33 幸福
胸に抱いたルーナには、俺の心臓の鼓動が絶対に聞こえているだろう。
バクバク音を、愛する女性に知られるなんて恥ずかしい。
だが、下ろすなんて出来ない。
絶対に離したくない。
用意されたルーナの部屋に着くと、ソファーに座らせた。
「ヒールでは、足が辛いだろう?」
ルーナの前に跪いて、靴を脱がせる。
「あの・・自分で脱ぎます」
「ええ? 自分で脱ぐ?」
ルーナの大胆な言葉に、つい大きな声が出てしまった。
「え? 靴は自分で・・」
「ああ、靴の事か・・」
早とちりした自分が、痛い。
落ち込む・・。
「あの、アレク?」
落ち込みからの復活!
名前呼びの威力は、俺の脳をバラ園に変えた。
「ルーナ・・・好きだ」
ルーナの唇に触れると、理性は木っ端微塵。理性は欠片を残すばかりに・・。
軽いキスをするつもりだった・・。が、ルーナの舌を堪能し尽くす。次、
「・・アレ・・クさま・・」
だが、折角『アレク呼び』だったのに『様』呼びに戻った事に、少しがっかりする。
俺の表情に気が付いたルーナは、違う呼び方に変えた。
これが悪かった。
「あ、違・う・・だんなさま?」
ぐわああああ!!
ルーナの唇が光って艶かしい。
ぬわぁああああ!!
ここで、陛下の言葉の都合の良い部分だけリフレインされる。
陛下の言葉・・・
『アレクシス、分かっていると思うが本日、書類上では夫婦となっている・・・・』で俺の頭は、今夜が初夜!!となってしまった。
モランルーセル国から帰ってきて、何度も本能が頭をもたげたが、俺は強い理性で捩じ伏せていたのだ。
しかし、『夫婦』という言葉と、頭に浮かんだ『初夜』という魔法の言葉で、先ほど、欠片になった理性は粉砕機にかけられた。
俺はルーナを抱き上げすぐに、ベッドに運ぶ。
ゆっくりと下ろしたつもりだが、ドサッと音がした。
いつの間にかルーナのまとめていた髪は下ろされて、ベッドに広がっている。
興奮するなと言われても、無理だろう。
「ごめん、止められない」
ルーナの瞳には恥じらいが浮かんでいたが、頷いた・・ように見えた。
勝手な判断だ。
俺はルーナのドレスの後ろホックを外し・・・。
ここで俺の体が後ろに吹っ飛んだ。
「このばっかもーーーん!!!」
ハーハーと息を切らす父が、首を横に振りながら、頭を抱えている。
ああ、この感じ、前世で見たな。
確か、ルーナと婚約破棄した時だっけ?
などなど、ボーッとしていたら、陛下が俺の前に仁王立ち。
「あの時、『少し早いが大丈夫だろう』と思ったのは、アレクシス、いつも謹み深く冷静なお前なら、我慢できると判断したのだが、まさかこんなにも早く事を起こそうとするとは・・・」
俺が、冷静沈着なんて全くの間違いだ。勝手に決めないで欲しい。俺は欲望に忠実なクズ王子だったんだぞ!!
だが、戸惑っているルーナの顔を見て反省する。
やってしまった・・。
「性急すぎました。ルーナが妻になったという事実に、自分自身を止める事が出来ず、反省しています」
しゅんとする俺に、なぜか陛下は言葉とは裏腹に嬉しそうだ。
「お前が生まれてこの方、出来すぎた息子に怒ることもなく、私は過ごしてきたのだが、漸く父親らしく叱る事が出来たぞ!!」
見た? 見た?
と子供のように陛下が侍女長に振り返っている。
ルーナの服装の乱れを整いながら、侍女長は、適当に返事をした。
「はいはい、ようございましたね。では、聖女様がこれ以上お疲れにならないように、殿方はさっさとここから出てってくださいませ」
心底呆れたような声に、父と息子はペッと部屋を追い出される。
陛下が俺を誘う。
「どうだ、酒はまだ飲めぬが、語らわないか?」
あまりに嬉しそうだし、断る理由もないので、了承した。
「ああ、じゃあ、僕も一緒に!!」
とダニエルも後ろから飛び付き、参加する。
その後、母の絵姿の前で、親子3人で夜遅くまで語らった。
その後、無事レンドル学園を卒業し、急遽、驚く人物が結婚した。
エティエンヌ・モランルーセル王太子とベアトリクス・デ・バッケル嬢である。
あの厄介な人物を、あの困難な状況からどうやって口説き落としたのかは謎だ。
しかし、結婚式で並んだ2人はとても幸せそうだ。しかも、あの・・あのベアトリクスがウエディングドレスを着ると女に見える。しかも恥じらいまで見せるとは・・。
女は本当に分からないものだ。
そして、数年後・・・。
「ルーナ!! 俺を見て笑ったぞ!!」
「違うぞ。今じいじを見て笑ったのだ!!」
「嫌だな父上も兄上も・・今ダニエルおじさんを見て笑ったのですよ」
ベビーベッドの周りを占拠する3人。
「うふふ、きっと3人をご覧になって喜んでいるのですわ」
流石ルーナ、当たり障りのない答えだ。
だが、間違っているぞ。
娘は父親が好きだと聞いた。
だから、今確実に俺を見て笑ったのだ!!
満足そうな俺に、ルーナが優しく微笑む。
その体から、聖女の力が溢れ出ていた。
今日もオルランド王国は安泰だな。
ーーーーーー完ーーーーーー
最終話までお付き合い頂き、ありがとうございました。
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