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30 ルーナさん、ちょっと怒ってます?


砂鉄をくっつけた磁石状態のオデット。

しかし、本人は何が起こっているのか分かっていない。

舞台下の貴族が真っ青な顔でオデットを見つめ、腰を抜かしているのを、不思議そうに見ている。


だが、自分の腕を見て、自身に起こっている異変に漸く気が付いた。

肌についた黒い粒が、どんどん自分の体内に吸い込まれていく恐怖に耐えられず、髪を振り乱し叫ぶ。


「ギャー!!!!!何?・・どうして? いや!!いや!!」


必死で手で払おうとするが、どんどんとオデットの皮膚の中に・・。


すると、オデットの肌は赤と黒の縞模様になっていく。

そして、オデットの体から、真っ黒なワカメの様な? 海草もどきが伸び始め、ベタベタと地を這い出した。

「お母さま・・助けてええ」

両親の傍に寄ろうとするが、あまりに恐ろしい光景にカファロ夫妻は後ずさる。


そのカファロ夫妻に、黒い海草もどきは狙いを定めた。

獲物を見つけると、飛び付くように触手は伸び、夫妻に巻き付く。


「ヒー・・オデットやめてちょうだい・・苦しい・・」

「オデットォォォーー止めろ・・・ぐえ・・」

黒い海草もどきは巻きついた上に、2人の体を絞り上げていく。

オデットの意思とは関係なく、黒い海草もどきは動き、どんどんと増殖していった。


オデットから伸びる黒い海草もどきは、次々触手を伸ばし、壇上の下にいた貴族達に目をつける。

獲物を見つけると、一気に巻き付いた。

「金を出した私に、こんなことをして許されると思って・・・ゲエエエ」


絞り上げられた胃から朝食が、噴き出す。


逃げようとするが、壇上に詰めかけていたせいで、後方の者は容易く逃げられるが前方の者は動くこともできず、悉く黒い海草もどきに捕まり、絞られていた。


ギリギリと体に巻き付けられて、貴族はルーナに助けを求める。


「ルーナ様!! お助け下さい!!」


捕らわれた多くの人々は、ルーナに手を伸ばした。


だが、ここで俺がその間に立ちはだかる。

「おまえ達の聖女はあっちのオデットじゃなかったのか?」


「あんな化け物が聖女の訳がない!! ルーナ様こそが聖女様だ」


手のひら返しで、今度はルーナが聖女だと叫び、助けを求める図々しさに呆れた。


俺にも黒い海草もどきが触手を伸ばすが、剣で容易に払える。


この海草もどきは、どうやら 功利的で腹黒い人間を好んでいる。そして、そんな人間には力を強く発揮できるようだ。


俺のようにルーナの優しさに触れ、徳を持った人間なら、すぐに凪払えるんだな。ふふふ。

つまり、前の人望も人徳もない俺だったなら、ぐるぐる巻きにされていたかもと容易に推測できた。


悪党ほど多くの触手に捕らわれ、苦しんでいるというのは、なんとも都合の良いことだ。

俺は動けなくなった貴族に向かって、今回の真実を話す。


「今回、オデットが聖女のように振る舞えたのは、魔法歴史博物館から盗まれた魔石を使ったからだ。その魔石を盗み、オデットに渡した人物も特定できているが・・。」


俺は黒い海草もどきに捕まっているとある貴族を睨むが・・。

その男は既に口から朝食を出しきって、泡を吹いて、失神していたので、話を続ける。


「そしてオデットはルーナの傍にその魔石を隠し置いて、ルーナの魔力をその魔石に吸収させ、使いたい時に聖女の力を小出しに使い、さも自分が聖女だと見せ掛けたのだ」


オデットは、目を見開いて俺の話すのを見ている。

俺は更に続けた。

「今回はそれを逆手にとったんだ。オデットが魔石を回収するだろうと踏んで、魔石をモランルーセル王国にあった、腐澱魔草(スタピアノーザ)を培養している水槽にたっぷり2週間漬け込んだのさ」


「アレクさま!! なんでそんな酷い事を!!」

オデットが喚く。


「酷い? オデット、おまえは実の姉の力を使って陥れようとしていたんだぞ。しかも気を許すために長く騙して、その方が酷くないのか?」


「違うわ。お姉さまの力は元々私の物だったのよ。だってあんなみっともないお姉さまに聖女の力があっても、勿体無いだけじゃない。私が使ってこそ、私が輝けるのよ。それにアレクさまに相応しい私にその力は必要なの。だから、聖女の力は私の物だったのよ!! だから奪ったのはお姉さまの方なの」


「・・・???」

もうその理屈が理解できる者は、ここにはいない。


「あいつは何を言っているのだ?」

オデットの危ない思考を、漸く感じた貴族達は、締め付けられる苦しさをオデットとその両親に向ける。


「カファロ伯爵が、オデット嬢こそ聖女だと言うから信じていたのに、私達は騙されたんだ」

「そうです。私達はあの親子に騙されていただけで、ルーナ様を陥れようとか考えていた訳ではないのです」


「なるほど。しかし、おまえ達も、オデットが聖女になったら俺の側近にしてほしいだとか、他の領地に税金を掛ける話しだとか色々と美味しい思いをするために金を都合していたんだろう? 私利私欲のために企てた計画がうまくいかないからって手のひらを返して、あっちがダメならこっちに・・とは虫が良すぎないか?」


ぐるぐるまきの貴族達は「うっ」と言葉に詰まり黙った。

いや、言葉に詰まって「うっ」といったのではなかった、


黒い海草もどきに絞められて苦しくて出た声だった。


「あまり、長いこと締め付けられていると、本当に死んでしまいそうだ。ここら辺で助けてやろう」


やつらはほっとした顔だった。確かに、物理的に今は助ける。だが、裏取引の証拠を掴んだこっちは、これから奈落の底に落とせるんだよ。


まあ、先の事まで俺が心配することではないな。

粛々と手続きをするだけだ。


前方の貴族が全滅しそうなので、後方は大丈夫なのかと見る。


後方で、友人達や、今回の件では無関係な貴族を守っているルーナの前には、見えない壁があるようで、彼女が立っている後ろには黒い海草もどきは手が出せないようだった。


俺はルーナに声をかけた。

「ルーナ、頼みたい事が2つある。いいか」


「はい、なんでしょう?」


「1つは、海草もどきに巻かれて苦しんでいるこの者達を、助けてやってくれないか?」

今まで、ルーナを偽聖女だと罵ってきた人々を助けるのは、嫌だろう。

だが、流石はルーナだ。


「勿論です」とすぐに了承してくれた。普通なら怒って断るだろう。やはりルーナは女神だ。


「それと、後一つなんだが・・・」

「はい」

ルーナが俺が話すのを待っている。

「もう一つは、俺の事を『アレク』と呼んで欲しい。『様』は付けないでくれ」


ルーナは暫く考えてから、意を決したように声を出した。


「・・えっと・・ア・レク・・?」

顔を真っ赤にしながら俺の名前を呼ぶルーナ。しかも呼び終わりに、ほんの僅か、角度的には10度ほど頭を傾ける。

その姿に衝撃が起こる。

空気の塊が俺の心臓を吹き抜けたのだ。

ドーンという衝撃はどうやら俺だけに来た。


「かわいい・・・」


胸を押さえて、つい心の声が漏れる。

俺も顔が赤くなっているだろう。耳まで熱い。


「あの・・お二人の世界に浸るのは良いのですが・・そろそろ私達を・・ぐふぇ・・」

黒い海草もどきに締め上げられている貴族達は、必死に訴える。


「ああ。そうだった。ルーナ・・」


俺がルーナに声をかけると、微笑み一歩こちらに近付く。


それに海草もどきは素早く反応し、ザザと怯んで下がる

更に一歩ルーナが歩を進めると、更に下がる海草もどき。


そして、ルーナがゆっくりと胸の前で手を組み、祈りのポーズをすると、今まで見たことのない、光の粒がルーナの頭上に集まる。


そしてゆっくりと手を広げると、集まった光の粒が貴族と彼らに巻き付いている海草もどきに向かって放たれた。


その幻想的な景色に俺はうっとり見ていたが、俺の後ろに転がっている貴族達から「いてててて」「痛い痛い痛い!!」と悲痛な声がしたので振り返ると・・・。


光の粒は見ている方は美しいが、なんと物理的攻撃で海草もどきをやっつけているのだ。しかも、それを受けている貴族は、小さな豆粒をぶつけられた様な痛みを伴っている。


思っていたのと違う助け方で、俺は少し戸惑う。

あれ?

だって、この海草もどきよりも強い、腐澱魔草(スタピアノーザ)は聖女の力を込めて広げていったら、浄化できてたよね。

この光の石つぶては? なぜに?


勿論その光は俺には当たらず、すり抜けていく。

俺は分からずルーナを見ると、貴族の痛がる様子をとても美しい顔で微笑んで見ている。


ここで漸くルーナがとても怒っていたことを知る。

そして、これからは絶対に怒らせてはいけない相手だと、認識を新たにしたのだった。


光の石つぶて攻撃を終わらせたルーナは、今度は空に向かって手を上げた。すると光の粒が分厚い雲の合間に飛び込んでいく。


そして、花火が上がったように広がりその後どーんと音がなった。

直後に、空に雲一つない青空が広がっていた。


ルーナ・・すごい・・

で、ちょっと怖い・・・


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