10
「宝箱は何も入ってないニャ。あーあ、走り損ニャ」
ミズが両手を後頭部に添えてテクテク戻ってくる。
「ミズ、ちょっと座りなさい」
「何ニャ、恐い顔して」
「いいから座る!正座!」
「ニ゛ヤッ!」
ミズは驚いて跳び上がり、着地とともに正座した。
正直、先輩風吹かせるほどベテランではないのでやりたくは無い。
でも僕の不安メーターはレッドゾーンギリギリだ。
このままでは全滅してしまう。
「ミズは斥候役だよね?斥候役って一番危険な役割なんだよ」
「わかってるニャ!だから警戒してるニャ!」
「そうだぜ、ミズは音と臭いで何でもわかっちまうんだぞ?」
「はい、デューイも横に正座」
「なんでだよ!」
嫌そうだったが、ミズがおいでおいでしてるのを見て観念して正座した。
「警戒してたね。そして宝箱を見付けた。その後、何故走ったの?」
「急がないと他のパーティが開けちゃうかもしれないニャ」
「とても危険な事だ。走ってる途中に罠が有ったら?仲間とはぐれてしまったら?」
「む……」
「それをデューイも止めなかった。それどころか一緒になって走った」
「それは……早くお宝見たかったし……」
「……ほんとに死んじゃうよ?」
2人はビクッと肩を震わせ下を向く。
これで直ったりはしないだろう。
それでも周りが注意し続けてやらねば、遅かれ早かれほんとに死んでしまう。
2人に立つように言うと、ホッとした顔をしながら立ち上がった。
さて、ここはどの辺だろうか。
2人を追いかける内に、手持ちの地図にない所まで来てしまったようだ。
「来た道を覚えてる人いる?」
誰も反応しない。困ったな。
僕も何となくは覚えているけど確実ではない。
「あっ、あの人達に聞きましょう!」
ウーリが言う。
見ると20代から30代であろうか、全員がフルプレートを身に着けたパーティがいた。
「すいませーん、ちょっといいですかー?」
ウーリが声をかけながらパーティへと走り寄る。
「――ウーリ!!止まれ!!」
自分でも驚くほど大きい声が出た。
心臓が早鐘のように鳴る。
ウーリは驚いて立ち止まり、僕の方を振り返る。
ミズ達も同じような顔で僕の方を見ていた。
ウーリの奥にいるフルプレートのパーティを見れば、全員が武器に手をかけていた。
ダンジョン内で出会う他のパーティ。
それは下手をすればモンスターよりも危険な存在だ。
沢山のパーティが行き交う混雑した場所なら良い。
だが自分達と相手達しかいない時はよくよく注意しなければならない。
何故なら、犯罪行為が行われても目撃者などいないからだ。
財宝を得たと知られたら盗まれるかもしれない。
逆に盗まれると思い込み襲ってくるかもしれない。
元々強盗目的のパーティかもしれない。
血に溺れた辻斬りかもしれない。
他パーティとの接触は慎重に、油断せず。
そんな認識が冒険者ならば当たり前である。
いきなり走り寄るなど敵対行動に等しいのだ。
不安メーター?もう振り切ってる。
僕は1つ大きく息を吐き、フルプレートのパーティを観察する。
武器に手をかけたままだ。
フルプレートは所々汚れ、疲れた顔をしている。
下層からの帰り道と見ていいだろう。
一応鑑定を試みる。
人間を鑑定すると職業と名前に加えて二つ名が表示される。これは必ずだ。つまり人間は全て
司祭に成りたての頃は、面白くて街を行く人を片っ端から鑑定していた。でも【馬並みのジョー】とか【もちもちマリア】とかプライバシー的にどうなのか?と疑問を持ち、非常時以外封印した。
だが、今は非常時だ。
魔剣士【炎剣のカイン】
とりあえず人殺しとか卑怯みたいなネガティブな二つ名ではない。
他のフルプレートも危ない二つ名は無かった。
「驚かせて申し訳ありません、僕は司祭のノエルといいます」
僕は距離をとったまま話しかけた。無闇に近付くと危険だ。
カインが顎をしゃくって続きを促す。
まだ武器から手を下ろさない。
「まだ初心者パーティでして、奈落も初めてといった具合です。ダンジョンの常識もこれから覚える所で……」
カインは僕以外のメンバーを一通り見回し、仲間達に合図を送った。
全員が武器から手を下ろす。
助かったようだ。
カインがリーダーのようで、こちらに1人でつかつかと歩いてくる。
それを見て僕も同じように前に出る。
ちょうどウーリの立ち止まっている所で向かい合う形になる。
「【天駆ける剣】のカインだ」
うわ……知ってる。
確かAランクの魔法の使える前衛職のみで構成された、超有名パーティだ。
思ってたよりヤバかった……
「お前、さっきのは何だったんだ?」
言われたウーリはパクパクと口を動かした後、絞り出すような声で答えた。
「道を……聞こうと……」
「そうか。市販の地図のルートだな?俺達が来た方を真っ直ぐ進み、突き当たりのT字路を左へ行け。じきに地図にある場所へ出る」
「あ、ありがとうございます!」
ウーリと共に僕も頭を下げる。道を見失ったのは僕も同罪である。
最後にカインはウーリの耳元へ寄り、囁いた。
「命拾いしたな」
ウーリはぶるっと身震いした。