02 クズ王子 復活
『ガンッ』
くううーー。
痛む頭を押さえる。
「まあ! アレク様、大丈夫ですか?」
懐かしい乳母の声が聞こえると同時に、温かな手が俺の頭を擦った。
「痛くありませんか? 本棚からこんな大きな本が落ちるなんて!」
頭はひりひりするが、それよりももっと気にかかる事がある。まずはそれを先に確かめたい。
「俺、死んでない?」
「・・・。」
暫く間があった後、乳母のおおらかな笑いが漏れる。
「うふふ、アレク様ったら、死んではいませんよ。少したんこぶが出来ちゃいましたけどね。すぐに冷やしましょう」
そう言うと、乳母が部屋から出ていった。
俺は急いで鏡を見ようと探したが、いつもの場所にあった鏡がない。
自分の全身を映して、うっとりポーズを決めていた、あの姿見がないのだ。
仕方なくドレッサーの鏡を見ると、そこには少年姿の俺がいた。
金髪のサラサラヘアーに、深い海を思わせる青い瞳。艶やかなキメの揃った肌に、頬は可愛らしい桃色。
「はー・・、俺って幼少期から可愛かったんだよな。」
鏡に向かってウィンク。
再び角度を変えて・・・。
「ちがぁーーう! そうじゃない!」
自分の愛らしさに、また勘違いナルシストワールドを発動しそうになった。
いや、既に発動していたな。
我に返った俺は、これが夢なのか、それとも現実なのかわからず、頬をつねる。
痛い・・・。
では、時間が巻き戻ったとでもいうのか?
それなら、今はいつなんだ?
何か、手がかりになる物はないかと机を漁るが、俺は日記をつけていない。
しかも勉強も嫌いでこの部屋に、筆記用具すらないのだ。
仕方がないので、乳母が帰ってくるのを待った。
冷やしたタオルを持ってきた乳母に、色々聞いて分かったが、今の年齢は12歳。
そして、まだ婚約者のルーナには会っていないようだ。
助かった・・・。
俺はルーナに会った時から、色々とやらかしているから、その前だとありがたいのだ。
俺は長い間、ルーナには本当に酷い事をしていた。
だから、この人生では彼女を守りつつ、いつか彼女をモランルーセル国のイケメン王子の元に行けるようにしてあげよう。
人生最後の日に見たルーナは、本当に美しかった。
俺ではあれほどの笑顔を引き出すことは出来ないだろうから。
やり直し人生は、ルーナへの罪滅ぼしでもある。
うんうんと一人納得していたら、コンコンコンと連打のノックの後、返事もまだなのに、侍従のトーニオ・チレアが勢い良く入ってきた。
「アレク様、頭をお怪我されたと聞きました。大丈夫ですか?」
心配だったのは分かるが、その手に持っている大量の薬草は?
「母上、この薬草を磨り潰してアレク様に差し上げて下さい」
乳母に薬草を渡し、自分は俺のおでこに手を当てて、熱がないかを確かめている。
トーニオは俺より1ヶ月早く生まれた侍従だ。
1ヶ月早いだけなのに、いつも俺を弟かなにかのように世話を焼きたがる。
これが鬱陶しい時もあったが、今は純粋に嬉しい。
口煩く俺に注意してくれていたのは、考えてみればトーニオだけだった。他の奴らは、俺が馬鹿な事をやっていても、にやにやと笑っているだけ。
たまに俺が何かを相談しても「殿下の思ったまま行動しても良いかと存じます」で片付けていた。
皆、俺のすることに関わりたくなかったんだろうな。
本気で怒ってくれたのも、真剣に考えてくれていたのもトーニオだけだった。
「トーニオ、ありがとう」
「は? ・・・ど、どうしたのですか?」
本気で熱があると思ったのか、俺を慌ててベッドに寝かそうとする。
「ち違う、熱なんかない。それにおかしくもない」
「だって、変じゃないですか? アレク様が感謝の言葉を言うなんて・・」
本気で心配してくれるのは、ありがたいが、俺だって感謝もすれば謝罪もする・・・?
あれ?
俺は誰かに感謝の言葉や謝罪の言葉を口にした事はあったかな?
なかったな・・・。
俺は人として最低な奴だった。俺のすることは全て正しくて、間違った行動をした自覚もない。だから謝るなんてしたことがない。俺は王子で高貴な生まれだからと、してもらって当然だと思っていた。だからありがとうと言うこともない。
それが当たり前と思っていた俺って・・。
改めて自分のくずっぷりに愕然として、落ち込んだ。
いや、折角もらった2度目の人生。
ちゃんと礼儀を覚えて生きるのだ。
俺は拳を作って、天井に向けて突き上げた。
「やはり、今日のアレク様は異常です。医者を呼びましょう」
「必要ないから・・・」
「いえ、明日は大事な婚約者の方とお会いになる日です。それまでになんとか頭の方を治しておかないと」
「トーニオ、流石に俺はそこまで馬鹿じゃない」
前は馬鹿だったけど・・・
「え? たんこぶを治しておかないと、大変ですよ?」
ああ、そっちか。
前世の記憶のせいで、どうも邪推してしまう。
カファロ家の長女のルーナが、洗礼で聖女と判定されて以来、俺の婚約者と決まっていたのだが、今日が最初の顔合わせの日だった。
俺の傍若無人ぶりが落ち着くのを待っていたら、この年になっていたのだが、そんなことは全く知らないでいた。
俺には興味もない話だったし。
顔合わせの当日。
俺の婚約者で、聖女のルーナ・カファロとは、屋敷の庭園で会った。
目の前には、時間が巻き戻る前と全く同じシチュエーション。
ルーナは驚くほど痩せていた。
俺と同じ年齢だが、かなり小さく感じる。
真っ白でリボン一つない地味なワンピースで、更に顔も青白くて、以前は、痩せた銀狐のようだと思っていた。
薄い水色の髪は手入れもしていないのか、もつれてくすんでいる。
黄金色の瞳は陰りで、ただの茶色にしか見えない。
以前は彼女を見た瞬間に、顔を顰めて、嫌味のつもりでため息をついて見せ、『これが俺の婚約者だと? もっとマシなのは居なかったのか?』と盛大に嫌みなことを言ったのだった。
子供だからと許される行為ではない。もう12歳だったなら、言って良い事と悪い事くらい分かるはずだったが、何故あんな事を言ってしまったのか。
そうだ、そもそも俺が口にした事は正しいと思っていたので、俺が言って悪い事など存在しなかったんだ。
糞みたいな考えだったな。
以前の自分自身に反省中だったその時、甘ったるい声が庭園に響いた。
「えー、あの方が王子さまなのー」
美しい花壇から、無邪気に入ってくるルーナの一つ下の妹のオデット。
姉の簡素な服に対し、妹のオデットの服はフリルとリボンをふんだんに使ったピンクのドレス。
血色も良く、健康そうな肌に茶色の髪と瞳は愛嬌たっぷりだ。
以前は「どうして妹の方が婚約者じゃないんだ」とがっかりして、ルーナを見比べたものだ。
でも、今なら分かる。
姉妹でこうも違う理由を。
間違いない。ルーナは虐待されている。
最低限の手入れしかしていないルーナの髪に対し、オデットは王都で流行りのオイルを使っているんだ。
おしゃれが大好きだった俺は、この差がすぐにわかっていたのだが、単にルーナはおしゃれに気も使わないタイプの人間なのだと、残念に思っただけだった。
だからこそ、俺には似つかわしくないと、冷たい態度を取ってしまい、オデットの可愛らしさに目がいったんだな。
ルーナの今の状況をじっくり確認しようと、じっと眺めていたのがオデットには気にくわないようで、ルーナを押し退けて俺に近付いてきた。
「ねえ、王子さま。私が屋敷をご案内してあげる」
積極的に俺の腕に、自分の腕を絡ませるオデット。
普通の王族ならこの馴れ馴れしさに警戒するが、以前の俺は違った。
このオデットの行為に、昔の俺はデレデレになってしまったのだ。
昔の俺、チョロ過ぎるだろう。
良く見ろよ、獲物を見るような野性的で攻撃的な目を。
更に、チラッと義理の姉に向けた、勝ち誇った嫌味な口角の上げ方を。
どうして、前はどれも見逃したんだ?
オデットの強引な行動に、軽く10歩は進んでしまった。
慌てて足に力を入れて止まり、ルーナを振り返る。
彼女は目に涙を溜めていた。
しまったああああ。
いきなり、泣かしてしまったぁぁーー。
オデットの腕を振り払い、慌ててルーナの元に掛け戻る。
「ごめんね。泣かないで。違う、違うんだ。君を置いて行こうとしたんじゃないよ。俺は君に屋敷を案内してもらいたいんだ。いいかな?」
ルーナは大きく目を開き、そして嬉しそうに微笑むと、更に涙を溢した。
えええーー。
なんでなんで、涙が増えた? なんで泣いてる?
おたおたする姿が可笑しかったのか、ルーナは「ごめんなさい。これは嬉涙です」と報告してくれた。
「ああ、そうなのか・・・焦ったよ」
すぐに気持ちを持ち直して、俺はルーナの手を握る。
「さあ、ルーナが屋敷を案内してよ」
屋敷に向かって歩き出したが、屋敷の玄関に入ったところで、執事に止められた。
「申し訳ございません。本日、屋敷のフローリングにワックスを塗る作業中でして、アレクシス王子殿下の喉を痛めることになりかねません。本日は、是非庭園を御散策頂ければ幸いです」
え?
前はオデットと一緒に屋敷に入って、オデットの部屋に案内されたはず・・・。
そう、前の俺は、婚約者の部屋も見ずに、その妹の部屋に入り浸っていたのだ・・・そして、婚約者の部屋を見ることなく帰った。
なんて、クズッぷりを発揮してたのだ。
だが、どうして今回は屋敷に入れないのだ?
もしかして・・。
ルーナの部屋は見せられないという事か?
「ほーう。俺がここに今日来ると分かっていて、わざわざワックス掛けをしているのか?」
俺が言い返すとは思わなかったのだろう。執事は焦って玄関脇の小部屋を横目で見る。
きっと、カファロ夫人が俺たちの様子を見ていたに違いない。
そして、俺がオデットと来れば屋敷に案内されたはず。
もし、ルーナが来れば入れるなと命令していたのだ。
屋敷に入れないという、この判断は目の前の失礼な執事のものではなく、夫人の意見だ。
このまま、突入してやろうかと思ったが、ルーナが俺の腕を掴んで止めている。
しかも、その顔には恐怖の色が浮かんでいるではないか。
彼女にこれ以上、怖い思いはさせたくない。
俺はため息をついた。
「今日は天気がいい。屋敷の中に入って遊ぶより、庭園を見て回ろう」
俺の一言で、ルーナの表情が安堵に変わる。
今日は助けてあげられないが、絶対にここからルーナを救わなければ、と心に誓ったのだった。
以前の小説を読んで頂いた方は、もうご存知だと思いますが、誤字脱字がめちゃ多いです。
なので、お願いします!
他力本願ですみませんが、誤字脱字見つけた方、是非誤字脱字報告を宜しくお願いします!