18
モランルーセルの湖の浄化作業は、ルーナの頑張りのお陰で、終了しそうだ。
俺は毎日、浄化作業を終えたルーナを王宮のあちらこちらと連れ回した。
疲れているとは思ったが、これもルーナがこの後この国に嫁いだ時に、好感度を上げておくためだ。
ルーナはちょっとばかり、あの毒家族のせいで、人見知りなところがある。
だから、ここの侍女や使用人に馴染ませて、味方を沢山作っておかないといけないんだ。
「ルーナ、また今日も出掛けて見ないか? もし辛かった止めにするが・・。」
俺が誘うとルーナは嬉しそうに立ち上がり傍に来た。
「アレクシス殿下が一緒なら、どこにでも行きたいです」
「勿論だ。一人で外に出すわけがないだろう。慣れたとは言え、ここは他国だ。だから俺が傍にいて守るからな」
それとルーナの未来の
「・・・はい。嬉しいです」
ルーナが自国以上に距離を詰めて、頬を染めて俺の傍に寄り添う。
うーん、やはり他国では緊張しているんだな。
俺は守るように、ルーナの細い肩を抱いて、外に出た。
「今日は美味しい料理を作ってくれている厨房に行こうと思っているんだ。どんな人達が料理を作っているのか知っていた方が良いだろう」
この後、ルーナがここでずーっと暮らすことになれば、料理長を知っていれば、体調が悪い時に味付けなども気遣って貰えるだろうからな。
ふふふ、ルーナの健康は食事からだ。
俺は先触れを出して、厨房に向かった。
料理長は俺達が着くと、真っ青な顔でぶるぶると震え、コック帽を両手で持って項垂れている。
あれ?
作業の手を止めること無く待っていてくれと俺は連絡したのだが?
俺が戸惑っていると、料理長一同一斉に頭を下げて泣き出さんばかりに謝罪を始めた。
「申し訳ございません。何か料理に不手際があったのでしょうか?」
俺より先にルーナが動いた。
「私たちがここに来たのは、いつも美味しい料理を作っている皆さんにお礼を述べたくて、ここに来たのです。急に押し掛けて、申し訳ございませんでした」
ルーナの言葉に料理長が頭を上げた。
だが、恐る恐る俺を見ている。
つまりルーナはそう言っても、俺が怒っているからここに来た可能性が残っている為に、低姿勢を崩せないようだ。
「俺も同じ意見だ。ここの料理は繊細でとても手間暇掛けた料理だ。そのお礼と見学を兼ねて、来たのだがいいだろうか?」
料理長と他の料理人は心の底からほっと安堵した様子だった。
安心したら、途端に笑顔になり俺たちを厨房に招き入れちょうど作っていたスイーツを説明してくれた。
「今日は豆乳を固め、更に小豆を乗せた物を今日のデザートにしようと作っているところだったんです。豆乳を味見しますか?」
俺はルーナより先にその豆乳を口にいれた。
万が一の毒味だ。
「うん、旨い。ルーナもどうだ?」
俺がスプーンにとって差し出すと、ルーナはそのまま口にいれた。
料理人が大勢いる中での公開あーんに、ルーナは気がついていない。
おいおい、天然が過ぎるぞぉ!!
俺は顔が赤くなっていないか心配だったが、今俺がおたおたするとルーナが恥を掻く。
俺は全く動じていない風を装うのに必死なのに、ルーナは頬を押さえてモグモグしている。
くっ。可愛い。
っっ小動物かーーー。
リス?ウサギ?モモンガ?
いや、それを上回る可愛さだろう!!!!
脳内でじたばたしていたが、平静を装った俺って、凄い。
「本当に、美味しいですわ。この上に更にアズキというものが乗せられて完成なのですね? とても楽しみです」
ほわほわ笑うルーナに、厨房の雰囲気も温かくなる。
さっきまでの殺伐とした緊張感など、ルーナのお陰で吹っ飛んだ。
さすがルーナだ。
彼女の魅力にこの厨房も大丈夫だろう。
ここはコンプリートだ。
確かに、ルーナの人気を上げるのは成功した。
だが、これにより俺の株も急上昇していたとは全く知らなかった。
あのバデウースは食事で気に入らなければ、料理した人間を折檻していたのだ。
勿論、美味しい食事を作ったことに感謝するなんてない。
しかも、厨房に押し掛けて目の前で作らせたものも、必ず毒味役に食べさせてから食べた。
料理人足るもの、調理にプライドを持っていた。
だから、作った料理に毒を入れるなんてあり得なかった。
しかし、俺はルーナのために真っ先に食べたことで料理人達が喜んだというのだ。
その話を聞いて、少し申し訳なく思った。
俺も毒を疑ったしな。
まあ、結果オーライだ。
よし、次に行こう。
こんな遣り取りを続け、ルーナはどこに行っても好意的に受け入れて貰えた。
よしよし、これで後はエティエンヌ王子とルーナがくっつけば俺の役目も終わりって訳だ。
うっっ。
寒い。
今体の中を木枯らしが吹いたように寒くなったのだが、なんだ?何が起こったのだ?
俺はここで気がついた。
俺が寒いと感じるなら、ルーナはもっと寒いだろう。
「ルーナ、少しここで待ってて欲しい。すぐに戻る。ベアトリクス、マリー、ルーナを頼んだぞ」
俺は自らルーナの肩掛けの変わりになるものを探しに行った。
そして、戻るとルーナの隣にエティエンヌが立っていて楽しそうに話している。
ああ、もういい雰囲気じゃないか。
俺は足を止めたまま、二人の遣り取りを見ていた。
立ち聞きなんて王子のすることじゃないのはよく分かっている。
だが、どうしても前にも後ろにも移動できなかった。
何故かルーナに肩掛けを渡さなければならないと強く思って、一歩踏み出した。
その時、ルーナがバランスを崩し倒れそうになったところをエティエンヌが抱き止めた。
しかも、二人はどうしたことか抱き合ったまま離れない。
しかも、間が悪い事に抱き合った二人と俺は目が合ってしまった。
だが、二人は寄り添ったまま離れない。
離れろ!!
と怒鳴りたい自分と
二人の邪魔をするな
と言う自分がいて・・・。
最終的に俺は二人に、何故か微笑んで、さらに『分かっている』とでも言うように頷いて二人から離れた。
何を傷付いているんだ。
これが俺の望んでいたことだろ?
そうだ、これでいいんだ。
ルーナが望めば、ここにルーナを置いて一人でオルランド国に帰ればいい。
キリキリ痛む胃は、今日の朝食が甘すぎたせいだ。
胸がズキズキ痛むのは、少し走った動悸のせいだ。
心が寂しいのは・・・。
ルーナが居なくて寂しいのなら、ルーナに帰国を強制すればきっと逆らわずついてくる。
ルーナに帰るぞと言えばいいのだ。
・・・・・。
俺は本当にダメなヤツだ。
一度目の人生でルーナを傷付けて、今度は幸せにするのだと心に決めていたのに、いざって時に手放せないなんて・・・。
俺の中であらゆる気持ちが浮き沈みし、葛藤していると扉が開いた。
俺は期待してそちらを見たが、ルーナではなかった。
護衛に付けていたマリーノだった。
「どうした?」
気落ちしながら尋ねる。
「大変です。先程、ルーナ様がアレクシス様を追い掛けたので、すぐに私達もその後を追ったのですが、まるで消えたようにいなくなったのです!!」
「な・・なに?」
俺の目の前が真っ暗になった。
ルーナがいなくなった?
投稿が休みがちですみません!