23 朝から晩まで妃殿下教育
ルーナの妃殿下教育が多忙を極めた事で、オデットが会いに来ても時間がなかった。
朝から晩まで、スケジュールがぎっしり詰まっている。
だから、オデットが会いに来ても、毎回待ちぼうけ時間が長く、王宮に来る回数も減って来た。
だが、未だに暇を見つけてはルーナと話をさせろとやってくる。
なんてしつこいのだ。
その情熱を他に活かせないのかと、呆れる。
まあ、どんなに来たところでルーナは忙しいのだ。
俺が考えた妃殿下教育は完璧だ。
例えば、運動能力向上と言う名のお散歩。
たまに俺と一緒にバラの庭園を歩く。途中からルーナを抱き上げて散策すると、散歩にならないと侍女に嫌みを言われるが気にしない。
また、コミュニケーション能力を上げるため、町のケーキ屋で新作試食会をして、話題作りに・・。
たまに俺と一緒に、街歩きデート。
礼儀作法を学ぶために、気のおけない令嬢達とおしゃべりしながらのお茶会。
たまに俺と二人で、ルーナを膝に乗せてお茶を楽しむ。
だが、家庭教師の伯爵夫人に、そんなテーブルマナーはないと部屋を叩き出された。
ルーナが好きな図書館でのリラックスタイム。
たまに俺と一緒に・・。
エステに、お昼寝。
俺は一緒に出来ない・・・。寂しい。
あっ、たまに俺の為に作ったルーナを補充する時間もある。
ルーナを見つけると、抱き締めてぎゅっとする。
この三秒後には、トーニオに剥がされて執務室に戻されるのだが。
そう、彼女は忙しい。
俺が彼女を甘やかす時間で、ルーナは忙しいのだ。
オデットなんぞに、ルーナが穏やかに過ごす時間の邪魔はさせない。
その間に、俺はオデットに改心して貰うための準備をしていた。
それが、とうとう出来たと絵師から連絡があったので、それを持って次にオデットが王宮のルーナの部屋に突撃してきたら見せるつもりだ。
まあそれは、すぐに訪れた。
再び王宮に現れたオデットは、いつも通り門番に、姉の体調を心配で見に来たと、姉思いの仮面を被って素通り。
ルーナに会わせたくないが、妃殿下教育という名目だけでルーナをここに留め置いている為、親の権利を出されては通さざるを得ない。
だから、何日かに1回位はルーナの元気な姿を見せるために、廊下ですれ違い様に会わせていた。
勿論、ルーナの回りを侍女で囲み、オデットが嫌みを言えない状況を作ってはいたが。
今日はオデットが来たと知らせを受けて、すぐに俺の執務室に呼んだ。
ルーナには嫉妬させないように、オデットには自意識過剰で変な勘違いさせないように、部屋の中にはトーニオ以外にも、ドレスを着て女装?したベアトリクスも同席させた。
だが、部屋に入ってきたオデットは、既に勘違いをしまくっていた。
「やっと二人きりになれたわ!! 私の気持ちを分かって下さったのね? ア・レ・ク・シ・ス・さまぁ~」
あ、そんなんじゃないから。
体も心も拒否していると、皮膚は鳥肌、心臓はざらりざらりと脈を打つんだな。初めて知ったよ。
「よく見てくれ、二人きりではない」
最初に釘を打っておかないと、妄想が過激になりそうだ。
「うん、もう~。意地悪な言い方。アレクシスさまが二人っきりになりたいのに、そう出来ない辛いお立場は、理解していますわ」
口をチュッと鳴らして、更にウィンクまで。
穢らわしいキス音が耳にこびりつく。誰か耳掃除をして取り除いてくれ。
それからウィンクの衝撃を消したいから、目薬を持ってきてくれ。目を洗い流したい。
トーニオも同じ気持ちだったのだろう、目をごしごし擦っている。
ベアトリクスなどは、胸焼けしたのか嘔吐いていた。
「ルーナがいるから、辛い立場というのは君の勘違いだ。私はルーナを大切に思っている」
ここはしっかりオデットに、理解させておきたい。
しかし、オデットは全く分かっていないようだ。
「アレクシスさまの言いたい事は分かっているのよ。無理なさらないで~」
話が通じない。もう、本題に戻ろう。
「それよりも、今日ここに来て貰ったのは、これをオデット、君に見せたかったからだ」
俺は一冊の本をテーブルに置いた。
その本の題名は『間違った人生』というタイトルだ。
「まあ、私にプレゼントですか?」
嬉しそうに受け取り、それが絵本だと分かると途端に興味を失くす。
見ただけで、本だと分かりそうなのに、宝石や貴金属の類いだと思っていたようだ。
怪訝な顔をして、オデットが手に取り本を捲る。
「これは?」
オデットには気持ち悪い内容だろう。
本の挿し絵の女性はオデットそっくりに描かれているし、登場人物もそっくりだ。
主人公の名前はオレットと少しだけ変更しているが、本人ならば自分自身だと気が付くはずだ。
その『間違った人生』のストーリーは、姉に固執し、姉に取って替わろうとした妹のオレットが、聖女にもなれず、最後には友人にも見放され寂しい人生を送る。と言ったものだった。
絵本のような簡単な読み物だったから、すぐにオデットは読み終わり、顔を上げた。
「どういう意図がありますの? この内容・・妹は本物の聖女になれないから、王子さまは手に入らないってことですよね?」
少し悲しげな顔をしたオデットが、ため息をついて尋ねる。
「ああ、俺にはルーナ以外の女性を娶る気はない。でもルーナの妹である君にも幸せになって欲しいと考えている。なので、この本を作ったのだ。・・君はこのまま行けば破滅の人生を迎えるだろう。だから考えてほしかったのだ。君はどうして姉に執着するのだ? 君はルーナではない。君は聖女でもない。だから君は君の・・オデットの人生を生きて欲しいのだ。君は俺やルーナに固執せずに生きれば、きっと素晴らしい人生が送れると信じている」
絵本をじっと凝視して動かないオデット。
あまりにも動かないから、人形にでもなったのかと思った程だ。
暫くすると、オデットの瞳から、涙が一筋流れた。
「私は、ずううっとお姉さまと仲良くしたかった。でも、お母さまから私の方がアレクシスさまにはお似合いなのだと言われ続ける内に、アレクシスさまを譲って下さらないお姉さまが、憎らしくなっていたの。でも、漸く目が覚めたわ。そうよね、私は私らしく生きてもいいんですよね?」
そういって微笑むオデットの顔は、幼く見えた。
「ああ、君はオデットで、これからは自分らしく生きればいい」
オデットが小さく「はい」と答えた。
それから、「私、お姉さまに今まで酷い事を言ってきた事をお詫びしたいんですが、邪魔にならないようにすぐに帰ります。だからお姉さまにお会いしてもいいですか?」
と神妙な面持ちで尋ねてくるので、ベアトリクスを連れてなら、改心したのか見るためにもいい機会だと思い、ルーナに会わせることにした。
ルーナに会ったオデットは、幼児のように絵本を胸に抱いたまま、ルーナに今までの事を謝罪したのだ。
「お姉さま、私がいかに無謀な夢を抱いていたのか分かりました。聖女はルーナお姉さまで、私は違うってことを受け入れられずにいたの。でも、ルーナお姉さまが本当の聖女って分かってたんです。だから、今日から私を妹として、また会ったりお喋りしたりして貰えませんか?」
ルーナは目を見開き、本当に嬉しそうに頷いたと、ベアトリクスから連絡を受けた。
長年抱えていた姉妹の溝が、少しずつでも埋まってくれれば嬉しいものだ。
俺はホクホクとしていた。
トーニオも、「良かったですね。長年ルーナ様が悩んでいた事に、漸く終止符が打てそうですね」とにっこりだ。
だが、ここでベアトリクスだけは、鼻で笑っていた。
「ふんっ!! ばっかじゃないの?
あんな真性性悪女は何度生まれ変わっても、心臓を取り出して洗濯しても、根性は真っ黒で変わらないわよ。それなのに、たかが絵本で変わったと思うなんて、やっぱり男って騙されやすいんだから」
思いっきり俺達の事をバカにして、ドアをバーンと閉めて出て行った。
男二人は呆気に取られ、お互いに顔を見合わせた。
「え? でも、改心してたよな?」
「していたように見受けたのですが・・・。私も騙されたのでしょうか?」