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「ジャックおもしろかったー」


 肩の上のルーシーが上機嫌で話す。

 だいぶ時間を潰した僕達は、ビリーさんの実家までの道を歩いていた。


「泡沫ノ夢デシタ……」


 無念そうにジャックが語る。

 ゾラさんは何か変化があったら知らせてくれと僕に頼み、その足で村を出ていった。

 成功とも失敗ともつかない結果だったが、ゾラさんは晴れ晴れとした表情だった。


「動けないんじゃ仕方ないね」

「……イエ、動ケナイノハ単純ニ力ガ足リナイノダト思イマス。帰ッタラ鍛エマスヨー!」


 そう言うと、ジャックは力こぶを作る仕草をした。


「筋肉無いけどねー」


 いつもの調子で喋りながら歩いていると、向こうから歩いてくる人達が見えてきた。

 先頭にいるのはビリーさんのようだ。


「よう、待たせたな」

「いえいえ。そちらはご両親ですか?」


 ビリーさんの後ろには、ビリーさんに体型がよく似たおじさんと、ビリーさんに顔がよく似たおばさんがいた。


「あんたが司祭さんか。若いのに偉いなあ!」

「うちのバカ息子がお世話になります、司祭さま」

「バカ息子はねーだろう?」

「十年以上帰って来ない息子がバカ息子でなくてなんだね!?」

「うっ、謝っただろ……」

「謝って済むか!バカ息子が!母さんに謝れ!」

「謝っても済まねーんだろうよぉ……」


 親子三人の口喧嘩をヴィヴィは困ったような笑顔で見ていた。


「上手くいったみたいだね?」


 ヴィヴィに近付き、こっそりと尋ねる。


「うん、まあ、見ての通りさ。ビリーはこっぴどく叱られたけどね。私はあっけないほど簡単に受け入れてもらったよ」


 ヴィヴィの返答は、肩の荷が下りたような、心から安心したような、そんな声色だった。


「良かったね」

「ああ、本当に良かった」

「良かった!」


 視線を下に向けると、ロジャーの満面の笑みがあった。


 ビリーさんのご両親を加え、レイロアへと『テレポート』した。

 まだ午前中なので式の時間までは余裕がある。とりあえずは、ヴィヴィの家で待機してもらうことにした。


「ほんとにレイロアだ!凄えなあ、母さん!」

「信じられないよ……便利な魔法があるもんだね」


 ビリーさんのご両親は、しきりに周囲を見回している。


「キョロキョロすんなよな、田舎者丸出しだ」


 ビリーさんが不機嫌そうに漏らすが。


「そりゃあ田舎者だからね!お前だって田舎の子だろうに!」

「そうだぞ!田舎者が田舎者に見えて何が悪い!母さんに謝れ!」

「やめろよ、人が見てるだろー?」


 家族漫談を楽しみながらヴィヴィの家に行くと、家ノ前には十人以上の集団がたむろしていた。


「狩猟組ニ裁縫組……えーりくサンモりおサンモ。モシヤ全員?」


 数えてみると、確かに計画に関わる全員がいた。


「帰ってきた!良かった~」


 ヒルヤがほっとした様子で迎えてくれた。


「ひと安心でござるな」

「いや、急がねえと。まだ安心出来ねえ」

「うむ、すぐに取りかかるべきだ」


 僕はみんなの意図をはかりかねた。


「まだ午前中だよ?何を急ぐのさ?」

「雨が降るニャ」


 リオが代表して答えてくれた。

 それを聞いたジャックが空を見上げる。


「確カニ雲ハ出テマスガ……降リマスカネエ?」


 ジャックの言う通り、雲こそあれど雨が降りそうな感じではない。


「ブリューエットの天気予報さね」


 ジルさんの言葉に、ブリューエットが進み出た。


「……草や花の精霊達が喜んでる。久しぶりの大雨だって」

「大雨デスカ!?」

「ああ、この時期は夕方前にどしゃっと降ることあるね」


 どしゃ降りだったら、さすがに雨天決行とはいかないので、黒猫堂2号店で式をやることになるだろう。


「式は景色のいい、約束の丘でやりたい所です」


 ヒルヤの言に、トールさんがうんうんと頷く。


「さて、どうする?便利屋」


 ラシードさんが判断を委ねてきた。


「ブリューエット。雨がいつ頃降るかわかる?」

「……夕方には絶対。昼過ぎには降り始めるかも」

「そうか……じゃあ出来るだけ早くやろう!裁縫組、ドレスどうなってる?」

「何とか間に合いました!」

「実際着てもらっての調整はさせとくれ」

「わかりました。キリル、料理は?」

「仕込みは済んでる。仕上げの直前までやりたいから、何人かよこしてくれ!」

「じゃあ、ミズとトリーネ」

「はいニャ!」

「試食、試食!ジュルリ」

「よし、では残り全員で約束の丘に式場設営!急ぐよ!」

「「「了解!」」」


 ヴィヴィが目を白黒させながら僕に聞いた。


「こんな大事(おおごと)になってるのかい?」

「んー、流れで?」

「流れって……」

「計画立案者、ロジャーの人徳によるものだね」


 そう言ってロジャーを見ると、彼は照れ臭そうに笑った。


「ロジャーは立派ニャ!」

「おう、一人前の男だわい」

「親孝行な子さね」


 口々に誉められるロジャーを見て、ヴィヴィは呟いた。


「まだまだ子供だと思ってたのに」

「子が育つのは早い?」

「うん……でも、まだ子供でいてくれていいのになあ」


 ヴィヴィは少しだけ寂しそうに笑った。



「ノエル、急いで!ハヤクハヤク!」

「はあ、はあ。ちょっと待って。これ走りにくいんだ」


 トリーネに急かされながら、約束の丘へと走る。

 空は曇天。

 ほんの二時間弱で空は隠れてしまった。

 今、身に付けているのは、エウリック司祭にお借りした祭服だ。サイズが大きいので、裾を持って走っている。

 やがて丘の頂上へと辿り着くと、エーリクの作った十字架が鎮座し、説教台が置かれていた。その前には長イスが並び、列席者達が期待に満ちた笑顔で雑談している。更にその周りには、野次馬達が何事かと興味深げに輪を作っていた。


「ふう、お待たせしました」

「フッ、似合わないな」


 ラシードさんが僕の格好を見て笑う。見回せば、ほとんどの列席者がニヤニヤと僕を見ていた。


「放っといてください。さて、揃ってるのかな?」

「ヴィヴィと裁縫組がまだだ」

「そうですか」


 僕はもう一度、空を見上げる。

 灰色の雲が太陽を隠し、薄暗くなっている。


「降らないといいけど」

「だな」


 登って来た方を見ると、ビリーさんが最後尾の長イスに座っていた。落ち着きなく脚を震わせては、何度も後ろを振り返っている。


「あっ、来たニャ!」


 リオの声に目を移すと、裁縫組がやって来たようだった。人垣から顔を出したヒルヤが両手で大きく丸を作る。

 僕が司会役のリオに目配せすると、リオは大きく息を吸い込んだ。


「これよりビリーとヴィヴィの結婚式を執り行いますニャ!ご列席の皆様はお静かに願いますニャ!」


 みんなバタバタと席に戻り、すぐに静かになった。


「皆様ご起立くださいニャ!新郎の入場ですニャ!」


 ビリーさんは跳ねるように立ち上がり、直立不動となる。リオが小さく手招きすると、ようやく歩き出した。


「ククッ、右手と右足が同時に出とるわい」

「エーリク、しっ」


 ビリーさんはガチガチに緊張したまま、僕の前までやって来て止まった。瞬きが異様に多い。


「続いて新婦の入場ですニャ!」


 同時に人垣や列席者から感嘆の声が上がった。

 人垣を割って、花嫁姿のヴィヴィが頬を赤らめながら入ってくる。手を繋いで一緒に歩くのはロジャーだ。

 花嫁衣装は白一色。

 だが、あちらこちらに様々な地模様が見てとれる。

 端切れの組み合わせであることを逆に生かして、印象的で美しく仕上がっていた。

 花嫁の背を見送る裁縫組の顔は、自信に満ち溢れていた。


「おめでとう、ヴィヴィ!」

「綺麗だよ!」


 祝福の声の中をヴィヴィは静々と歩き、ビリーの隣に並んだ。


「コホン、皆様ご着席ください。ロジャーはこっちにおいで」


 列席者が腰を降ろし、ロジャーは説教台の近くに立ってもらった。


 雲の隙間から少しだけ晴れ間が覗き、射し込む光がドレープのように揺らめく。


「ビリーさん、ヴィヴィさん。お二人は自らすすんで、この結婚を望まれていますか?」

「も、勿論だ!」

「はい、望んでいます」

「冒険者たるお二人には、危険や困難がつきまとうでしょう。いかなる逆境にあっても互いを愛し、尊敬し合う覚悟は持っていますか?」

「ああ、持っている!」

「はい、持っています」

「あなた方は、息子たるロジャーをまことの幸せに導くよう、育てますか?」

「おう、育てるとも!」

「はい、育てます」

「それでは……」


 僕がロジャーの方を向くと、彼は目をぱちくりさせた。


「ロジャー、この二人の結婚を認めますか?」


 ロジャーは、ビリーさんとヴィヴィの顔を交互に見て、大きく頷いた。


「うん、認めるよ!」

「よろしい。では、誓いの言葉を」

「っ!?何だ誓いの言葉って?」

「落ち着いて、ビリー。台の上にあるヤツ読めばいいんだよ……ビリー、あんた字は読めるよね?」

「よっ、読めるっつーの!」


 二人の会話に列席者から笑い声が漏れる。

 二人は、ばつが悪そうに誓いの言葉を読み始めた。


「わっ、私達は夫婦として」

「いついかなる時も」

「生涯、愛し合い」

「忠実を尽くすことを」

「「誓います!!」」


 途中までバラバラだったが、最後にはピタリと声が揃った。


「このふたりの結婚に異議のある者は今すぐ申し出なさい。つまりは私とロジャーにぶん殴られたい者は出てきなさい!」


 列席者はクスクス笑うが、異議を唱える者はいない。


「私は、お二人の結婚が成立したことを宣言します。誓いを交わしたお二人に、祝福を!ルーシー!」

「ほーい!」


 胸の十字架から白い煙が立ち上る。


「「我が願うは希望の橋!我が乞うは光の弧線!その煌めきをもって災いを払え!『セブンカラーズ』!」」



「おおっ!」

「すごーい!」

「……きれい」


 約束の丘の上に架かった幸せのサインは、新しい夫婦を静かに祝福していた。


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