15 そういうところ
エティエンヌは、自国の状況を丁寧に分かりやすくルーナに説明をしている。
ルーナはその話をじっと聞いていた。珍しくベアトリクスも大人しくじっとしている。
エティエンヌは飲み水の汚染問題の他に、現在のモランルーセル王国が自分と第一王子のバデウース王子と争っていて、情勢が不安定なことまで隠すことなく説明をしていた。
エティエンヌのいいところは、包み隠さず話たうえで、きちんと相手の返事を待つところだ。
まあ、エティエンヌが言わなきゃ俺が言ってたけど。
「ルーナ。返事は今しなくていい。猶予は一日くらいしか与えてあげられないけれど、よく考えて。ルーナが断っても他に出来ることはいくらでもあるからね。後で俺がその返事を聞きにいくから」
そう言ったけれど、やはりルーナの答えは決まってた。
「いいえ、飲み水がなくなる前に、私はモランルーセル王国に早く行きたいと思います。それと、アレクシス殿下はこの国の王太子です。そんな大切な方を連れていくわけにはいきません。ですから私は一人でモランルーセル王国に参ります」
ルーナがモランルーセル国に行くと言うのは分かっていた。
だが、一人で行くと言い出すとは思ってもおらず、俺はつい大きな声で拒否してしまった。
「それは出来ない!! 大事な婚約者を一人で行かせたとあっては、男の沽券に関わる問題だ。それに、俺はルーナのそばを離れられない」
ルーナとエティエンヌの二人が上手く行くように誘導しなければいけないのに、ルーナから離れるわけがないだろう。
俺がふんすと言い終わると、なぜかルーナとエティエンヌの二人が真っ赤な顔をしている。
あれ?
二人してもうそんなに意識をしているのか?
よい傾向だな。
「では、ルーナ。急ぎ日程を後に知らせる。明日の朝、出立するので用意をしておいてくれ。ルーナは連れていく侍女も僅かで申し訳ないが3人ほど決めてくれ」
「はい、分かりました」
「はいはーい、ルーナ様の護衛は私がつくんでよろしくね。殿下!! 付いて離れず護衛しますわ。ルーナ様」
「そこは付かず離れずだろう!」
俺はすっかり護衛女子のベアトリクス・デ・バッケル嬢の事を忘れていた。大人しいと思っていたら、ルーナとずっと一緒にいるつもりらしい。
だが、彼女の腕前は本物だ。
女性騎士は最低でも2人必要だし、ルーナと仲がいいし、侍女を減らしたのだからこれでいいか。
「では、バッケル嬢。あなたにも今回のルーナの護衛を要請する。頼めるか?」
「勿論です」
にんまり笑うベアトリクスが、怖い。
「悪いがエティエンヌ殿下を一刻も早く国許に返したいので、明日の朝出立するぞ。いいか?」
ルーナとベアトリクスに言うと二人は揃って頷いた。
これでよしっと。
エティエンヌの方を向けば、耳まで赤く狼狽えている。
これは、もう恋に落ちてる事間違いなしじゃないか。
一方ルーナを見れば、急いで本を片付けて全く興味なしって感じだ。
まだ会ったばかりだ。
これからだな。
エティエンヌ、頑張れ。
王宮に帰るとすぐにエティエンヌが俺の部屋にやって来た。
「お忙しいところ誠に申し訳ない。どうしても聞いておきたいことがあり、アレクシス殿下のお時間を頂きました」
と、恐縮するエティエンヌ。
「俺に聞きたいこととは何ですか?」
「我が国との繋がりは、この国ではそれほど重視することもないでしょう。なのに、これ程までに、私に力を貸してくれる理由が知りたくて・・・」
なるほどな。エティエンヌはこんなに早く聖女を連れてきてくれる段取りをしてくれたのが不思議で仕方がないようなのだ。
きっと何か思惑でもあるのではと疑われているのか?
後に俺がモランルーセル王国を乗っ取るつもりじゃないかとでも思われているのか?
俺はじっとエティエンヌ王子の目を見て話す。
「俺は、あなたが誠実で誰よりも国を大事に思っているかを知っている。そして、大事な宝が何か(宝とはルーナだ)。それ(ルーナ)をどう守るべきか。そしてそのためにはどう進むべきかを知っている人物だと分かっている。俺も
エティエンヌの瞳が、うっすらと揺れる。
涙なのか?
そう思ったが、すぐにエティエンヌが袖口で顔を拭いて、俺をまっすぐに見た。
「私ももちろん宝物(国民)を守りたい気持ちは誰にも負けないつもりです。国を豊かにして、宝物(国民)を笑顔にしたい。・・・私は今とても恥ずかしい。アレクシス殿下の想いがこんなにも大きく、そして、その愛が私どもにも向けて下さっていたことを知らず・・疑っていた。この度の事本当に感謝します」
ああ、良かった。
俺が国を乗っ取ろうなど、全く考えてないことを理解してくれたみたいだ。
以前の俺なら、色々とやらかしているから、疑われても仕方ないが、話せば分かってくれたな。
朝早く、靄の立ち込める中、俺たちは商人の一行として出立。
隣国のコマンディーニ王国に、通行許可を取っていたために、すんなりと隣国に入国し、宿に泊まれた。
この国で2泊目の宿、明日にはエティエンヌの国に入国だ。
ここで、俺はルーナの部屋を訪れた。
「ルーナ、明日にはモランルーセルに入る。そこで気をつけて欲しいことがある。バデウース第一王子に気をつけて欲しいんだ。あの男は女と見れば見境がない。だから、絶対に一人で行動はするな。いつも5人以上で行動して欲しい。なるべく俺がそばにいて守るようにするが、でも、何があるか分からない。それと、、これを持っていてくれ」
俺はありったけの防御魔法を詰め込んだネックレスをルーナに見せる。
これは、オデットが何を仕掛けて来るか分からないので、前に魔法士に作らせておいたものだ。
ルーナは俺の手にあるアクセサリーをじっと見つめ受け取ろうとはしない。
少し屈み頭を下げただけだった。
趣味ではなかったのかな?
「済まない。女性の好みが分からず、魔法士が選んだ色にしてしまったのだが、色が気に入らなかったのか?それとも、デザインがシンプルすぎたのだろうか?」
侍従のトーニオが咳払いをする。
コホンコホン。
ゴホンゴホン。
ケホケホ。
「トーニオ、うるさいぞ」
「あーもう、うるさいじゃないです。ルーナ様はあなたに!! あなたにネックレスを掛けて欲しいと言ってるんです!!」
え?そうなの?
「そうなのか?」
「はい、殿下が作って下さったネックレス。どうぞ、私に掛けて下さい」
俺はただ、ネックレスを掛けるだけなのに、緊張してしまった。
ルーナの首もとが赤い。
「なんて事だ!! ルーナ、首が赤くなっている。もしかして金属アレルギーが出たかも知れん」
俺が慌ててそのネックレスを外そうとすれば、ルーナが後ろに下がる。
「金属アレルギーじゃありません!!」
「違うのか? そう言えば、顔も赤いし、大丈夫か?」
俺の言葉を遮るように、ルーナが俺の手を両手で包み込むように握った。
その手は熱いようにさえ感じる。
そして、じっと俺の顔を覗き込み、窺うようにみるのだ。
「なんて事だ。手が熱い。熱があるのではないか? しかも、瞳が虚ろなようだ。トーニオ、すぐに医師を呼べ!」
アクセサリーから魔法の何かが漏れて体調を悪くしたのでは?
「・・・、殿下なんて・・・殿下なんて・・」
ルーナが急に部屋を出ていってしまった。
「トーニオ、ルーナの気分が悪そうだ。すぐに医師を向かわせろ。しかし、何故ルーナは部屋から出ていったのだ?」
「はー・・。殿下の悪いところが出ましたね・・」
トーニオの肩ががっくりと下がりきっている。
「え? 俺のどこが悪かったのだ?」
全く分からない。俺なりに、ルーナの体調を気遣っただけではないか。
「そういうところですよ」
トーニオまでなんだよ?
教えてくれてもいいじゃないか?
分からん。
『そういうところ』がどういうところなのか、誰か分かりやすく丁寧に、教えてくれ。