34 番外編 ベアトリクスの趣味嗜好と実益が一致した件(1)
ベアトリクスとエティエンヌの恋に興味を持って頂いたので、番外編として追加します。良ければ二人の恋も読んでいって下さい。
たぶん、3~4話予定です。
なぜベアトリクスと、エティエンヌが結婚に至ったのかを、説明しよう。
オデットによる偽聖女事件の後、暫く世間が落ち着くまで時間が掛かったが、凄まじいルーナの聖女の力を見せつけられては、ルーナが俺の婚約者というのは不動のものになった。
今まで、少し引っ込み思案的なルーナだったが、常に背筋を伸ばしどこの国の貴族令嬢が来ても、俺の隣を譲ることはない強さを持った。
ルーナを守っているベアトリクスには、それが悩ましくも嬉しいようで、今日も煩い。
俺の執務室にエティエンヌ、トーニオはいいとして、ソファーにふんぞり返るベアトリクス。
「あー!! 儚げだったルーナ様も良かったが、凛としたルーナ様も・・いい!! でもでも儚げなのももう一度味わいたい!!」
今日も絶好調だな、ベアトリクス・・・。
「ベアトリクス嬢、昨日、俺はルーナと街歩きデートだったのだ。それをおまえがずーーーっとルーナの隣をキープするから、デートにならなかっただろうが!!」
うきうきデートを邪魔されぶちギレる。
「なんと、心の狭い男なの!! そう、思いませんか?エティエンヌ殿下?」
大好きなベアトリクスに言われ、つい頷きそうになったエティエンヌ。
だが、自分に置き換えて考えてみた結果、返事は曖昧になる。
そりゃそうだろう。大好きなベアトリクスの隣に俺が居座ってたら、堪ったものじゃないはずだ!
「いや、もし・・私も大好きな女性とデートをしていたら、二人きりで歩きたい・・と思う・・」
『大好きな女性』と言ったところで、エティエンヌはチラリとベアトリクスを見たが、自分に賛成しないエティエンヌを、半眼で見るベアトリクスが怖くて、目を逸らした。
「ふんっ! 意見の相違は仕方ない。私の考えをご理解頂けないのは残念だわ。だが、以前した約束は守って頂きますわよ、エティエンヌ殿下!!」
以前の約束とは・・。
エティエンヌがベアトリクスに言った言葉だ。
エティエンヌが忘れるはずがない。
なぜなら、モランルーセル王国の湖の汚染事件の解決後、必死でベアトリクスに言ったプロポーズの言葉なのだから。
『私は貴女のやりたい事は、全て叶えたいし応援する。だからこのモランルーセルに来てくれないか』
更に続けて・・。
『そして、この後この言葉を受け取ってくれるならば、明日の街歩きに可愛い服で一緒に歩いて欲しい』と頼んだらしい。
ドキドキして待っていれば、次の日ベアトリクスはスカートをはいて現れた。
エティエンヌの喜びは爆上がりで天上の天使に投げキッス出来るほどだったが・・。
その後、スカートに恋愛的意味はなく、プロポーズの言葉は伝わっていないと俺が教えた結果、地獄の鬼と針の山を登山に行ったくらい心がズタズタになった・・と聞く。
当時を思い出し、エティエンヌが力無く笑う。
「ええーと、あなたのやりたいことを叶えるから、モランルーセルに来て欲しいと言った事ですよね?」
ベアトリクスが「殿下が覚えてくれて良かったわ」と言いながら、冬休みの計画を話しだした。
「それで、私の夢を叶えるために冬休みにモランルーセル国に行こうと考えているの。いいかしら?・・いえ、いいわよね?」
モランルーセルに行けることは決定しているとばかりに話すベアトリクスに、俺は待ったを掛ける。
「少し待て、ベアトリクス嬢。いくらなんでも、貴族令嬢が国に訪問するのだから、『お願いします』の態度だろう。それにエティエンヌ殿下のスケジュールの確認も必要だろ?」
他国の王子を顎でこき使いそうなベアトリクスを、このまま一人で行かせて良いのだろうか?
と、不安になったのだ。
しかし、ベアトリクスの強気な姿勢は変わらない。
「以前私のやりたい事を全力で応援してくれるという条件と私のスカートで契約がなされた。そして、実際に私はスカートをはいたのだ。それで私の方の履行は終わっている。後はエティエンヌ殿下が契約の履行をするだけだろう?」
「なんと・・!」
「・・・斜めってる解釈だ・・」
ベアトリクスのどや顔に、エティエンヌの萎れ顔。
そして、部屋にいる全ての者が、レモンを口に放り込まれたような顔になった。
「ベアトリクス嬢のやりたいことは・・確か、『美少女』図鑑を作る事だったか。それを、モランルーセルの美少女を見つけ出し図鑑をと考えているようだが、それは難しいぞ」
俺はなんとしてもベアトリクスの暴走を止めるべく、意見する。
「何ゆえ?」
自分の趣味が出来ないと言われベアトリクスが、カッと目を見開き俺を見る様は、既にちょっとイってる人なのだ。
「よく考えろ。美少女や美魔女の発掘なら、プライベートな情報まで探ろうとするだろう? それを他国ですれば、スパイ容疑で捕まるぞ」
「ううむ・・。そうか、だから父上はオルランド王国の美女なら了承してくれたのか・・」
(いやいや、どこの国でもそれは、ストーカーやプライベートの侵害で、アウトだから・・・バッケル侯爵ともあろう者が、こいつに諜報部隊を持たせるなんて、随分な判断ミスをしたものだ!)
と、全員心の中で意見の一致。
ここで、エティエンヌがとんでもないことを言い出す。
「それならば、私の妃になれば諜報活動の一貫として、ベアトリクス嬢の活動を支えることが出来ます!!」
えええ!!
それはダメだろう?
いくらなんでも、美女図鑑のために輿入れを望む変態が王妃など、あってはならないことだ。
ダメだ!! ベアトリクスならば、すぐにこの申し出をほいほいと引き受けるはず。
だが、予想に反してベアトリクスが間髪入れずに発した答えは・・、「ああ、それは断る」だった。
彼女の答えに驚いた。
ベアトリクスのことだから、二つ返事で『妃になる!!』って言いそうだったのに。
俺達はほっとしたが、納得がいかないエティエンヌがぼそりと呟くように訳を聞く。
「それほどまでに、私の妃は嫌ですか・・・」
「殿下の妃が嫌とかではない。そんな理由で一国の王子の妃になるのはダメだろう」
ベアトリクスの至極もっともな意見に、一同驚きの『おおお!!』という感嘆の声が出た。
しかし、次の言葉が悪かった・・と言うか、いかにもベアトリクスだった。
「それに、簡単に美少女、美女、美魔女を見つけるのは私のやり方ではない。まず己の足と耳と目で見つけるものなのだ。宝を見つけるとはそういうものでしょう? 捜査は足で稼ぐものです」
まるで、ベテラン刑事のような台詞を吐くベアトリクスに、ドン引き状態だが、この言葉で、フラれたのではないと分かったエティエンヌが復活。
「分かりました。是非モランルーセル王国の隅々まで歩いて探して下さい。諜報員を使わないのならば、旅行者と同じですから!! 冬休みに絶対に我が国に来てください。お待ちしてますから」
その嬉しい申し出に、ベアトリクスがガバッとエティエンヌの両手を、じぶんの両手で包み込むように持ち、顔を近付ける。
「その言葉、本当ですね?」
顔の近さにエティエンヌは頷くことしか出来ない。
「それでは、冬休みにそちらの国を旅行させて頂きますわね」
両手を握られて、顔を乙女のように真っ赤にする王子。
ギラギラとした野望の目で、ニヤリとほくそ笑む貴族令嬢。
そんな二人を心配げに見守る傍観者たち。
ああ、不安しかない・・。
◇□ ◇□
冬休み。
俺は今回ばかりは、冬休みが来なければいいのにと、何度思った事か・・。
それは、ベアトリクスがモランルーセル王国に行くことは少々心配だったが、一人で旅行に行くのだと思っていたのに、なんと、エティエンヌの奴が俺とルーナも一緒にと誘ったのだ。
何を考えているのだ。
俺がキューピッドの役など出来るわけがない。
しかも、王子と怪獣の間を取り持ったとなれば、両国に亀裂が生じるではないか。
しかし、ルーナが喜んだのだ・・行くしかない。
ルーナが嬉しそうに走って、エティエンヌからの手紙を持ってきたのだ。
その可愛らしさったら、絵師に頼んで残したいほどだった。
ルーナのことだから、キャピキャピとまではいかないまでも、それに近いものだった。
それで、迷うことなく日程を決めて、書類に判子をついた。
そして今・・。
「髪の毛がはねて・・両手で手紙を俺に渡したルーナの仕草が・・もう・・可愛くて・・」
「アレクシス殿下、早く馬車から降りて下さい。モランルーセル王国に着きましたよ」
気がつけば、既にモランルーセルに着き、出迎えのエティエンヌがもう一台の馬車からルーナとベアトリクスをエスコートして下ろしていた。
「一緒にと思っていたのに、ベアトリクスがルーナをかっさらって自分の馬車に乗せやがった・・お陰で俺はむさ苦しい男と旅する羽目になってしまった・・」
「はいはい、むさ苦しくてすみませんね」
トーニオが俺の言葉にふんと鼻を鳴らして、荷物を運ぶ。