたび人間を見つけたら、嬉々として仲間を呼ぶ。獲物を見つけた!とでも言わんばかりに。
例え高ランクの冒険者であっても、油断すれば群がる蟻に喰われるが如く命を散らすだろう。
最後に、三つ目。
見るからにユニークな個体と出会したら、一目散に逃げろ。
一つ目と矛盾するが、それでも覚えておいて欲しい。
最近の研究で、デーモン種は
もし、見た目では種族が判別できないほど、独特な形状のデーモンを見かけたら。
それは死神だ。
貴方では勝てない。
逃げろ。
出典 リィズベル怪物知識拾遺
「何ト恐ロシイ……」
ジャックは肩を抱いて震えた。
「ダンジョン死因ランキングでも常にトップ5に入ってるしね」
「何デス、ソノ不吉ナらんきんぐ……」
ジャックが顔をしかめる。
「ギルドが注意を促す為に発表してるのさ。ちなみに他の上位常連は、罠、餓死、適正レベル以下での戦闘、あと人間なんかもよく入るね」
「ニ、人間!?殺人事件ッテコトデスカ?」
「意図的でない殺人も含まれるからね。仲間割れとか、パーティ同士の諍いとか」
「嫌ナ世ノ中デスネエ……」
リオがこほん、と咳払いをした。
「話が逸れてるニャ。十六階の手前に三号店を開く理由。理解してくれたかニャ?」
「エエ、ワカリマシタ」
僕はふと、リオの昔話を思い出した。
「あのさ、確かリオは十三階で死にかけたことがあるって話してたよね?十六階とか大丈夫なの?」
リオは一瞬だけ驚いた顔をしてから、フッと鼻で笑った。
「それはアタイがノエルくらいのレベルの頃の話ニャ。そんなペーペー時代の話を持ち出されても困るニャ」
僕は何だかムッとして、日頃は聞かない質問をした。
「じゃあ、今のレベル幾つなのさ?」
「知りたいニャ?……ほれ」
リオがテーブルに投げたのは冒険者カードだ。
「あれ?元冒険者なのにカードは持ってるんだ?」
「身分証に使えるから持ってるニャ。ギルドに返納してないから、厳密にはまだ現役になるのかニャ?」
「そっか、なるほど」
僕は、投げられた拍子に裏返った冒険者カードを、表向きに直した。
「Bらんく!?」
「レベル34!?」
僕達の反応にも、リオは冷静な顔つきを崩さない。だが、尻尾や耳がしきりに動いているので、感情が丸わかりだ。
「僕はBランクなのは知ってたけど……レベル34は予想以上だ」
「Bらんくノ中デモ高イ部類ナノデスカ?」
「高い。Aランクがレベル35からが目安だから、その一歩手前だね」
「エエッ!コノりおサンガ!?」
驚愕を隠そうとしないジャックに、リオが不機嫌そうに問う。
「ちょっと待つニャ、ジャック。このリオさんが、ってどういう意味ニャ」
「言葉通リノ意味デスヨ。いめーじト違イスギルノデス」
「いったい、アタイにどんなイメージ持ってるニャ?」
ジャックは顎を人差し指に乗せて、イメージを言葉にした。
「ンー、金ノ亡者?」
「ンニャッ!?」
リオは思わず立ち上がり、プルプルと震え始めた。
「そんなこと、本物の亡者に言われたくないニャッ!」
「おお、上手い」
「オ上手デス」
僕とジャックが拍手すると、リオは地団駄を踏んだ。
「そんなんいいニャ!アタイがレベル高いことだけわかればいいんニャ!」
「それはわかったよ、うん。ということは、十六階どころか、もっと深くまで潜った経験あるんだね」
僕の言葉に、多少落ち着きを取り戻したリオが頷く。
「もちろんニャ。最高記録は二十一階ニャ」
「オオ、ソレハ凄イ!……デスネ」
感嘆の声を上げたジャックが、リオにじろりと睨まれて、肩を竦めた。
「ふむ、じゃあリオに先導してもらえば迷いはしない、か。問題は店舗スペースをどこにするかだね」
「そう、候補地は先に決めておくべきニャ」
そう言って、リオは購入した地図を広げた。
「……ここはどうニャ?」
「手狭じゃないかな?」
「デハ、ココハ?」
三人で地図を覗き込んで、ああだ、こうだと話し合う。
「ここは広いけど」
「ん~、その辺りはあまり行ったことないニャ」
「ソウナノデスカ?」
「十四階、十五階はレベル上げにもお金稼ぎにも向かないニャ。だから下層へのルート以外はあまり知らないニャ」
「むう。となると、そのルート沿いに店を構えなきゃ駄目じゃない?他の冒険者も素通りするでしょ」
「るーとヲ外レテヒッソリ建ッテテモ、気ヅカレナイデショウネ」
「……確かにそうニャ」
僕は指でルートをなぞりながら、店舗スペースを探す。
「なら……ここか」
三人の視線が、地図の一点に集まった。