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29 断罪


朝からオデットが鬱陶しい。

今横に本人がいるわけじゃない。

では、なぜそんなに鬱陶しいのかと言うと・・。

オデットから王宮に何度も手紙が届くのだ。

手紙という攻撃は、昨日の夜から続いている。


『明日の事を思うと胸がドキドキして苦しいです~。やっとあなたが私に向かって手を差し伸べてくれる日が来たんですもの。ああ待てないわ。今すぐに私の傍に来てくれませんか?』


『もうすぐ、日付けが変わるわ。3、2、1、0!! もうあなたのオデットになる日になったわーー!! あなたもこの日を待っていたでしょう? もう堂々とあなたも私を抱き締めることができるのよ。うふ。慌てん坊さん、今すぐはだめよ♡』


『今日から私があなたの隣に立てるなんて夢のよう。あなたがこれからどれ程私に向かって「愛してる」って言っても良いのよ。会えるまで練習してて。もう、恥ずかしがらなくてもいいのよ。ほら、言ってみて・・聞こえたわ!! あなたの「愛してる」って声が!!』


う、うぜえ。

胸焼けは、脂っこい物を食べなくても起こるんだな。


「アレクシス殿下、又オデット嬢よりお手紙が届きま・・」

「捨てろ!! 俺に届けるなっ。焼き捨てろ!!」

「はい!!」


しまった、あまりの連続胸焼け手紙攻撃に、使用人に八つ当たりをしてしまった・・。


「兄上、大丈夫ですか? 珍しく荒立てたお声が聞こえたので・・」

ダニエルも心配する程、大きな声を出してしまったのか。


「心配させたな。俺のところにあまりにも手紙が・・どうした?」


ダニエルを見た俺は、異常なまでの斬新な髪型に驚いた。


ダニエルの髪型が、再び逆立っていたのだ。


「兄上のところにも届いていたんですね。私も一通読んでこの様です」

ああ、察し。


「今日はケリがつくまで大変だが、頑張ってくれ」

お互いの健闘を祈りつつ、そこで別れた。


俺の行き先はルーナのいる寮だ。婚約者であるルーナを迎えに行って、安心するまで傍にいたいと思っている。

計画のために、途中でルーナの傍を離れると、その事も含めきちんと説明をしていたが、不安にならないようにしたかった。


そして、最後にルーナが聖女であると公明正大に、皆の前で宣言することも伝えてある。


俺が部屋に到着すると、ルーナはいつもの制服に身を包み、凛としていた。

「準備は出来てるかい? 大丈夫?」

俺の質問ににこやかに微笑み、頷くルーナ。

「ええ、私はあなたが信じてくれているなら、いつでも心は穏やかでいられるし、強くなれる。だから大丈夫です」

ルーナは本当に強くなった。

情けないが、俺が泣いてから彼女の中で俺は守るべき存在として認識されたようなのだ。


できれば、俺はいつでも彼女を守る立場でいたいのに。


俺の心を見透かしたように、俺に手を伸ばし「さあ、行きましょう」と促す。


「ああ、行こう」

俺の言葉に、寄り添い歩き出す彼女の姿は、神々しく輝いている。

彼女こそ真の聖女だ。


俺達が着くと、既に学園の校庭では、大勢の貴族や生徒が集まっていた。


そして式典のように一段高い舞台が作られていて、その上にまるで舞台女優のように着飾ったオデットが立っている。


俺を見つけると、オデットは口角を上げかけたが、ルーナを見るとじっと見つめ、何を思ったのか顔を覆い泣き出した。


「お姉さま、ごめんなさい。聖女だと言っていたお姉さまの居場所を私が奪うような事になるなんて。でも、ずっとお姉さまの事を思って黙っていたけれど、もうみんなに嘘はつきたくなかったの・・」


凄い、3秒で涙を流しやがった。

女優でもこれほど一瞬で涙を流せる者は少ないだろう。

まあ、どれ程オデットがここで大芝居を打っても流れは変わるが。


うんざりしたが、すぐにその芝居に2人の役者が加わった。

カファロ伯爵と、その夫人のイレーヌだ。


「屋敷で姉の身を案じて、自分が聖女であることを誰にも言わず、王家の皆様にも隠してきたオデットをお許し頂けるとの事。本当にありがとうございます。我慢してきた我が娘オデットを、聖女とお認め下さり娶って頂けるなんて・・・。アレクシス殿下、末長く娘を宜しくお願いします」


なぜ俺がオデットと結婚をする流れになっているのだ?

それに・・・。

おまえの娘はオデットだけではないだろう?

俺は横に立つルーナを見るが、彼女には何の憂いもなく、嘘を並べ立てる父親に、感情のない瞳を向けていた。


ルーナがそれほど傷付いた様子がないことにほっとする。


舞台の上ではカファロ家の3人が飽きもせず、猿芝居を続けていた。

もう結構だ。

うんざりしたところで、国王とダニエルが登場し壇上に上がった。


この壇上に王族よりも先に上がっている時点で、軽率な行為なのだが、カファロ家とこの壇上の前に集まった貴族達は、それさえも分かっていないようだな。


壇上前に集まった貴族達は、カファロ家に何らかの見返りを求めて、取り入った連中だ。


以前、俺にルーナの誹謗中傷を言ってきた男子生徒の両親も、最前列でオデットを見上げている。

オデットが聖女になった暁には、俺の側近にするとカファロ家が約束しているらしい。


俺の側近は俺が選ぶ。誰がコウモリのような人物を傍に置く?


他にもカファロ家に資金援助を申し出ていた貴族は、オデットが聖女になったら、自分の土地の物流をスムーズにするために、他の領地の商品に税金を掛けろといい、それをカファロ家が了承しているのだとか。


そもそもそんな取引、俺が許す訳がないだろう?

アイツらの緩い頭では、オデットに骨抜きにされた俺が、ほいほいオデットの頼みごとを聞くと思っているから笑うな。


・・・前の世では俺、ほいほい聞いてたな・・。


あ、思い出すと再起不能になりそう・・。

でも、今の俺は違うぞ。

横にいるルーナに力を貰い、腹に力を込めた。


そうだ、目先の利益に目がくらみ、今までのルーナの恩恵を蔑ろにする行為は許されない。聖女をいや、ルーナを裏切った代償を思い知らせてやる。


俺はルーナを残し、三文芝居が始まっている舞台に向かう。

去り際に「後ろの方の人達を守っててね」と声を掛けた。

「はい、お任せ下さい」

ルーナは力強く答える。


一見すると、俺がオデットに心を移して去ったように見えたのだろうか?


オデットの顔がこの世の悪役を集結させたような顔で、ルーナを見て嘲笑している。


誰がどう見ても、聖女の顔ではない。

オデットは壇上に上がった俺の方に駆けて来たが、俺はオデットが腕に纏わり付くのを許さず、すぐにオルランド王に断罪という開幕の許しを乞う。


国王陛下は俺に小声でエールを送ってくれた。

「気の済むまで、徹底的にやれ」と。

お許しを頂いたぞ。

それなら、盛大にやってやろうではないか。


俺は舞台中央に立ち、仰々しく手を広げる。

「陛下、お聞きください。ここにいるカファロ・オデット嬢は、先日聖女と同等の治癒魔法を生徒に施しました。それによりオデット嬢に聖女の力があるのではないかと、取り沙汰されています。故に、ここで彼女自身に披露して頂き、聖女であるかどうかの審議の場とさせて頂きます」


オルランド王はゆっくりと頷いた。

「許可する」


俺はオデットに向き直り、彼女に告げる。

「では、オデット嬢。ここにある球体に、聖女の魔力を・・君の魔力を込めてみよ」


直径30cmほどの球体は半透明で、中には薄い水色の煙が漂っている。

本来なら、聖女の魔力が入ると黄金色に輝くのだが・・。


今オデットが隠し持っている魔石に込められた魔力によって、どんな効果が起きるのか、俺も良く分かっていない。


安全確保の為に、俺は少し下がった。

だが、壇上前の欲深い貴族は、良く見える前に集まってきた。


オデットは先日のように、祈るでもなく、変に体をくねらせたり、『はー』と掛け声をかけたりと胡散臭さ満載の真似事を始めた。


壇上前の貴族も、半透明の球体がどんな風になるのか浮かれた様子で見入っている。


観客が大勢いるためか、オデットのくねくねダンスは白熱しているが、普段の聖女の祈りを知っている者にとっては、げんなりするばかりだ。


オデットは観客に応えるように、天に向かって大袈裟に手を上げ「我に力をーー!!」と叫んだ。

そして、最後になぜか俺にウィンクを寄越してから、球体に触れた。


途端に、晴れていた上空がにわかに曇り出した。


あっ!

これ、俺知ってる。

天が怒った時のやつだ。


前で経験済みの俺は、球体の色が黒、紫、茶色、赤色が混ざった煙に変わると大変なことになるのを知ってる。


前は、これを聖女の像でしたもんだから、国中に悪天候が広がったが、今回はそれを見越して、小さな球体で行った。


球体の煙はどす黒くなり、充満すると煙が球体の外に漏れ始め・・・。


外の空気と反応したためか、オデットの悪意に反応した為なのかは分からないが、その煙は砂鉄のような形を成し、磁石を求める様にオデットの体にくっついていく。


ウオー!!

鳥肌立つくらい、気色悪い!!


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