27 偽聖女(1)
漸く仲良くなれたと思っていた義妹から、再び裏切られたと知ったルーナの苦しみは計り知れないだろう。
だが、ルーアは思ったよりもすぐに立ち直り、俺が話した計画を手伝ってくれると言ってくれた。
現在のルーナの聖女の力は枯渇状態にある。
これは由々しき問題だ。
元々この魔石を王家が所有し保管しているには訳がある。
この魔石は、対象人物の近くに置くと、その人物から魔力を奪い取り、魔石に吸収させる事が出来る。
距離が遠ければ、吸収率は悪くなるが、そもそもこの魔石の魔力獲得係数が低すぎて、この魔力変換効率が悪すぎる。
なので全く実用的ではないのだ。
つまり、この魔石に魔力を溜めようとした場合100注いでも、僅かな量しか蓄積されず、対象にされた人物の負担が大きい。
ルーナの力が枯渇するほど蓄積したっていうのに、生徒一人を治療しただけで聖女って呼ばれていい気になっているなんて、もう許さん。
まずはオデットが既に手にしている、ルーナの聖女の力を溜め込んだ魔石を、空っぽにしなければならない。
そして、オデットがルーナの部屋に置いていった魔石に、別の魔力を注いでおくのだ。
その後、国王と貴族、そして生徒の前でカファロ家全員
二度とこの国で浮き上がれないように・・。
◇□ ◇□
俺は父であるオルランド王に頭を下げて、二度ばかり協力して欲しいと頼んだ。
その見返りに、我が国の刑法の適用範囲に関して隣国と協議をして纏めて来いと約束させられた。
国家的法益を守るため、宰相がやってたんだが・・・。
仕方ないので、引き受ける事にする。
手は打った。
暫くルーナは学園を欠席させ、オデットが充分に本性を表してくれるのを待った。
それと、今ルーナの手元にあるもう一つの魔石を、使いきってもらうための計画を実行する。
ルーナの体調が良くないと連絡すると、オデットは長い間鳴りを潜めていた根性を出し始めた。
「お姉さまったら、もしかして聖女が自分ではないってバレて、登校出来なくなったのかしら?」
その言い方と表情に、悲しむ素振りはない。
素の意地悪な嘲笑を全面に出している。
一時のしおらしい態度は何だったんだ?
ベアトリクスの言う通りで悔しいが、本当に俺の見る目はいつまで経ってもクズ時代と変わらず低レベルだった。
俺を見つけると、オデットはもう『勝った』とばかりに満面の笑みで、いつものようにすり寄って来る。
「アレクシスさま、お姉さまの事は本当にすみません。私も貴方を騙す事を強要されて辛かったのぉ」
よよよと俺の胸に飛び込んでくる。
ぞぞぞぞぞおーーー。
頭の毛が逆立つ程の拒否に耐え、俺はゆっくりと体を離した。
ここでオデットを吹っ飛ばさなかった俺を褒めてくれ。
俺は努めて冷静に切り出した。
「君に聖女の力があるか、一度王宮の聖女の像に力を注いでくれないか? 陛下にもご覧頂きたいと思っているんだ」
陛下のワードにオデットが小躍りする。
「んまあ、陛下が? とうとう、陛下まで認めて下さったのね。是非精魂込めてお祈りしますわ。そして、私がアレクシスさまの妃に一番相応しい事を知って頂きます!!」
「う・・・。 それでは明日、王宮に来てくれ」
俺の妃と言っているが、お前がなることは天地がひっくり返ってもない。
「ええ、アレクシスさ・・アレクさまの好きなお色のドレスを着て行くわ。王宮で待っててね」
おーい!!
ルーナすらまだアレク呼びを定着出来てないのに、なんでお前に呼ばれなくちゃいかんのだ。
くそ、忌々しい。
歯軋りしながら、「では、明日」と短く返事した。
歯軋りし過ぎて、歯が欠けそうになるくらいギシギシ鳴っていた。
王宮に帰るとダニエルに驚かれた。
「兄上、髪の毛をどうされたのですか? 新しいヘアスタイルですか?」
ああ、気持ちの悪さに全身の毛が立ったが、まだ髪の毛も逆立ったままだったのか。
「ダニエル、間違いなく明日お前もこの髪型になる。耐えろよ」
俺の言う意味が分からない弟は、首を捻りながら去って行った。
そう、明日だ。
ルーナの聖女の力を奪って溜めた魔石の力を、根こそぎ返してもらうからな。
朝一番で、馬車を走らせ王宮に駆けつけたオデット。
今日は舞踏会だったかな? と首を傾げたくなるような煌びやかなドレスを着て現れた。
飾れるだけ飾ったオデットは、少し動くだけでじゃらじゃらとやかましい。しかも、振りかけまくった香水で鼻が曲がりそうだ。
王宮に続く長い廊下を興奮気味に歩いているが、きっとこれから自分がここで住むのだと、心躍らせているに違いない。
廊下の先に真っ白な大きな扉がある。
その扉の前でダニエルが待っていた。
扉が開くとオデットが手を出してきた。これは、俺にエスコートを望んでいるのか・・。
仕方ない・・。嫌だけど、恭しくオデットの手を取りエスコートする。
だが、ここで何を思ったのかオデットはダニエルの腕も掴んで自分の腕を絡ませた。
おおお。
ダニエルの髪の毛が見事に逆立った。
嫌だけど、ダニエルも耐えて、そのまま聖女の像まで二人でエスコートした。
「まあ。これが聖女の像なのね。なんて美しいの!!」
嫌だけど、ダニエルは丁寧に説明をした。
「そうです。この像に聖女の力を注げてこそ、聖女だと認められるのですよ」
髪の毛を逆立てたまま微笑むダニエル。
やるな、弟よ。
頑張れ、もう少しの辛抱だ。
ここで少しでも手を抜かれて、魔石の魔力の余力を残そうとされては困るので、ここでもう一人協力者を投入。
「そなたがカファロ家のオデット嬢か」
来たのは、国王陛下。
どうだ、これで俄然やる気になっただろう?
国王が見ているのだから、オデットは余す事なく魔石の魔力を使い果たすまで、良いところを見せようとするはずだ。
「まあ。これはお義父さ・・いえ、国王陛下。この私が聖女であると言う証拠をお見せしますわ」
俺は陛下の眉がピクピクと痙攣したのを見逃さなかった。
だが、「うむ、存分に見せてもらおう」と耐えていた。
この言葉にオデットの鼻息が荒くなる。
何の儀式か分からないが、オデットは両手を天に向けて伸ばし、目を瞑り呪文みたいなのを唱えている。
ルーナはそんな事をせずとも、祈りながら静かに聖女の像に力を溜めていくのに・・・。
オデットは『ハッ』とか『くううー』とか念力でも込めているかのように、唸っている。
あまりにもオデット様子が芝居染みていて、ダニエルが吹き出しそうに真っ赤になっている。
そして、一通り唸ると聖女の像の台座に手を触れる。
すると、僅かに、本当にうっっす~く光る。
光ったので充分だと思ったのか、オデットが手を離して作業を終わろうとした。
すかさず陛下が一言。
「うん? ルーナ嬢の時は、もっと光り輝いたのだが、今、光ったか?」
陛下の言葉に、俺とダニエルは首を捻る。
「今、光ったように見えたか?」
「いいえ、私には分かりませんでした」
兄弟の連携プレーにオデットは顔を赤くして、もう一度台座を触って、残りの魔力を一気に注ぎ込んだ。
「くっ・・。少しでも、力を残しておきたかったけど、ここで出し惜しみしては元も子もないわ」
と呟く。
魔石の魔力を一気に放出した甲斐あって、聖女の像が薄暗くはあるが、ほんのり白い光に包まれるように輝いた。
「おおお、素晴らしい。オデット、そなたの力は本物のようだ。すぐに学園に貴族達を集め、そなたの力を見て貰い、そなたが聖女だと告げよう」
オデットの顔に、「しまった!!」の文字が浮かぶ。
「あの、今この聖女の像に力を注いでしまったため、力を発揮することが出来ません。ですからせめて三週間の猶予を下さい」
俺の準備もそのくらい掛かるので、三週間後がいいのだ。
それで、オデットの聖女お披露目の日は、三週間後に決定した。