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茂みの中で腹這いになって村の様子を窺う。
ルーシーも僕の頭の上に顎を置いて、村を観察している。
夜闇が深まるにつれ、月に照らされたジャックの銀色の体は、ますます目立ってきた。
目を引く外見に加え、病にかからないジャックは今回の囮にうってつけだ。ルーシーにも同じことが言えるが、戦力的に彼女には僕の側にいてもらう方がいい。
ジャックには、いざとなれば死んだふりをしてもらう手筈になっている。
「そろそろか」
僕はルーシーを肩車してコソコソと移動し、丘の上で仁王立ちするメタリックなジャックの影に隠れた。
「ぷぷっ、ジャックへんなのー」
「じゃ、ルーシー。交互にやるからね?僕がやって、光が消えたらルーシー。で、次がまた僕」
「ん!わかった!」
「しーっ!隠れてるんだから静かに、ね?」
「……わかったー」
「ジャックも準備はいい?」
「……ハーーイーー」
ジャックはメタリックモードでも話せるようになっていた。ただし、ものすごくゆっくりとだが。
ジャックのとてもスローな返事を合図に、僕は両手を掲げ魔法を唱えた。
「『サンライト』」
目眩ましの魔法が、ジャックの頭の辺りでビカッ、と激しい光を放つ。反射する光で、ジャックのメタリックボディがギラギラと輝いた。
段々と光が収まり、再び闇が訪れると。
「『さんらいと』」
今度はルーシーの手が強く光る。
ワーラットから見れば、まるで丘の上に灯台があるように見えるだろう。
「『サンライト』」
十回程度繰り返すと、村の方がにわかに騒がしくなった。ワーラットが気づいたようだ。
「かかった、かな?」
「『さんらいと』」
暗闇の中、ネズミ顔の亜人がゾロゾロと村の外に出てきた。こちらを不思議そうに見たり、指を差したりしている。
「『サンライト』」
目算で百匹くらいか。
幾らかは村に残っているかもしれないが、ほとんどのワーラットは村から出てきたことになる。
やがて、その中の一匹がこちらに近づき始めた。そのあとに続くのが二十匹くらい。残りは遠巻きに眺めている。
「よし、食いついたな。ジャック、あとはよろしく」
そう言ってジャックの後頭部をポン、と叩く。
「……頼ーーミーーマーースーーヨーー?」
「大丈夫、心配するなって」
「まかせとけー!」
「ルーシー、しっ」
「……まかせとけー」
僕とルーシーはコソコソと元の茂みへ戻り、茂みを伝って丘の中腹まで移動する。草の間から丘の麓を見れば、先頭のワーラットがそのすぐ手前まで来ていた。
「きばく?」
「まだ。もう少し引き付けてから、ね」
先頭のワーラットが丘の斜面に差し掛かり、歩行速度が落ちた。そのせいで後続の二十匹との距離が詰まる。
「よし、ルーシー、起爆!」
「きばく!」
ルーシーが念じると、ワーラットのいる辺りでぼふん、ぼふんと連続して白煙が上がった。仕掛けておいた『マイン』の魔法だ。
「ヂヂッ!?」
「ヂッ、ヂッ?」
ダメージはほとんどないようだが、驚いたワーラット達は互いに身を寄せ合った。
次は僕の番だ。呟くように詠唱を始める。
「我が招くは恋い焦がれ焼き焦がす者。焔の娘らよ舞い踊れ。『ファイヤーストーム』」
ごうっ、と巻き起こった火焔旋風がワーラットを焼き払う。彼らは苦しそうにもがきながら、次々と倒れていった。
ほどなく炎の嵐が収まると、そこにはワーラット二十一匹の死骸。
遠巻きに見ていたワーラット達がざわめいた。
そして彼らが死骸から視線を上げ、頂上を見やれば。
そこには月明かりを浴びて、銀色に妖しく光るスケルトンが悠然と立っている。
「ヂヂィ!?」
「ヂィ!ヂィ!」
ざわめきが大きくなる。
ギラギラと激しく輝いたかと思えば炎の嵐を巻き起こし、今は月明かりに妖しく光るジャックのことが、彼らには悪魔か魔人のように見えるのではないだろうか。
目に見えて困惑するワーラット達。
ヂッ、ヂッ、と不快な声が飛び交っている。
普通の相手なら、このまま逃走することも有りうる状況なのだが。
「ヂヂヂィッ!!」
一際大きな声にざわめきが収まる。
「ヂヂッ!ヂッ!ヂィ!」
恐らくリーダーであろうワーラットの声に、残りの八十体がジャック目掛けて走り出した。
そう、ワーラットは非常に好戦的な種族。やられたままでは終わりはしないのだ。
大挙して襲い来るワーラットがジャックに迫る。
「『マイン』第二弾、起爆!」
仲間の死骸を踏み越えた所で、僕が仕掛けた『マイン』を起爆した。ぼふん、ぼふんと上がる白煙に、ワーラット達の足が鈍る。
「突撃ぃ!!」
「ギーッ、ギギッ!!」
二度目の『マイン』を合図に、丘の左右から現れたゴブリンソルジャー部隊がワーラット達へ殺到する。
丘の裏側に潜ませておいた伏兵だ。
右はルパート、左はモヒカンが率いている。
突然の挟撃に、混乱の極みに達するワーラット達。そこへ容赦なく横槍が入った。
槍衾のように穂先を揃えた一撃に、三十近いワーラット達が、為す術もなく倒れていく。
ここからは策はない。
あとは力押しだ。
僕は茂みから立ち上がり、詠唱を始める。
「天上に響くは楽神の竪琴!爪弾く音色は瞬きて、邪を払う光芒とならん!【スターライト】!」
こぶし大の星の輝きが、糸を引きながらワーラットを襲う。追尾能力のある【スターライト】は、こういった乱戦でも便利だ。
「トツゲキー!」
丘の上からは、メタリックモードを解いたジャックが駆け下りてきて乱戦に加わった。
少し離れた所では、レオナールがリュートをかき鳴らしている。足を踏み鳴らすような雄々しい曲調だ。聞いていると気分が高揚し、力が漲ってくる。これが吟遊詩人の応援効果なのだろう。
レオナールの更に後ろにはポーラが控え、怪我を負って下がってきたゴブリンソルジャーを治療する。
数こそ多いワーラットだが、こちらの連携の前に、一匹、また一匹と倒れていった。
「ギガアッ!」
乱戦の中、モヒカンの気迫のこもった声が響く。リーダーらしきワーラットを討ち取ったようだ。
これで大勢は決した。
「よし、ここはゴブリンに任せて村に突入する!ジャックとルパートが先頭!ポーラは残って怪我人の回復を!」
「おう!」
「はいっ!」
「了解デス!」
「行きましょう!」
村に入ると、柵以外は荒廃したままだった。ワーラットは、家屋などは作らずに生活していたようだ。
建物の土台部分だけが残った中を慎重に歩いていく。
「ンー、イナイデスネエ」
「ああ、いねえな」
先行するジャックとルパートが確かめ合う。
視界を遮る物がほとんどないので、夜とはいえ索敵は容易だ。村の外にいたのが全てだったのか、ワーラットの姿は見当たらなかった。
「グギッ」
後ろから歩いてきたモヒカンが、何か一言発した。
「終ッタ、ト言ッテマス」
「わかった。お疲れ様、ジルベル。ワーラットの牙にやられた負傷者がいたら、僕の所に連れてきてね」
「じるべる?何デス、ソレ」
「あ、知らなかった?モヒカンの名前だよ、【大物食いのジルベル】」
「ナント!オオ、我ガ
「グギィ?」
伝わっていないのだろう、モヒカンは首を傾げた。
ジャックの二つ名悩み中……
発覚は次章にて。