26 オデット、聖女覚醒(2)
ルーナが変わった。
以前のルーナであれば、悪意渦巻く学園に登校する途中で、倒れそうだったが、今のルーナは違う。
強くなったと言うのが当てはまるかな。堂々と何にも負けない強い意思を持って、校舎に向かう姿は正に強くなったという言葉がピッタリだ。
ヒソヒソと噂する者。
あからさまに悪意を向けてくる者。
しかしルーナの瞳はまっすぐ前だけを向いていた。
そんなルーナに俺も付き添い、噂など気にする素振りも見せず、教室に入った。
だがどこにでもお節介な奴はいる。
今流れている噂を、得意気に、わざわざ俺のところに寄ってきて教えようとしてくる暇人の多いこと。
「殿下はまだ御存知じゃなかったんですか? ルーナ様はどうやらオデット嬢の聖女の力を盗んでいたらしいんですよ」
ああ、本当のところなどまだ分かっていないってのに、噂好きってどこにでもいるんだな。
これ見よがしに俺にすり寄り、今迄のルーナの非道ぶりをチクってくる者達には、「それは君達がその目で見たと証言できるのか?」と一言言い追っ払った。
このように煩いハエを追い払う日々が続いていた。
だが、この噂全く沈静化する気配がない。
さすがに事態を重く見たのだろうか?
とうとう国王から呼び出された。
弟ダニエルも一緒にだ。
一緒の馬車に乗っているダニエルの顔色は土色。
「おい、ダニエル。顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「もしオデットが聖女なら、陛下は絶対に僕とオデットの婚約を考えているんじゃないですか? だって良く考えれば、今、一時期ルーナ様の力がなくなっているだけで、再び復活するかも知れないじゃないですか。それならルーナ様の結婚相手としてそのまま兄上が残って、僕とオデットを結婚させようとしてるんじゃ・・。嫌だぁあああ。絶対にオデットは嫌だ」
その後、念仏のように抑揚のない声でつらつらと話すダニエルは、壊れ掛け寸前だ。
前世の俺ならこの展開は大喜びだっただろう。
人生なぜこうも上手くいかないんだ。
ダニエルには悪いが、弟の念仏を全く聞いてなかった。
俺も心の中でぶつぶつと呟いてたもんで。
しかし、予想に反し、陛下の話しは全く別の事だった。
「おまえ達を呼んだのは他でもない。内密にしていたが、魔法歴史博物館から、所蔵していた二つの魔石が盗まれた。その魔石の行方を追っていた憲兵隊の捜査が難航しているのだ」
「それはいつの事ですか?」
「分からない。しかし、半年前の点検時には確認できていたようだ」
王立博物館の資料室で保管していたのが紛失していたのだ。最近紛失に気が付いたが、いつどのようになくしたのか分かっていないという。
陛下がすまなそうな顔を俺に向けた。
「まさか学園で聖女について良からぬ噂が先行している等、知らなかった故、そなた達に言うのが遅れてしまった」
あれ?
魔石って魔力を蓄積させる事が出来る不思議な石なんだよな。
それを使えば聖女の力も溜められるのでは?
それを使ってオデットが・・・。
いやいや、決めつけるのは良くない事だ。真面目になったオデットを疑うなんて良くないぞ。
でも、陛下も魔石の紛失と今回の聖女の件では繋がりがあると思っているようだ。
横にいるダニエルと目が合う。
弟の瞳が輝きを倍増して、見詰めてきた。
「ダニエル、まだ決定じゃないからそんなにキラキラした目で俺を見ても、解決しないぞ」
「分かってマース。でもこれって、もしかしたら、もしかしませんか?」
「兎に角調べよう」
今になって陛下が俺達に言って来たのは、今回の学園で起きている事と繋がりがあると考えての事だ。
俺達が学園に戻ったが、既に授業は終わって、校舎には人影もない。
俺は学生寮にいるルーナを訪ねた。
まだ、何の証拠もないうちからルーナに話せない。
しかし、俺とルーナの未来が僅かでも繋がった喜びで、顔を見に行きたくなったんだ。
学生寮に向か途中、オデットと擦れ違う。
とても上機嫌で鼻唄を歌っていたが、俺を見ると歌うのを止めて、軽く会釈をして通り過ぎた。
魔石の件にオデットは関わっていないんじゃないかな。誰かに利用されているだけなんじゃ?
「『魔石の件、オデットは関係ない・・』、なんて甘い事を生クリームしか詰まってない頭で考えてんじゃない?」
ああ、もう嫌!!
ベアトリクスってどこにでもいる。
この女って本当は五つ子なんじゃないか?
「はいはい、オデットも視野に入れて捜査しま・・・って魔石の事なんで知っているんだ?」
「今日、私も陛下に呼ばれたもの。王子二人が甘ちゃんで、女に弱くてしっかり見極められないと困るからって。デカイ胸しか目に入らないようになったら、頭をぶっ叩いてもいいって許可されたの」
陛下がそんな事を言う訳ないだろ。
本当に口が悪いな。
俺はベアトリクスの
ノックをする。
「はーい」と涼やかな可愛い声。
「ああ、美少女図鑑に声の特徴も加筆が必要ね。甘く芳しい軽やかな声って書き加えようかしら。うふふ」
「おい、ベアトリクス。なんで貴様もここに来ている?」
俺は二人っきりでルーナに会いたかったんだ。それなのに
俺が入ると、すぐに扉を閉めようとしたが、それよりも早く足を入れる。
早業に負けた俺は、仕方なくベアトリクスと一緒に入った。
「まあ、お二人で来てくださったんですね」
「ルーナ、俺は一人で来たかったんだ。だが遠慮を知らない女が一緒に来てしまって」
「まあ、奇遇ね。ルーナ様、私も一人でお会いしたかったの。でも空気を読めない男が一緒に入って来てしまったの」
そう言うと、ベアトリクスはルーナの隣にさっさと腰かけた。
ふふんと勝ち誇ったベアトリクス。
くそ、陣取りに負けた。そこは俺の座る場所なのに。
悔しい。
俺はルーナの隣に座ろうと、うろうろと部屋を所在無さげに歩いていると、前に俺が抱き締めた熊の人形が目に付いた。
これは、前に俺が破いてしまった人形だ。
あの時は泣いてたのが恥ずかしくて謝れなかったから、今、謝罪しておこう。
俺は熊の人形を持ち上げ、人形の脇を見る。
あれ?
割けてしまったはずの人形が既に縫われて直してあった。
「ルーナ、この人形の脇の部分を直してくれたんだね?」
俺の言っている意味が理解出来ないルーナは、瞬きを数回する。
「熊の人形を? 私は全く存じ上げなかったので、直したりしていませんが・・・?」
「え? 本当に知らないの? だって確かに俺はここを破いて・・・」
俺は熊の人形を逆さにしたり、くまなく縫い目を見る。
しかし、どこにも裂けた箇所はない。それに、縫い直した感じもない。
俺は何かを感じ、熊の人形をスンスンと匂いを嗅いだ。
ベアトリクスの顔から滲みでる軽蔑感。
「これは違う、俺は変態じゃないぞ。聞いてくれ!! この前ここにあった人形の匂いを嗅いだ時、ルーナの香りがしたんだ。でも、この人形からは一切ルーナの匂いがしないんだ!!」
あっ、しまった。
今度は二人に退かれてしまった。
しかも、ベアトリクスがルーナを自分の背中に隠す。
「ルーナ様、やはりこいつは変態認定ですわ。私がお守りします」
「ルーナ!! 待ってくれ!! こらベアトリクス!! 守るふりしてお前もルーナの匂いを嗅いでいるじゃないか!!」
「おほほ、異性だと変態。でも同性なら友達のスキンシップのうちですわ」
くうう。俺も直に匂いを嗅ぎたい・・・。
じゃなかった。
「そうじゃない。話を聞いてくれ」
俺の必死の言い訳・・じゃなかった説明を聞いて欲しい。
「アレクシス様、ちゃんと聞きますわ」
やはり、俺のルーナは優しい。
コホンと咳払いして、仕切り直す。
「この前俺が泣い・・・俺がここを訪れた以降に、誰かこの部屋に来た?」
「ええ、ついさっき、オデットが私を心配して、様子を見に来てくれていたの」
ルーナの話を聞いて確信した。
ベアトリクスの言っていたように、オデットは改心なんてしてなかった。
この話をすれば、ルーナはショックを受けるだろう。
しかし、このままこの国のためにも、ルーナの名誉のためにも見過ごせない。
「ここにはルーナが留守の時に誰も入れないようにしてある。つまり、俺が破いたしまった人形をオデットが持っていき、今ある、この破れていない人形をここに置いていったようなんだ」
「何故、そんな事をオデットが? それに、この人形を私にくれたのはオデットなのです。私が一人の時、寂しくないようにと」
オデットがこれを持ってきた。
この一言で充分だった。
俺は今ここにある熊の人形を持ち上げ短剣で目立たないところに切目を入れる。
そして、その穴から指を入れて探す。すると、固い者が指先に当たった。
それを引っ張り出すと、案の定、黒色に近い紫の魔石が出てきた。
これが何か分かっていないルーナとベアトリクスは、不思議そうにその石を見ている。
「これは魔力を蓄積できる魔石だ。そして、これはルーナの聖女の力もこの魔石に貯める事が出来る。つまり・・・」
この先はルーナが悲しむから言いたくなかった。
それとベアトリクスの顔が想像できるので・・・。
「つまり、オデット自らルーナの力を盗むのを率先していたんだ」
ルーナはやはりショックを受け、悲しげな表情で床を見詰めていた。
そして、ベアトリクスは薄い唇の片方の口角をあげ、にまあと笑い一言。
「王子さまぁー、絵本一冊で悪女を心清らかに出来ましたか? 脳内のお花畑に、除草剤を撒く準備は出来まして?」