08 婚約者に厄介な護衛騎士がつきました(2)
早速学園内で、ルーナの隣に騎士姿のベアトリクスが立っている。
腰まである長い黒髪を後ろで一つに結い、すらりとした体躯に細身のスラックスが良く似合う。そして腰には件を帯刀している。
女生徒の中には女と知りながらも、目をハートにしている者も多くいるのだから驚きだ。
しかし、こんな厄介な女生徒、前世で見ただろうか?
俺は記憶をほじくりまわしたが、ベアトリクスに関する記憶は全くない。
それもその筈、前世ではカローラは学園の敷地横にある魔法薬学科に、
カローラが小さい頃は、多くの人が病気になり、しかも薬が間に合わず重傷化するケースが多かった。
それで、彼女も小さい時はレンドル学園卒業後に医療学校に入学し、魔法薬学科で勉強をして多くの人を助けようと心に決めていたのだ。
しかし、ある時から病気をする人が減り、薬も病人に行き届くようになったのを知り、侯爵令嬢としての務め(結婚)を果たそうと考え出したそうだ。
「お姉さまがレンドル学園の敷地にいるなら、毎日でもお顔を拝みに行こうと思っていたのに、私の楽しみがなくなったの・・・と思っていたら、お姉さまに匹敵する美しい女性が現れた。これは正に・・・運命!」
ベアトリクスがクルッと回り、ルーナの手を取る。
それは、俺のための手だ!!と言いたいが・・言いたいが・・言いたいが我慢する。
実際にはルーナの手を取るのは、俺ではないのだから・・・。
どうやら、ルーナの健康状態が心身共に元気になったことで、聖女の力を発揮しているようだ。
そして、それが国の病を減らしている。
その結果が・・
ここ最近ルーナにベッタリのベアトリクスが、どういう訳か俺の学園内の部屋にいる。
「座っていい」とは言っていないが、既に背もたれに体重をかけて、女の癖に大きく足組みをして、なぜか俺を面倒臭そうに見ている。
いや、見下した態度で、見ているというのが正解か。
「用事があるから、ここに来たのだろう? それなのに、その態度は何だ?」
トーニオも、この女になど出さなくてもいい紅茶を出している。
「ああ、やはり王族の紅茶は美味しいな」
俺の問いに答えず、トーニオには笑顔を交わした。
その顔だけ見ていると凛とした美しい女性なのだが、俺に向ける顔は、もはや般若だ。
「そこのむっつり王子様に聞きたいのだが、ルーナ様が外出するには、嫉妬深く心の狭い王子の許可をとらないといけない、とルーナ様が仰っていたが、今いる護衛の他、私も護衛に付くのに、さらに報告が必要なのか?」
誰がむっつりだ。
色々とムカつくが、これを訂正していては、話が進まん。
「ベアトリクス嬢の様子を見て、ルーナの事に関しては信頼できると思ったから話すが、他言無用で」
俺がじっと顔を見ると、珍しくベアトリクスが、背凭れから体を起こし、真面目な顔で「分かっている」と言った。
「実は、ルーナの家族は幼い頃からルーナを虐待している」
「はあ? なんだって? 聖女と判明した時から、親から期待され大事にされるはずだろう?」
まあ、普通の家庭ならな・・。
怒るベアトリクスを宥めて話を続ける。
「食事はまともに与えず、人前で罵り、オデットの罪はルーナに転換され罰を与え、ルーナの手柄はオデットが横取りしてオデットが称賛されてきた。だから、未だに彼女はあの家族と接すると、恐怖で支配されかねないのだ。それ故にカファロ家とは距離を置いて、心穏やかに暮らしている。そうしてやっと今、少しづつあの家族から解放されて来ている。だから、外出先でうっかりでもあの家族に会うことは避けたい。それに、来年には嫌でも義妹のオデットが入学してくる。それまでには、強くなっていて欲しいのだ」
「ふーふーふーふー」
ベアトリクスは顔を真っ赤にさせて、怒りで呼吸が上手くできないようだ。
「なるほど、分かったわ。美少女を虐待など、もっての他。外出時はアレクシス王子殿下に前もって連絡を入れる。それにしても、迂闊だったわ。ルーナ様がいらっしゃる学生寮ばかりを調査範囲としていたわ。こうしてはいられない、私の屋敷の諜報部員を投入しよう」
ああ、その諜報部員を使って度を越えるプライバシーの侵害と思われる情報を集めていたのか。
あれ?
今普通に俺の名前を呼んだように思ったが、空耳か?
「美しいルーナ嬢の婚約者がアレクシス王子だと、全て認めたわけではないが、それなりに見直した。少しは認めてやってもいい」
ベアトリクスに認めてもらわなくても、国王に認めてもらっているのだが・・。
どうしてそう、上から目線で話せるのだ? 首を傾げていると、ベアトリクスが手を差し出してきた。
これは握手か?
まあ、変わった女だが、嫌な奴ではない。
俺は素直に握手に応じた。
グッと力を入れて痛いほど握られる。
「ふっっ。まだまだ剣の腕前は私の方が上だ。じゃあ、せいぜい剣の鍛練を怠るなよ」
立ち上がると、颯爽と部屋から出ていった。
くっそー。
負けた気分だ。
あの女は剣だけで、おつむの方はさっぱりなんじゃないのか?
「トーニオ、あの女の試験の結果を知っているか?」
「大丈夫ですよ。アレクシス殿下は一位です。負けてませんよ。確か、ベアトリクス嬢は、五位だったような・・」
所詮五位か。俺は優越感に浸った。
そこでいい気分にさせておいてくれないのがトーニオの悪いところだ。
「ですが、剣術はベアトリクス嬢が一位で、殿下が六位・・負けてますね・・・。」
敗北感が凄い。
その夜ベアトリクスにルーナを取られた夢を見た。
『むっつり王子、残念だったな。ルーナ嬢は、私を選んだよ』
『ごめんなさい、殿下。私、強い人がいいの』
そそそそんなぁぁぁぁぁー、るーなあああ。
そんな夢で目を覚ました俺。
日も明けやらぬ内から、剣を持って素振りをしている。
ベアトリクスは、ルーナの友人達にもとても評判がいい。
女性だという事を忘れてしまうほど、スマートなレディーファーストがウケている。
あれで、本当に男なら地上の女性は、全てあいつに着いていってしまうのではないか?
俺だって前世ではそれなりにモテたが、ベアトリクスには敵わない気がしている。
ある日、ルーナが次の休みの日に、友人達に遊びに行かないかと誘われたと言ってきた。
「私が街に行くと、護衛の皆さんにご迷惑がかかると知っています。でも・・・どうしても街でお友達とお買い物がしたいのです。お願いします。行かせて下さい」
こんなにも必死で自分のしたい事を言って来るなんて今までなかった。
そのルーナがこれほど頼むのは、よほど行きたいのだろう。
「護衛の件は気にしないでくれ。ルーナは自由に遊んで来て欲しい。それと、女性しか入れないお店に入る事が出きるように、女性の護衛騎士も付けるけど、いいね?」
「それは結構よ。私がいるもの」
やはり、口を挟んできたベアトリクスに、俺は、『ダメだ』と拒否。
「ルーナに対しては、女性の護衛は最低でも2人付ける」
「なんでよ。私は強いのよ」
ベアトリクスが食い下がる。
「いいか、ルーナは聖女だ。他国からも狙われている。それにカファロ家の奴らに遭遇しないようにとなれば、ベアトリクス嬢一人では無理だ。それと、ルーナに予め行きたい店を聞いて警備計画書も作っておく。ベアトリクス、君にも共有しておきたいので、出来上がったら渡そう」
自分の剣術の腕前を過信しているのか、ベアトリクスはむくれていたが、これだけは退けない。
数日後、俺の渡した警備計画書を、目を皿のように見つめるベアトリクス。
「私は狭量王子の事を誤解していたかも知れない。この計画書を見て確信した」
急に褒められても、全く嬉しくない。
「俺は急遽、王宮にもどらなければならない。明日の外出を是非楽しいものにしてくれ」
俺が側にいれば友人達も、ルーナも心からは楽しめないだろう。
それに、モランルーセル王国の第一王子と第二王子の派閥争いが始まり、明日、我が国でどちらを支援するのか話し合うのだ。
俺はこの会議で、間違いなく第二王子を支援する方に誘導しなければならない。
我が国一丸となってエティエンヌ王子を守りにかかるのだ。これが俺の恩返しの一つなのだから、この会議でコケるわけにはいかない。
だから、明日はどちらにしてもルーナの傍にいてやれないのだ。
「分かりました。必ずルーナ様をお守りします」
神妙な表情でベアトリクスが頷いた。
明日、投稿をお休みします。
ごめんなさい。