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07 婚約者に厄介な護衛騎士がつきました(1)


ルーナの新しい制服が出来たので、俺はルーナと一緒にカローラ・デ・バッケル侯爵令嬢に、借りていた制服を返しに行くのと、学園生活について話を聞かせてもらうことにした。


バッケル家に着くと、すぐにカローラ嬢が自ら出迎えてくれる。

クリーム色の美しい髪を肩でカールさせた、物腰の柔らかい上品で美しい女性だ。

知り合いが、学園にビーナスがいると騒いでいたが、彼女の事だった。

優雅で洗練された動きは、前世でも今世でも変わらない。


だが今日は、少し様子がおかしい。

カローラ嬢が焦っているというか、困惑しているというか、とにかくいつもと違う。

応接室に通され座ったが、お茶も出ない。しかも、出迎えてくれたカローラがソファーにも座らず応対を続ける。

「せっかく、アレクシス王子殿下とルーナ様に来て頂いたのですから、ゆっくりとお話をしたかったのですが・・・。今日は非常に残念なことが起こりまして・・・。このまま、お引き留めすると殿下にご迷惑がかかりそうなので・・・申し訳ございませんが・・」

と、かなり戸惑っていて、すぐにでも屋敷から出て行って欲しいようだ。


俺たちは、突然押し掛けたわけではない。前々からここに訪問する日を申し込み、了承も得ていたのだが、どうしたのだろう?


カローラらしからぬ対応に、俺も困惑したが、これほどまでに言うのなら、帰らざるをえない。


「そうか、分かった。今日はこの制服を返しに・・・」

「お前かぁぁぁぁぁ!! このド変態がぁぁぁぁぁ!!!!」


俺の言葉を遮る声と共に、一瞬で制服を黒い固まりに奪われた。


黒い固まりの正体は、黒髪の女だったから驚きだ。

しかもその黒髪の女は、奪った制服をスーハースーハーと匂いを嗅いでいる。

何なんだ?

こいつは誰だ?


俺の頭が『?』で覆い尽くされた頃、そいつが涙目で俺を睨みつけた。


「お姉さまの匂いが・・・匂いがなくなっている・・・さてはお前・・、お姉さまの匂いを嗅ぎつくしたしたんだな? 私だけのお姉さまなのに・・・」


「な、何を言っているのだ? 匂い?」

話が全く分からない。

俺は、どうしてこいつに睨まれているのだ?


「なるほど・・。匂いがなくなったから、もう一度匂いを付けようとお姉さまに会いに来たって訳か・・」

黒髪女は瞳孔を開きっぱなしの危ない視線で、俺を注視したままぶつぶつと分からないことを言っている。


だから、言っていることが全く理解できないのだが?


「いい加減になさい、ベアトリクス!!」

いつも優雅なカローラが、大きな声でベアトリクスと呼んだ黒髪女を叱った。


あれ程、おかしかった女が、カローラに怒られた途端に、シュンと大人しくなった。

「だって・・・だってぇお姉さまの・・」

「アレクシス王子殿下、ルーナ様。大変失礼しました。これは私の妹でベアトリクス・デ・バッケルです。妹の無礼をお許し下さい」

カローラは頭を下げると、次にベアトリクスに向きあう。


「良く聞きなさい、ベアトリクス。ここにいらっしゃるのは、アレクシス王子殿下とそのご婚約者のルーナ・カファロ伯爵令嬢です。今日はわざわざ我が家に、制服を返しに来られたのに・・・、あなたったら」


「お姉さまの服を、王子が着ていたのか!!?」

「そんな、趣味はない!!」

ベアトリクスの台詞にすぐに俺は反論した。


「あの・・私の制服が入学に間に合わず、カローラ様の制服を私がお借りしていたのです。あなたにとって大切な制服だったのに・・・ごめんなさい」

ルーナがベアトリクスに深々と頭を下げる。

こんな可笑しな女に頭を下げなくてもいいのにと俺は思ったが、ルーナは共感力が人一倍高いから、きっとベアトリクスの思考の『匂い』を『思い出』に変換して彼女に寄り添ったのだろう。


「・・・・あ、あなた、ルーナと言ったのよね・・・」


立ち上がったベアトリクスの背丈は、175センチほどあり、女にしては高身長だ。

その女が立ったまま、ルーナの顔を見詰め続けた時間はたっぷり1分はあったかように思う。

その異様な目力に、俺も割って入ることが出来なかった。


我に返ったベアトリクスの顔が、どんどんと輝きだし、腰を曲げてルーナを覗き込んだ。

「ルーナ様って可憐だわ。お姉さまの美しさと可愛さの比率を9対1として、あなたの比率は美しさ8、かわゆさ2ってところかしら・・・。

お姉さまと良い勝負だわ」


うっとりとルーナの顔に魅入っている。そして、悶え出した。

「あー!! なんて神々しいかわゆさ!! これほどまでの逸材、私が見逃していたなんて、自分の情報網がいかに脆弱だったかを痛感させられたわ!! これまで以上に徹底して調べ尽くさねば!!」


俺は、カローラが追い返そうとしているうちに、なぜもっと早くこの屋敷を出なかったのかと、猛烈に後悔し始めていた。


「あなた、今年入学したのよね。では1年生よね?」

「はい、そうです」

「俺も今年入学して、」

「殿下の事は聞いていないわ」


俺の話をこれほどまでにスパッと切り捨てた女がいただろうか?

いや、いない。それだけに、俺は怯んでしまった。


その間にベアトリクスはルーナに迫っている。


「殿下のことより、私は現在、騎士を習得する単位も受けているの。今度、護衛対象を決めて一週間守る訓練をするのだけれど、あなたを護衛対象に指名してもいいかしら?」


「ダ、ダメだ!! お前のような変な奴が護衛になんて、何が起こるか分からない」

俺の危機管理能力センサーが、全力でダメだと訴えている。


「・・・ふーん。王子さまって束縛系なのね? でも、王子の許可は要らないのよ。ねえ、ルーナ様は私の単位のために一週間くらい護衛についても構わないでしょ? それとも、いずれ王太子になる狭量王子があなたの自身で決める小さな事まで、『俺を通せ』って感じの奴なの? ああ、そんな奴の婚約者が嫌なら私に言って頂戴。いつでもあなたを救ってあげるわ」


「違う、そんな事はない!!」

俺はルーナの意見を尊重しているはずだ。


ルーナはどうしようか決めかねているようで、俺をチラッと見てくる。

ベアトリクスが困っているので、一週間ぐらいなんとか手助けしたいのだろう。


「ふー・・。ルーナが決めていいよ。学園内の事やルーナのしたいことがあれば、ルーナが決めてくれ。ただし、外出時は俺に相談をしてくれ。外でいつアイツら(オデット)と会うか分からないからな」


「はい、ありがとうございます。では、ベアトリクス様、一週間の護衛よろしくお願いします」


その返事に、ベアトリクスはまるで騎士のように、ルーナの前に跪き、頭を垂れる。その時黒髪がさらさらと肩から流れ落ち、本当に騎士が姫に誓いを立てているように見えた。


ベアトリクスは女性だが、何故か男としても負けている気がして、肩身が狭い。

まあ、これほど惚れ込んでくれているならば、しっかりと守ってくれるだろう。


ベアトリクスが立ち上がった時に、彼女の懐から、ぱさっと一冊の冊子が落ちた。

俺は何気にその表紙を見ると、『美少女図鑑』と書かれていて、中には家族でも知りえないような情報が網羅されていた。


『やはり、このベアトリクスを護衛に選んだのは間違いだったんでは?』と一気に不安になる。


「お前の美少女への執着は凄いが、ルーナにはやめてくれ」

先に忠告してみたが、もっとトンデモない事実が判明した。


「はあ? 美少女専門ですって? 私を見くびらないで!!ほら、こちらは『美女専門』、んでこっちが『美魔女専門』の冊子よ」

誇らしげに見せる冊子には、老いも若きも美しい女性の一覧が載っている。

しかも、どれも王家の諜報部員も真っ青な内容だ。プライバシーの侵害など、ベアトリクスには関係のないのがよくわかった。


このベアトリクスという女からは、恐ろしい粘着物質を感じる。


「やはりさっきの護衛の話はなかったことにしてくれ。俺の婚約者に、今後3メートル以内に近付くな! いや、10メートルだ」


「あら、残念ね。もう既に護衛に関する契約書にルーナ様のサインを頂いちゃった」

てへっぺろって可愛くもない舌だし笑顔を見せられて、俺の顔は凍りついた。


「ごめんなさい。先ほど、アレクシス殿下の許可を頂いたと思って、サインをしてしまいました」


ルーナが申し訳なさそうに、サインした用紙を俺に見せる。

くうう。

その顔も可愛いいいい。


だがその横の、黒髪女のどや顔が腹立つううううう。


「殿下、私の妹が本当にすみません。学園内で起こったことには、私は責任を持てませんが、頑張って下さい」

カローラ嬢が申し訳なさそうな顔をしながらも、俺を見放してしまった。

妹なんだから、ちゃんと手綱を握ってて欲しかった。

野放しにするなよーー!!


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