28 偽聖女(2)
ルーナが体調を崩して、寮の部屋で寝込んでいる。というのは、オデットを油断させる為の嘘だ。
オデットにしてみれば、順調に魔石に魔力を奪われたルーナが弱っているのだと思っている筈だ。
ずっとルーナの魔力を奪うことに成功していたオデットは、こんな罠にも簡単にひっかかる程、油断していた。
「お姉さま、お体の調子はどおーですか?」
オデットの声にルーナを思いやる気持ちは全くない。
寧ろ、面倒臭そうだ。
少し前まで、もう少し感情を込めて心配する演技も見せていたのに、明日にはルーナから、聖女の座を奪えると思い込んでいる為か、すっかり地が出ている。
しかも、オデットは取り繕うのも面倒臭くなっているのか、俺が付けた侍女の前でもそんな態度なのだ。
隣の部屋で聞き耳を立てている俺とトーニオとベアトリクスは、顔を見合わせた。
女の嘘を見抜けもしない男二人に、ベアトリクスの優越感漂うどや顔が本当に鬱陶しい。
それを感じつつも、隣の会話に集中する。
か細い声でルーナは、体が辛そうな演技をする。
「ええ、少し体がだるいけれど大丈夫よ。お見舞いに来てくれてありがとう、オデット」
ルーナの言葉を半ば無視して、オデットがルーナにマウントを取るために爆弾発言を投下。
「あっそうだこの前、私ね、国王陛下に紹介されたの。で、アレクシス様にエスコートされて。ダニエル様にも腕を捕まれてさー。二人で私のエスコートの取り合いをしていたのよぉ。二人に引っ張られて、もう困っちゃってぇ~」
は? 俺とダニエルがお前の取り合い?
ふざけんな!!
ダニエルなんて可哀想に、毛が逆立ったまんま二日間もいたんだ。可愛い弟の毛根が弱ったらどうしてくれるんだ!
「え? アレクシス様がエスコート?」
ルーナの戸惑う声に、トーニオとベアトリクスが一斉に俺の顔を見た。
「あ・・しまった。オデットをエスコートしたこと、言うのを忘れていた」
ベアトリクスの目が夜行動物の獣の瞳の様に強く光る。
「ルーナ様に悲しい思いをさせたなんて、万死に値するわ」
急に俺のシャツの襟首を持ち、首を閉め出した。
し死ぬ!!
・・・トーニオがいなければ、死んでた。
隣の部屋で殺人という犯罪が、未遂に終わっていた事など知らないオデットとルーナの話は続いている。
「うふふ、聞かされてなかったのね? もう、アレクさまったら罪作りなんだから。ごめんなさいお姉さまぁ」
ここで、ルーナの部屋付きの侍女が、計画通りに部屋を出ていく。
これで、人の目が消えた。
オデットは更に本性全開で、挑発的な言葉を次々にルーナに投げ掛けた。
「ねえ、もうすぐアレク様とお別れみたいだけれど、私、お姉さまが心配で。だって、アレク様一筋に生きてこられて、今更捨てられたらどうなさるのかしら? あーお姉さまがお可哀想で・・・でも安心してね。可哀想なお姉さまは、家でお母さまがずーっと面倒を見てくれるわ」
この言葉に全く動じる事なく、ルーナは、「私の事は大丈夫よ」とさらりと躱していた。
もっと狼狽えるのを期待していたオデットは、面白くなさそうに唐突に「私、喉が乾いたわ。お姉さま、お水を貰ってきてよ!」と、お見舞いに来たくせに、病人に向かって平気で言う。
ルーナが近くの水差しに手を伸ばすと、「私は冷たいお水が欲しいの! 少し優しくしていたら、使えない女に逆戻りね。屋敷に帰ったらまた、お母さまと一緒に躾直してあげないといけないわね~」と意地悪く言いはなった。
言い出したら聞かない妹の我が儘に、ルーナは素直に従い、水差しを持って部屋から出て行った。
一人っきりになったオデットは、早速行動を開始。
と言ってもやることは簡単だ。
オデットはルーナの枕元にある熊の人形と、鞄に隠し持っていた熊の人形を交換しただけだ。
つまり、怪しい魔力がパンパンの魔石が入った人形を鞄に詰め込み、空っぽの魔石が入った熊の人形をルーナの枕元に置いたというのが正解だ。
勿論、オデットは聖女の魔力が込められている魔石だと思っている。
「うふふ、お姉さま。お疲れさま~。私の為に沢山魔石に溜め込んでくれたのね」
王族、貴族、全校生徒の前で自分が聖女だと宣言され、ルーナは王子の婚約者の座から引きずり下ろされるという想像に酔いしれたのか、オデットは嬉しそうに、一人で笑い出した。
「きゃははは、やっぱりお姉さまは私を輝かせるために、地味に生きるのがお似合いよね。調子に乗ってずーっとアレクの隣に居座ってさ。婚約破棄されて、私がアレクの隣に立った時、お姉さまはどんな顔をするのかしら? 楽しみ~」
やはり、オデットは生まれ変わったとしても、今度はそれを悪行に使う人間だと確信した。
僅かに開かれた扉の隙間から俺とトーニオが、高笑いする彼女を見て身震いした。
その後オデットは、ルーナに水を持ってこいと自分が頼んでいたのに、それを待たず、魔石が手に入ったら、もう用事は済んだとばかりに自分の屋敷に帰っていった。
「女って自分の本性を、あれほど長い時間隠し通せるのが凄いですよね」トーニオが口を真一文字にし、オデットの二面性に愕然としている。
トーニオよ。おまえはまだマシだ。
俺などは2度も騙されているんだ。情けないにも程がある。
オデットの根性など、ここまで見届ければ十分だ。
横にいるベアトリクスの人をバカにした顔を見ないように、ルーナに別れの挨拶をすると、王宮で待っているモランルーセルのエティエンヌ王子に会いに行った。
王宮で待っていたエティエンヌは、俺が帰ると不安そうに顔をあげた。
「エティエンヌ殿下のお陰で、オデット嬢は例の魔石を意気揚々と持って帰りました。この度は無理なお願いを聞いて下さった事、感謝します」
途端にほっとしているエティエンヌ。自分の事ではないのに、本当にいい奴だ。
「いえいえ、我が国の危機にすぐに立ち上がって下さったアレクシス殿下や、ルーナ様の危機にご協力出来た事が嬉しいです」
そう、さっきオデットが持って帰った魔石には『
モランルーセル国には、『
その毒々しい草の中に魔石を放り込んでいたのだった。
そして、その魔石を持って来てもらったのだが、まさか王子自ら持参してくれるなんて思わず、驚いていた。
我が国の行く末を心配して、遠路遙々モランルーセル国から駆けつけてくれたと思っていたが、そうではなさそうだ。
エティエンヌは、オデットを追求する時に是非学園に侵入させてくれと言ってきた。
どうやら、ただの野次馬か?
いや、心清いこの男にそんな悪趣味はない。
じゃあ、何故だ? と思っていたらすぐに理由は判明した。
「その・・オデット嬢の犯罪を暴く日に、ベアトリクス嬢もいらっしゃると聞いたもので・・」
顔をピンクに染めたエティエンヌに、なるほどと納得した。
ふっ。この男の行動力の源はベアトリクスなのだな。
幼い頃見たベアトリクス一筋で、王子自ら魔石を運搬してくれるなんて・・。
もしかして、エティエンヌの原動力がベアトリクスならば、前世の時にルーナを守ったのも、この国が崩壊してきた時に、ルーナを連れて救ってくれたのも、ベアトリクスを助けたい一心の事だったのでは?
まあ、今更深く考えてもしょうがない。
今ルーナは俺といるのだから。
そんなことより、明日の用意をしておかねばならない。
きっとオデットは想像通りの事をやってくれるだろうから。
長く休んで、ごめんなさい。