09
以前のエティエンヌ・モランルーセル第二王子は、人徳もあり素晴らしい人物だった。
俺はこの先の未来、きっとルーナとエティエンヌが出会う未来があると信じているが、前世では素晴らしかった人物が今世でも絶賛できるくらいに良い人かは、分からない。
それで、早くからモランルーセル王国に人を送って、王子の人となりを探っていたのだ。
実際に調べた結果、やはり今世も次の王にふさわしい人物だと分かった。
そんな彼が第一王子との覇権争いで、状況が芳しくないそうなのである。
彼はこれからルーナの夫になる人物だ。もし、第一王子に王太子の座を奪われたなら、ルーナの嫁ぎ先である第二王子は無事でいられない。
エティエンヌ王子に援護をすべく、俺は行動に出た。
俺は調べあげた第二王子がいかに優秀であるかを証明する資料を携え、王宮の会議室に向かう。
既に頭の固そうな爺さんや、私利私欲に目が眩んだ狸な奴らが座っていた。
会議が始まる前から分かっていたことだが、バデウース第一王子に金を掴まされた狸が何名かいる。
隣国でもないモランルーセル国に、目の色変えて干渉しようとすること事態おかしいのだ。
とはいえ、俺も思惑があって狸たち同様に手も口も出す気は満々だ。
会議冒頭にランフランコ国王が、考えを述べる。
「我が国は他国のこと故、静観し騒動が落ち着いた頃、使者を送るのが良いと思うがどうだろうか?」
それでは、エティエンヌ王子が持たない。静観されては困るのだ。
そう思ったのは、狸も同じだった。
「陛下、静観などとんでもないことです。我が国はすぐにでもバデウース王子の支持を表明すべきです」
狸には負けられない。
俺も、すぐに意見を述べる。
「陛下に是非ご覧いただきたいものがございます。」
俺は、エティエンヌ王子が手腕を発揮した貿易に関する記録と経営能力の高さと、対してバデウース第一王子が仕出かした金遣いと揉め事の数々を箇条書きにしたものを見せた。
「騒動が起きれば、確実に我が国にも飛び火するでしょう。バデウース第一王子は、引っ掻き回して自分の後始末もできない男です。だが、エティエンヌ王子は非常に優秀である。彼がモランルーセル国を背負って立てば、平穏な国交が望めます。だが、バデウースのように金で人の心を操る奴は、いずれ我が国に災いをもたらすでしょう。既に、毒されて裏取引をしている輩もいるようです」
俺が目で合図すると、後ろに控えていた騎士が狸貴族を立たせる。
「あなたは、ルーナをバデウースに引き渡す約束を、多額の金とモランルーセルでの出世を条件に交わしていましたね。ルーナが望んだのなら仕方ないが、売るような真似は決して許さないぞ」
俺は証拠の契約書を陛下に見せた。
陛下がふーとため息をついて、今後の方針を述べる。
「我が国は、エティエンヌ王子支持し、その旨を近隣各国に表明する」
オルランド王国ができるのは、これくらいだが、少しでもエティエンヌ王子の力になればと思う。
俺がルーナの未来の夫の後押しを頑張っている頃、まさか俺のルーナに危機が迫っているとは思っていなかった。
俺は、ルーナの外出日にカファロ家の行動を把握していた。
いや、していたつもりだった。
身分大好きカファロ家が、侯爵家のお茶会に親子で招待されたのを知っていた。
そして、俺はその侯爵家にカファロ家が出席の返事までしていると確認済みだったのだ。
しかし、出席したのは義母のイレーヌだけで、義妹のオデットは急遽、当日に欠席したのだ。
俺は、大事な会議前に、オデットの姿が見えないと聞き、イライラしていた。
そして、オデットのドタキャンが発覚した時点での会議が始まったのだ。
急ぎ、警備計画の変更を指示する間もなく会議が始まってしまい、その後どうなったのか分からないままだった。
だが、俺は少し悠長に考えていた。
それは、高位の貴族に誘ってもらい当日ドタキャンなんて、重い病気でしか許されない。
つまり、オデットは病気だろうとかんがえた。
しかも、カファロ家につけた密偵からは、オデットは屋敷から出ていないと聞いている。
動けないなら、ルーナは安全だ。
そう思い込んでいた。
◇□ ◇□◇
ここからは、王宮の近衛騎士から受けた報告書を読んだものだ。
・・・・
ルーナと友人2人と護衛と言う名の
カファロ家にいた時は、「家族で出掛けしましょう」とイレーヌがわざわざ、ルーナの部屋にやってきては嫌みったらしく報告するのだ。
そして、ルーナを置いて出掛ける。
そんな些細な嫌がらせを含めると、1日のうちで気が休まるような時間など、ルーナには無い。
しかし、レンドル学園に入ってからは、毎日が楽しくてカファロ家の事などすっかり忘れていた。
ルーナの仲良くなった友人は、おっとりしたタイプの、パジーニ伯爵令嬢のアダルジーザ嬢と、サッコ子爵令嬢のカルメン嬢である。
カルメンは商売を手広くやっているだけあって、姉御肌だ。
そして、護衛騎士のベアトリクスだ。
アレクシスがルーナにつけている護衛騎士も着かず離れずの距離で見守っている。
ルーナはどのお店も初めてで、見るもの全て珍しく喜んでいた。
友人達は、その喜ぶ姿が嬉しくて、どんどんとお店を駆け回った。
「私、お菓子ばかりが売っているお店があるなんて、知りませんでした。店の中のどこにいても甘い匂いがするのね。どれも美味しそうで選ぶのが辛かったです」
「まあ、ルーナ様ったら。またいつでも遊びに来れますよー」とアダルジーザが言えば、カルメンが立てた人差し指を横に『チッチッチ』と揺らす。
「アダルジーザ様、きっとアレクシス殿下の事だもの、ルーナ様が『ここのお菓子、美味しかったわ』って言えば店ごと買い取ってくれますわ」
その発言に顔を真っ赤にするルーナ。
「アレクシス殿下はお優しいですが、お店ごと買い取るようなことは・・・」
しませんと言えないルーナ。
自分に甘いアレクシスなら、買うかもしれないと思ったのだ。
「いいなー・・。婚約者を一筋に愛してくれるなんて。あっ、ここのお店を予約しているの。すごーく人気のケーキ屋なの。絶対にルーナ様に食べて欲しくて」
壁がピンクに塗られた木造の可愛い外観のお店に、カルメンが入っていく。
ルーナとアダルジーザも続いて入ると、店内には多くの女性がいてバイキング形式でケーキを求め歩いていた。
店内1階はバイキング形式でケーキを食べ放題。
カルメンが予約していた個室は2階にあった。
木の枠の出窓には小さな鉢に寄せ植えされた花が植えられている。テーブルは小花の刺繍入りのクロスが掛けられて、何もかも可愛いかった。
そして、店員がトレイ一杯に小さなケーキを運んできた。
「どうぞ、ご自由にお好きなケーキをお選び下さい」
トレイに乗ったケーキは、色とりどりで、ルーナは目移りして決められない。
そんなルーナにアダルジーザは笑いながら、「お腹一杯になるまでいくらでも食べていいのよ。トレイに乗っているケーキ、全部食べてもいいんだから」
とウィンク。
「それじゃあ、私はこれとこれと、・・それと・・これを頂いてもいいかしら?」
「はい、分かりました」
と、店員がすぐにケーキを次々にルーナのお皿の上に置いていく。
すると店員が、
「もし良ければ個室から出て、バイキング形式の一階で選んでいただいてもいいですよ」
そう言った。
「まあ・・。では、後から選びにいきます」
ルーナは嬉しそうに、先ずは目の前のお皿に置かれた美しいケーキ達を見つめた。
イチゴやブルーベリがたっぷり乗ったフルーツタルト、何層にもなったミルクレープ、ガトーショコラの上に熊のクッキーが乗っていたり・・・。
眺めているだけでも楽しかったが、一口食べると、あっという間に無くなっていまう。
寂しそうな表情を見兼ねたアダルジーザがルーナに、「私と一緒にケーキバイキングがある一階に行きませんか」と誘った。
ルーナは幼児のように頷き、アダルジーザについて行く。
この時、護衛していたベアトリクスが
さらに、もう一人の女性の護衛は店内に入ろうとしていた不審者を取り抑えていた真っ最中。
1階も沢山のケーキが並んでいて、ルーナは迷いに迷う。
決められないルーナの変わりに、アダルジーザが、スタッフに5つほどケーキを指し、それを運ぶように指示した。
2階の個室の部屋に戻る途中、急にドアが開き、そこから屋敷にいるはずのオデットが出てきてルーナと鉢合わせになってしまった。
オデットは少し驚いたが、すぐに獲物を見つけた獰猛な猛獣の顔に。
ルーナが固まっている隙に、演技を始めた。
「まああ!! お姉さま? 久しぶりですわ。私・・お姉さまが学園から一度も帰っていらっしゃらなくて本当に寂しかったの? 何度もお手紙を書いたのに、全くお返事も頂けなくて・・・寂しかったわ」
目頭をそっと押さえる演技は、流石だった。
ルーナは手紙など一度だってもらっていない。
「私・・手紙は・・」
だが、ルーナの言葉はオデットの後ろに立っていた男性にあっさりと遮られた。
「オデットが可哀想ではないか。ルーナ嬢、せめてオデットに10回のうち1回は返事を書いてやってくれないだろうか?」
冷たい視線と言葉に棘を含んだ低い声に、ルーナはますます声がでない。
その男はサルト侯爵の三男のデジデルト。この男、顔は狐のような顔に弱い者苛めが大好きという、姑息な男。
言い返さないルーナにますます声を大きくする。
「あなたはこれ程までに思ってくれる妹に、冷たい仕打ちをして平気なのですか? オデットはあなたのような姉でも慕っているのですよ?」
「でも、私は一通も・・」
隣にいるアダルジーザに悪く思われたくない。
しかし、オデットがアダルジーザの手を取って自分の個室に入れようとする。
「お姉さまのお友だちなの? 私、大好きなお姉さまの学園での話を聞きたいの。もし良かったら今聞かせて欲しいわ」
「ああ、そうだね。可愛いオデットのために聞かせてやってくれないかい?」
この状況に、店の外での警護にあたっていた護衛の騎士は知るよしもない。
アダルジーザはオデットとデジデルトの個室に入っていってしまった。
遅くなってすみません。