05 ルーナの独り言
ルーナは王宮での出来事を思い出しながら、再び冷めた薄いスープを目の前にして涙が溢れる。
カファロ家のこの仕打ちに、もう慣れっこになっていたのに・・。
しかし、夢のような暖かい待遇を受けた後では、いつも以上に堪えた。
辛い時はいつもアレクシスの顔を思い出すようにしている。
今日も、初めて会った時からの事を思い出して過酷な状況を忘れようとしていた。
カファロ家でパティーを開くと、オデットには豪華なドレスを用意する義母。しかし、ルーナには着古した煤汚れた白い大きめのドレスを着るように言いつける。
そしてパーティーが始まると、ルーナは何もしていないのに、オデットが泣き出し『おねえさまがー』と泣き出すと、父も母も、そして招待客までもがルーナを目の敵にして、『なんて酷いご令嬢だ』と罵るのだ。
誰もルーナの言い分を聞いてくれる人はいなかった。
そして、悪くもないのに最後はオデットに『謝罪』をしなければならないのだった。
この仕打ちも慣れっこになっていたのだが、ある日を境にもっと酷くなった。
ある日、ルーナが洗礼を受けていない事に気がついた聖教会から連絡があり、行った先の聖教会の扉を潜った途端、ルーナの体が光を放った。
そして、ルーナに『聖女』のスキルがあると宣言されたのである。
これには、義母が何度もやり直しを要求。きっとルーナにそのようなスキルがあることを、認めたくなかったのだろう。
それに、『聖女』のスキル持ちは王子の婚約者候補に上がることを知っていたからだ。
すぐに、それは王宮にも報告された。その為、ルーナの命は救われたが、誰にも預かり知らぬところで判明していたならば、きっとイレーヌはルーナを殺害していただろう。
これ以降、カファロ家のルーナに対する行動に拍車がかかることになる。
ある程度の年齢になると、婚約者同士の顔合わせがあるものだが、どうしたことか、ルーナとアレクシス王子との顔合わせは全く行われなかった。
イレーヌ達には、それが面白いようで常々の苛め常套句になったのだ。
『あ~ら、今年も婚約者である王子様からのお顔合わせの打診すらなかったわ』
『まあ、オデットったら。王子様もルーナが婚約者で迷惑されているのよ』
当初、二人は嬉しそうに嗤い合っていたが、流石にこの苛めにも飽きていたところに、顔合わせの話がカファロ家に届いた。
イレーヌとオデットが狂喜乱舞していたのは知っていた。
きっとパーティのようないつもの流れがあって、王子様はオデットを選び、自分は独りぼっち。
「だったら始めから婚約を破棄してほしいな」
ルーナの望みは、穏便に王子様と別れることだった。
そして、初めてのアレクシス王子殿下との顔合わせ。
ルーナは、いつもよりもさらにボロボロの服を着せられて、反対にオデットは朝からお風呂で磨き上げられていた。
王子様が来たら、目立たぬように気を付けよう。
ルーナは義母であるイレーヌが激しく睨んでくるのが分かっていたから、いつも以上に気が休まらなかった。
「悪者にされる前に逃げたいな」
ルーナはため息と一緒に言葉がこぼれる。
『アレクシス王子殿下がご到着』
使用人の声が聞こえ、ルーナは身を引き締めた。
颯爽と現れたアレクシス王子は、本当に絵本の中の王子様だった。
いや、それ以上に綺麗だった。
きっと自分の容姿にがっかりされると思っていたが、王子様はルーナにも優しく接してくれた。
しかし、王子を見つけたオデットが走り寄る。
きっとこの王子様も、自分のことなど忘れたように、自分の前を通り過ぎオデットに声を掛けるのだろうと思っていた。
が、アレクシス王子は真っ直ぐに見たまま動かない。
何故オデットではなく自分の傍にいるのかと、戸惑いを隠せないでいると、顔に穴が開くのでは思うほど見つめられて、ルーナの体が固まってしまう。
早く逃げないと怒った義母に何をされるかわからない。
義母の握り拳がぐぐぐと音を立てる程に力が込められているのが、安易に想像できる。
更に、王子が全くオデットを相手にしていない。
その為に、オデットが積極的に王子の腕に、自分の腕を絡ませた。
いつもなら、可愛いオデットに誰もがデレデレになるのだが、王子はオデットを振り払ってルーナのとこに来てくれたのだ。
(私ったらあの時、初めての事で嬉しくて泣いちゃったのよね。そしたら、アレクシス王子殿下が慌ててしまって・・・。)
綺麗な顔の王子様が、狼狽える様子を思い出し、幸せな気分になった。
ルーナが泣いていても誰も気にも掛けない。だが、王子様はあたふたと本当に困った顔をしてくれたのだ。
(何度オデットが突撃してきても、アレクシス王子殿下は私を優先してくれた。それが嬉しくて・・・。私ったらとても優越感に浸っているわ・・・。とても意地悪になってしまったのかしら)
一人反省するも、自分を誰よりも優先してくれて、お姫様のように扱ってくれる姿を思い出し、再び口許が緩んだ。
冷たいスープにも平気だ。
再び思い出す。
いつもパーティーがあるとクッキーを焼かされる。
だが、お客様に渡すのは自分の役目ではない。
オデットが焼いたものとして、義母が自慢げに招待客に配るのだ。
しかも、少しでも味が変わったり、形が変だと何度もやり直しをさせられた。
そうなると、クッキーを作るのは恐怖でしかない。
だが、あの時はいつも優しくしてくれるアレクシス王子に、お礼として王子様に渡したかった。
だから、誰にも見つからないようにとても早起きしてクッキーを焼いたのだが、匂いは残る。
料理長が甘い匂いがするとイレーヌに報告し、すぐに見つかってしまった。
いつもなら、反抗せずに渡すのだが、ルーナは必死に抵抗した。
その結果、頬を思いきり打たれ、倒れてしまう。その隙に、オデットがルーナからクッキーを奪った。
「返して! それはアレクシス殿下にお渡しするの」
「大丈夫よ。ちゃんとオデットが作ったと言って、アレクシス様にお渡しするわ」
イレーヌは攻撃的な笑みを向けて「ねえ、オデット」と今度はその攻撃のパスをオデットに渡す。
「ええ、パティーに来てくださった方は、とても喜んでくれるわ。誰もあんたが作ったなんて知らないでしょ。今回、殿下もきっと私に『美味しい』って微笑んで下さるわ」
意地悪い二人が双璧をなせば、ルーナはただ黙って俯くしかなかった。
でも、その日、奇跡が起きたのだ。
今日も美しく着飾ったオデットを見向きもせず、王子はルーナの頬の傷を気に掛けた。
義母達に有無を言わせずに、馬車まで運んでくれたのだ。
(・・・あの時、アレクシス殿下が私をお姫様抱っこして運んで下さったのよね・・・。きゃー、私、重くなかったかしら)
ここは思い出すだけで、何度も顔から火が吹き出るように熱くなる。
(ダ、ダメだわ。あの場面を思い出すと、心臓が持たないわ・・。ここは、あまり思い出さないようにしないといけないわよね。でないと床でごろごろしちゃいそうだもの)
そして、オデットが自分で作ったと言っていたのに、クッキーはルーナが作ったのだろう?と言ってくれた事へ思いを馳せた。
(着飾ったオデットは本当に綺麗だった。でもアレクシス王子殿下は私の頬を見て心配をしてくれた。私を一番に見てくれた。それに、クッキーを私が作ったと分かってくれたのよ。どうして?殿下はどうして私が夢見てきたことを叶えてくれるの?王子様は本当は天使様なの?)
美しい王子がクッキーを美味しそうに口へと何枚も運ぶ。そして、自分に『美味しい』と言ってくれたのだ。
しかも、うっかり差し出したクッキーをそのまま直に王子の口に・・
(私が食べさせてしまったみたいになって・・・)
(・・・きゃー!!! 感情が爆発しちゃう。私ってばいつの間にこんなに沢山の幸せをアレクシス殿下から頂いていたのかしら? まだ夢を見ててもいいの? もし、この幸せに終わりがあるのなら、もうこれ以上、素敵な夢は見せないで。終わりが来た時に、私は・・・・)
ルーナの心臓が潰れそうに縮んだ。
苦しい・・・。
幸せなのに・・・辛い・・。
彼女はもう一度、アレクシスの笑顔を思い出しながら、冷たいスープを飲み込んだ。