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「皆さん、怪我はありませんか?」
トコトコとポーラが歩いてきた。
「こっちは大丈夫だよ。噛まれたゴブリンは?」
「いませんでした。鉈や棍棒で怪我した方が数人いただけです」
「そっか、良かった」
「ポーラ、お疲れ。よくやった!」
ルパートがポーラの頭をがしがしと乱暴に撫でる。
「もう!やめてよ兄さん!」
文句を言いながらも、ポーラは嬉しそうだ。
「アッ」
ジャックがふと、思い出したように上を見上げた。
「私、ららサン取ッテキマスネ」
「ああ、丘の裏に置いたままか。まだ残党がいるかもしれないから……ルーシー、ついてってあげて?」
「わかった!」
「一人デ大丈夫デスヨ?私モ夜目ハ利キマスシ」
「ルーシーの方が視点高いし、策敵能力は上だよ。ね、ルーシー?」
「ジャックよりルーシーがうえ!」
腰に手を当てふんぞり返るルーシーに、ジャックは諦めたようにため息をつく。
「フウ。ワカリマシタ。策敵ハ任セマスヨ、るーしー」
「ん!まかされた!」
村を出ていくジャックとルーシーを見送り、村へ向き直った。
モヒカンはゴブリンソルジャー達を連れて、村の周囲を警戒してくれている。
「さて、ララさんの遺品を探したいのだけど」
「探す場所がねえな」
「そうなんだよねえ」
家捜しすれば見つかるだろうと高を括っていたのだが、そもそも家捜しする家がない。
土台の石だけが、そこに家が建っていたことを物語っていた。
「とりあえず、見て回りましょう」
レオナールの言葉に僕達は頷いた。
家の跡地を念入りに調べていく。
だが何軒回っても、これといった収穫は得られていない。
月明かりの中、しゃがみこんで地面を捜索するのにも、いい加減うんざりしてきた。
「石と地面だな」
「それは見ればわかるわ、兄さん」
ポーラは苦笑いするが、実際、土台の石と地面だけである。
「そうだ……『ムーンライト』」
僕が手をかざした土台の石が、ぽうっ、と光を帯びる。カンテラに照らされるように、辺りの様子が浮かび上がった。
「おお、これはいいですね」
明かりを得て、レオナールが腰を上げた。
ルパートとポーラもそれに倣い、立ち上がって家の跡地を見回す。
「んっ?」
「なあ、そこ」
「兄さんも気づいた?」
「何かあるね」
月明かりでは気づかなかった、地面の色の違い。
不自然に四角いその部分を、手で探ってみる。
「ん……あっ、開きそう」
爪を立てて持ち上げると、それは木製の開き戸になっていた。開き戸の下は空洞になっていて、袋や木箱がある。
「んー、なんだこれ?」
ルパートが空洞に下り、土ぼこりに塗れた袋を開けて僕達に見せる。
「これは……麦ですね」
レオナールが黒く変色した種を片手ですくい、パラパラと落とす。
「食料庫でしょうか?」
「それにしては土が剥き出しなんだよなあ。これじゃあ、虫や本物のネズミにやられそうだぜ?」
「……もしかして、全ての家にあるのかな?」
呟くようにそう言うと、全員がハッとした顔で僕を見た。
もう一度、一軒一軒『ムーンライト』で明かりを灯して調べ直していく。
やはり、各家に倉庫らしきものがある。中が空だったり、土に埋まっていたりするものもあった。
「なあ、これって昼間だとバレバレだよな?ワーラットは気づかなかったのか?」
ルパートの疑問に、レオナールが答える。
「ワーラットは夜行性で、色の判別がほとんどできません。気づかないでしょうね」
倉庫の扉は、色の違いを除けば完全に地面と同化している。『ムーンライト』がなければ僕達も気づかないままだっただろう。
「もしかしたら、対ワーラッ……」
開き戸を開けながら喋っていたレオナールが、一瞬、言葉に詰まる。
「……対ワーラット用の避難部屋なのかもしれませんね」
そう言って、レオナールは扉を完全に開いた。
その中には折り重なるように三つの遺体があった。
一つは小さい。親子三人なのだろうか。
「そんな……」
ポーラが口元を両手で覆う。
「これって、ワーラットから隠れたまま、死んだのか?」
「いや、かなり古い遺体だ。【腐り王】の頃じゃないかな」
僕の推論にレオナールも頷く。
「【腐り王】の侵攻から逃げ遅れたのでしょう。迫り来る腐敗に、避難部屋に隠れるしかなかった」
沈黙が流れる。
彼らはどれほど恐かっただろう。
どれほど苦しかっただろう。
「……ララさんと一緒に埋葬しようか」
僕が沈黙を破ると、すぐさまルパートが地下の空洞に飛び込んだ。
「この人達、きっと親父やお袋と知り合いなんだよな」
ルパートの言葉に、ポーラがはっと驚いた顔を見せる。
「そっか……そうだよね」
口を真一文字に結んだポーラが、兄の仕事を手伝うべく、地下へと降りる。僕とレオナールも手伝い、村の中心へと遺体を運んだ。
あとでララさんの遺体や、兄妹のご両親の遺灰と共に葬式を挙げることにして、探索へと戻る。
次の家の跡地にも避難部屋の扉はあったのだが、開けるのが少し
「……いいですか?開けますよ?」
レオナールが皆に確認しながら、扉を開く。
その倉庫は少し変わっていた。
袋や木箱はなく、木製の棚だけがある。
その棚には、剣や盾、鎧兜などが置いてあった。
「う~ん、こりゃなんだ?」
地下に降りたルパートが剣を手に取り、振り回す。
「兄さん、危ないよ!」
「あ~、いや。これ、模造品なんだよ」
「模造品?」
僕も地下に降り、鎧を指で弾いてみた。見た目は金属鎧を模しているが、コン、と軽い音が鳴った。木製の作り物のようだ。
「ノエル!」
レオナールの声にそちらを見ると、手のひらに小さな箱を乗せていた。
それは鎧と違い、紛うことなく金属製の箱。
レオナールがフッと息をかけ、土埃を吹き飛ばす。すると、箱の表面に鮮やかな模様が現れた。
「綺麗な箱……だね」
僕は依頼書の文面を思い出す。
《私の遺品を探して。よく覚えていないけど綺麗な箱だったと思うわ。たぶん私の家にあるから。 依頼主ララ》
これ……か?
観察すると箱の側面にはネジがあり、何か仕掛けがあることを主張している。
「オルゴール、かな?」
レオナールは、そっと箱を持ち上げ、底を見た。
「うん、間違いない。ララさんのものです」
そう言って、僕達に向けて底を見せた。
そこには《ララへ》と文字が刻まれていた。
「子供の頃の宝物、とかかな?」
ポーラがオルゴールを見つめながら言う。
「死んでからも求めるのですから、強い思い入れのある品なのでしょうね」
レオナールはネジをぐりっ、ぐりっ、と回し、離した。
しかしオルゴールからは、じじじっ……とゼンマイの作動音しか聞こえてこない。
「残念。壊れていますね」
ともかく遺品を見つけた僕達は、村の中心へと戻る。そこにはジャックとルーシーの姿があった。
「お疲れ様、ジャック」
「イエイエ。遺品ハ見ツカリマシタ?」
「うん、これ」
ルーシーが綺麗な箱を覗き込んだ。
「これ、なーに?」
「オルゴールだよ」
「おるごーる?」
「歌が流れる箱なんですよ」
レオナールの説明に、ルーシーは目を輝かせた。
「お歌ききたい!」
「残念。これ、壊れてるみたいなんだ」
僕はそう言って、ネジを回した。
キィン、ポロロン、ポン、ティン、カン
オルゴールがキラキラと輝くような音色を奏で始めた。
「きれいな音~」
ルーシーがうっとりと聞き入る。
「不思議ですね。さっきは鳴らなかったのに」
ポーラが小首を傾げる。
僕は、何となくララさんの遺体に目をやった。
持ち主を前に、オルゴールが目を覚ましたような、そんな気がしたから。
「しかし、あれだねえ」
「ええ。何て言うか……」
口ごもる僕とポーラの心情を、ルパートがはっきりと代弁した。
「普通、オルゴールにこの曲を選ぶかあ?」
それは、優しい音色に似合わない、勇ましい曲調。
冒険者なら誰でも知っている、あの曲だ。
「コレッテ、《我ラコソ冒険者》デスカ?」
ジャックの問いに四人が頷く。
「いえ、おかしくはないのですよ」
レオナールが言う。
「私達は冒険者ですから、曲へのイメージがある。けれどそうでない人にとって、それは固定観念でしかないのです」
そして、ふよふよと揺れるルーシーを指差す。
「ルーシーは聞き入っているでしょう?ジャックだって違和感はないのでは?」
問われたジャックが首肯した。
「ナイデスネ。ムシロ、おるごーるノ音色ニ合ッテル気サエシマス」
「そんなもんか……」
「でもこの曲って、一般的にはあまり知られていない曲ですよね?」
「そうだね。なんでわざわざこの曲を選んだのだろう」
やはり腑に落ちない僕達に、レオナールはララさんを見つめて語った。
「……そこを想像していくと、ララさんの生き様が見えてくる気がします」
「生き様?」
「《我らこそ冒険者》のオルゴール。地下にあった装備品のレプリカ。恐らく、ララさんにこのオルゴールを与えた人物は、冒険者に強い憧れを持っていたのではないでしょうか?」
「ああ、なるほどな」
「それなら模造品を大事にしまっていた説明がつくね」
「そして、その影響を受けて育ったララさんもまた、冒険者に憧れた。それは【腐り王】の侵攻、孤児院での生活の中でも変わらなかった」
僕の頭の中に、やんちゃな子供時代のララさんが浮かぶ。
「職にあぶれて仕方なしにとか、誰かに誘われ何となく、ではない。彼女にとって念願の冒険者だったのではないでしょうか?」
「だが、腐り病に侵された」
ルパートの言葉に、レオナールは頷く。
「望みに反して動かなくなる体。それでも糊口をしのぎながら冒険の機会を待つが、病だけが進行してゆく」
レオナールの眉間に深い皺が刻まれる。
「彼女の苦悩は計り知れません。幾度となく、冒険者を辞めることも考えたでしょう。そんなとき、思い出したのではないでしょうか?この、オルゴールのことを」
皆の視線がオルゴールへと集まる。
「自分が何故、冒険者に憧れたのか。何故、辛い思いをしてまで冒険者を続けるのか。その答えをオルゴールに重ねたのではないでしょうか?」
熱っぽく話していたレオナールの声に、暗い影が射す。
「彼女は意を決して西方へと旅立った。それは、ただでさえ厳しい旅路。病の身一つでの道程は、過酷を極めたことでしょう。それでも彼女は歩いた。歩き続けた。そして、故郷まであと一歩というところで力尽きた」
「ぐすっ」
「ウウッ、ズズッ」
ポーラとジャックが鼻をすする。
「……こう話すと、彼女の人生はとても悲惨なものに聞こえます。しかし、本当にそうだったのでしょうか?私にはそう思えないのです。彼女は冒険者として力強く生き、冒険者であり続ける為に前のめりに死んだ。その生き様に、私は憧憬の念さえ抱いてしまいます」
僕も同じ冒険者の端くれとして、胸に迫るものがあった。
故郷を追われ、家族を失い、病に苦しんで。
そんな逆境の中にあって、彼女のように勇ましく生き抜けるだろうか?
「ま、すべて私の妄想なのですがね」
そう言って、レオナールはイタズラっぽく笑う。
皆が釣られて笑い、場に明るさが戻った。
「そうだ」
僕はオルゴールのネジを巻き直し、ララさんの遺体の前に置いた。
「レオナール、これに合わせて歌ってよ。できれば四番まで、さ」
「なるほど……それは良いですね」
レオナールはララさんの正面に立ち、姿勢を正した。
そして、柔らかな伴奏に合わせ、《我らこそ冒険者》をしっとりと歌い始める――
紙切れと化すお宝の地図
次があるさと
それこそが冒険
我らこそ冒険者
久しく帰らぬ我が故郷
二度と見られぬ懐かしき顔
老馬のたてがみを背に、雲の行方を追う
それこそが冒険
我らこそ冒険者
痛み消えぬ我が
傷に
それでも剣を持ち、迷宮へ潜る
それこそが冒険
我らこそ冒険者
――ルーシーは、いつものようにレオナールの真ん前に陣取っている。それはララさんの真ん前でもあるのだが、彼女もルーシーの微笑ましい様子に笑っている気がして、そのままにしておくことにした。
「四番なんてあったか?」
ルパートが僕の耳元で囁いた。
「あるんだ。不吉だからって、あまり歌われないけどね」
「へえ」
やがて、その四番に差しかかる――
大地に倒れ幕が下りる
聞こえてくるは甘い死の音
後悔などあろうか、想いのまま生きた
それこそが冒険
我らこそ冒険者
――「「冒険者!!」」
僕達が一斉に上げた声が西方の夜空に響き渡る。
その中に、ララさんの声も聞こえた気がした。
『勇ましき鎮魂歌』はこれにて閉幕です。
次章の構想がまだ完成しておらず、次の更新は来週水曜日を予定しております。