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 馬車に揺られる事、1時間。

 ようやく目的地が見えてきた。


 馬車停留場の横には露店商が店を開き、食糧や薬品を販売していた。

 その後ろには直径が大人の歩幅で30歩くらいだろうか、大きな穴がぽっかりと口を開けていた。

 穴の縁から梯子が伸びている。


「梯子で降りるんですか……」


 ヒルヤは嫌そうだ。

 ノームの体型だと確かに辛いものがあるだろう。

 梯子まで辿り着くと穴の底が見える。


「えっ?思ってたより深いですね?」


 ウーリの言う通り結構な深さで、4階層位まで潜ってしまうんじゃないか?と、初めて訪れると不安に思うものだ。

 実際は迷宮の上の地層がそのくらいの厚さがある、というだけなんだが。


「では気を付けて降りましょう」

「お前が仕切るんじゃねーよ!」


 デューイが僕を押し退けて梯子を降ってゆく。

 それに続くように皆降りて行き、僕とジャックが殿で降りて行く。




 底まで降り、脚が地面を捉えるとやはりホッとする。

 ヒルヤなんか既に疲れきった表情だ。実際、疲労困憊なのだろう。

 奈落の底には横穴が空いていて、そこから迷宮へと侵入することになる。


 さて、どのルートならストーンゴーレムと楽に出会えるかな。

 荷物から市販の地図を取り出し思案する。

 皆の意見を聞こうと顔を上げると、デューイやミズはもう中へと入って行く所だった。他のメンバーも追従して行く。慌てて追いかけ、最後尾のヒルヤに問いかける。


「もしかして事前にルートを決めてきてた?」

「?」

「ほら、どんどん進んでるから」

「いえ、いつもこうですよ?迷った時に地図を見ればいいだけの事ですし」


 僕の不安メーターがまた上がった。




 迷宮内に入るとブリューエットが魔法を唱え、ほどなくして青白い球体が現れて周りを照らす。

 ウィル・オ・ウィスプだ。

 召喚された球体を先頭にミズが続き、次いでデューイ、ウーリ。その後ろをブリューエットと僕、という隊列なのだが……


「ちょっとヒルヤ?もう少し前に来よう」


 ヒルヤは僕とブリューエットの10歩くらい後ろを歩いている。


「でも……危ないですし」

「そこまで離れると逆に危ないよ。バックアタックされたら真っ先にやられるよ?」


 それを聞いたヒルヤは顔を青くしてトテトテと僕の側まで走ってきた。

 この子はちょっと臆病みたいだ。


 ミズは斥候役らしく先頭で耳をピクピクさせながら警戒している。

 地図もないのにルートは合ってる。不思議だ。ナーゴ族は勘が鋭いのか?

 しばらく歩いているとミズの尻尾がピン!と立った。


「お宝ニャ!臭いがするニャ!」


 と言うが早いかタタタッと走って行ってしまった。


「うお、危ないよ!」


 注意したものの既に走り去ってしまった。

 しかもデューイまで付いていった。


「慌てるなっていつも言ってるんですけどね」


 ウーリが申し訳なさそうに言ってくるが、君も危機感足りなくないか?ダンジョン内でパーティが離れ離れになる行為は最も避けるべき事の1つだ。ベテランパーティでも全滅の憂き目に遭いかねない。


「仕方無い。追おう」


 僕達4人とジャックは充分注意しながら、ゆっくりと追いかけた。

 角を曲がるとようやく2人の姿を発見した。

 2人の前には木製の宝箱があった。


「遅いニャ!」


 ……あまり小言は言うまいと思っていたけど、これはきちんと注意せねば。


「じゃ、開けるニャ」


 えっ?罠のチェックは?と言う前にダンジョンに大音響が響いた。


「アラームの罠だ!どこから敵が来るか分からない!皆、固まれ!」


 声を飛ばし注意を促す。と、後ろから悲鳴が聞こえた。


「ヒイッ!」


 殿にいたジャックがバックアタックを受けてしまった。敵は…………スケルトン5匹。

 ジャックはスケルトン達に囲まれている。

 僕は杖を片手に助けに向かう。


「ジャック、どこだジャァック!(笑)」

「荷物背負ッテル奴デスヨ!ワカッテテ言ッテルデショウ!?」


 後ろからデューイ、ウーリが武器を抜き参戦してくる。


「でやああっ!」

「どりゃっ!」


 2人とも危なげない戦いぶりだ。

 ただ、2人の得物は剣だ。スケルトンにはダメージが通りにくい。

 僕もスケルトンに有効なメイスを置いてきている。

 杖を振り抜きながら後ろを振り返る。

 ブリューエットは魔法を詠唱しているが、魔法が発動する気配がない。

 だが、これは仕方無い事だ。

 精霊魔法はそこにいる精霊に力を借りて魔法を顕現させる。つまり精霊の機嫌次第なのだ。

 ミズは弓を構えていたので手信号で止めさせる。

 剣よりも効きにくい弓を乱戦に向けて射つのは良くない。

 そして僕は残りの1人に声をかけた。


「ヒルヤ!ターンアンデッドだ」


 杖を抱えて所在なさげにしていたヒルヤは、ハッとした顔をした。これは実戦で使った事無いな。


「僕達が押さえるから、もう少し近付いて祈りに入って!」


 おずおずとだが、言われた通り近くまで来て祈りに入る。



 ターンアンデッドの祈りは赦しの祈りだ。

 霊魂の中に燻っている負の感情をその祈りで浄化する。

 自我の強く残る上位のアンデッドには効き辛いが、スケルトンくらいなら時間をかければヒルヤでも浄化できるだろう。


 だんだんとスケルトン達の反抗は弱まり、やがてデューイとウーリも手を休める。

 スケルトンの体からユラユラと霊魂が抜け出していく。


「アァ……オカアサン……」

「はっ!しまった!ジャック!祈り止めて止めて!」


 ジャックからも霊魂が抜けようと揺らめいていた。


「待て!逝くなジャック!ローン残ってるだろ!?」

「……ろーん?」

「そうだ、ローンだ!指輪買ってやったろ!?」

「嘘バッカリ!指輪代ハ完済シマシタヨ!」

「よし、大丈夫だな」

「……アレ?」


 ジャックもスケルトンに混じっていたのをすっかり忘れていた。いやあ、うっかりしてた。



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