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14 エティエンヌ王子が来た


明日から夏休みだという時に、エティエンヌ・モランルーセル第2王子が、我がオルランド王国に秘密裏にやってきた。


この情報は、俺の優秀な密偵マリーノによってもたらされたものだ。

「現在王子様は、王宮近くの宿に入ったところよ。そして、密かに我が国王と接触するために、連絡を取ろうとしているみたいなの」


「よくエティエンヌ王子の変装を見抜いたな。マリーノ」

「あら、嫌だわ。マリーって呼んで」

密偵マリーノは、結びもしてない長い金髪ストレートを手で、後ろにかき分けた。

「すまない、マリー」

この密偵、男にしておくには勿体無いほど美しい。

だが、やり手で少~し面倒臭い。


女子生徒が近くにいると、「香水臭い小娘」だとか「化粧を落とせばただの猿だ」とか、女性をあげつらう言葉の数々は無限大に持っている。

まあ、ルーナは特別なのか流石に文句は言ってこない。


前世で密偵を使ったことがなかったけれど、俺の所業を確かめるため父は俺に密偵をつけていた。

父は密偵から語られた俺の行動に、どれ程頭を悩ませていたんだろう。

本当に親不孝だったと思う。

あっと、今は反省なんてしている場合じゃなかった。


この時期のエティエンヌは、まだ王太子ではない。

第1王子のバデウースと覇権争いの真っ最中のはずだ。

だから、この時期に危険を侵してオルランド王国に来るなんて、前世ではなかった。


密かに入国したのだから、今回は公式訪問ではない。

この覇権争いの最中に来るなんて、まともに考えれば、国を留守にしている時に、第1王子に好き勝手される可能性だってあるだろう。


俺はエティエンヌの無謀な行動に腹が立ったが、思慮深い男がここまでするには訳があるはずだ。

逸早く会いに行く事にした。


言い忘れていたが、モランルーセルの第1王子のバデウースと言う男は、欲望のままに生きている奴だ。

どちらかと言えば、オデットに似ているな。

それこそ金・権力・暴力・異性のこの4つの欲が、頭の99%を占めていると言っても過言ではない。


我が王国としても、バデウースが次期国王になるのは、避けたいところだ。


それに俺にしても、ルーナの夫となる人物が、強欲バデウースの下に屈服させられるのは避けたい。

ルーナの幸せとエティエンヌの幸せは一蓮托生だからな。


俺は先触れもなく、エティエンヌの在中している宿に乗り込んだ。


エティエンヌの泊まっている部屋の

扉をノックする。

中からの警戒して、剣を抜く物音がした。


そりゃそうだ。

覇権争い中の一国の王子が、密かに泊まっている宿に勝手に来る者がいたら、それは暗殺者と相場が決まっている。

警戒を解いてもらうために、俺は早く名乗った。

「俺はアレクシス・オルランドだ。エティエンヌ殿下に一刻も早く目通りたくて失礼を承知でここに来た。入室の許可を頂けないだろうか?」


部屋の中からは戸惑っているのが分かる。

だが、すぐに「どうぞ」と若い男の声がした。


部屋の中には3人の男がいた。

2人はまだ剣を構えたままで、一人の若い男は粗末な木の椅子に腰掛けている。


座っている男がエティエンヌ第2王子だ。

前に(前世)見たよりも若い感じだが、それでも思慮深い感じはそのままだった。


エティエンヌは俺を見ると、すぐに剣を収めるように警護の二人に手で制し、立ち上がった。


「私はモランルーセル王国の第2王子、エティエンヌと申します。何の前触れもなくこの国に入国した責めは、私がこの身で・・」

俺は慌ててエティエンヌ王子が頭を下げるのを、止める。


そうだよな。泊まっている部屋にその国の王子が連絡なく乗り込んできたら、いきなりの入国を責めるために来たと思われるかもしれない。


俺はエティエンヌに会いに来た訳を話した。


「貴殿がこの国に来た訳は、きっと切迫した理由があっての事だとお見受けしたのだ。故に勝手ながら迎えに参りました。貴殿はこの国にとっても(ルーナにとっても)大切な方だ。このような手薄い警護では守れない。すぐに王宮に来て頂きたい」


エティエンヌ達は驚いていたが、俺の顔を見た事があるようで、すぐに信用して用意していた馬車に乗った。


少しでも時間が惜しい俺は、馬車の中で、訪問の理由を尋ねた。


「今、貴殿が置かれている派閥争いの状況を知っている。なので、すぐに我が国に来た理由を教えてくれないだろうか?手を打てるならば一分でも惜しい」


エティエンヌの喉がごくりとなる。

「私は自国であなたの御高名を何度も聞きました・・・」

エティエンヌが、俺をじっと見る。


今世では頑張っていたつもりだったが、俺のクズって噂はモランルーセルでも有名なのか?

でも、それを教えてもらってどう返事したらいいんだよ。

「ふっ・・。それは、どうも」


半笑いしか出ないぜ。


この返答に、なぜか満足そうなエティエンヌ王子。

が、すぐに状況を話だした。


「実は、飲み水に使用している湖に『腐澱魔草(スタピアノーザ)』と呼ばれる毒素を放出する魔草が増えているのです。増殖が早く撤去が間に合わず、このままでは飲み水がなくなってしまう。この根絶に、是非オルランド王国の聖女ルーナ様のお力を借りたいのです」


うーん・・?

こんな事件って前世ではなかったな。

情勢不安定な国にルーナを連れて行くのは、不安だ。

だが、このまま放置すればモランルーセル王国は弱体化。そうなればすぐに隣国の餌食だ。

モランルーセルはルーナの嫁ぎ先なのに、その国がなくなったらどうする?


前世、我が国の危機的状況に陥った際、すぐにルーナを連れてエティエンヌ王子は来てくれた。

それに、この話を聞けばルーナならば、すぐに出国するはず。


まあ、エティエンヌ王子とルーナが早めに顔を合わせて、それなりの連絡を取り合う仲になるのも悪くない。


うん、決まった。

俺はすぐに返事をする。

「困っているならば、ルーナを伴い私も一緒に行きましょう。ただし表向きはモランルーセル国王のお見舞いと言う事で・・。入国するまで俺たちの事は秘密裏に・・よろしいですか?」


エティエンヌ王子が狭い馬車の中で、膝をついて礼をした時は驚いた。

すぐにエティエンヌ王子の肩を持って、座席に座らせたよ。


「それほどまでに礼をされると困る。我が国(俺)も思惑があっての事ですよ」

俺が笑うと、エティエンヌ王子が眩しげに俺を見た。

ああ?西日が眩しいのか?

この馬車にも、カーテンが必要だな。


王宮に着いたら、すぐに親父に謁見を申し込んだ。

俺が『早急に』と頼んだら30分で『会う』と返事が来た。

流石、俺の親父は仕事が早い。


俺はエティエンヌ王子と一緒に親父の執務室に入った。

俺はすぐをに目通りを叶てくれた礼を述べる。


「陛下、急な謁見の要望をお聞きくださりありがとうございます」


「当たり前だ。アレクシスが火急と言うには何を置いてもそれを優先するぞ」

オルランド国王ともなれば、多忙なのに俺が会いたいと言っただけで、こうもすぐに会えるなんて・・・。

きっと、俺がまた何かしでかしたのだろうか?と驚いたのだろう。


「陛下、こちらがエティエンヌ・モランルーセル殿下です。こちらに来る時に、先に陛下にも連絡を入れておりますが、詳細をお聞きになりますか?」


「よい、既にアレクシスからの早馬で聞き及んでいる。後はルーナ嬢の許可を取り、出発の用意が出きれば報告してくれればそれでよい。後はアレクシスに任せた」


「勝手を申しますが、これはきっと我が国とモランルーセル王国の為になりましょう」

俺が恭しく頭を下げると親父も頷いた。


あまりの展開の早さに、エティエンヌを置き去りにしてた事を忘れてた。

そこは親父がフォロー。


「エティエンヌ殿下、遠路遙々来ていただいたが、何のおもてなしも出来ず申し訳ない。そちらの色々な問題が片付いたなら、今度は是非王太子(・・・)としての来訪をお待ちしています」

やはり、親父もバデウースよりエティエンヌ派だったんだな。


「はい、こんなにも早く快諾して頂けるとは思っていませんでした。このご恩は決して忘れません。いつか正式に訪れる時に、改めてお礼をさせていただく所存です」


とまあ、こんな感じでエティエンヌと一緒に陛下の謁見も済ませたし、後は二人でチャチャっと方針を決めて、ルーナにこの件について話をしに行く。


「なぜ、他国の私のような者のために、ここまでしていただけるのか分かりません」

エティエンヌがどうしてもそこが引っ掛かるようで、俺がここまで素早く動く理由を知りたいらしい。


ルーナの未来の旦那だからだ。

・・・とは言えない。

それにしても前の人生で、この問題は起きなかった。

つまり、自然発生ではなく、この『腐澱魔草(スタピアノーザ)』の件は人為的であるような気がしてならない。


「俺は、今回の件は人為的なものを感じる。そして、自分の国の民を危険に晒してもそんなことが出きる人物。それはバデウース第一王子だ。きっと国民が苦しむと第二王子が聖女に助けを求めて動き出すことを先読みし、第2王子がいなくなったのを見計らって、今回の『腐澱魔草(スタピアノーザ)』をあなたの仕業にしてその間に第二王子の派閥を壊滅状態にするつもりだろう。逸早くモランルーセル国に戻らなければ、エティエンヌ殿下、あなたは自国に戻れなくなる」


「・・まさか・・・そんな」

俺の説明に目を丸くして、呆然とするエティエンヌ。


俺は時間がないので、呆然としている彼に質問をする。


「君がモランルーセル国を出る時に、影武者を立てて来たかい?」


エティエンヌは、小さく首を縦に振った。

「良かった。それならば、少しは時間が稼げるし、まさかこんなに早く聖女を連れて帰って来るなんて思ってもいないだろう。エティエンヌ殿下、勝算は十分にあるぞ」

俺が笑うと、漸く固い顔がほぐれたようだ。


「あなたがいてくれたから、私は自国を救えます。本当にありがとうございます」

しかし、再び表情が固くなる。

「聖女様は、私のようなものが急に一緒では驚かれませんか?」

うむ。いきなりルーナに彼を紹介しても驚かれるだろうか。

否、将来夫婦になるもの同士、何か感じるものがあるかもしれないぞ。


「まあ、ルーナは俺が説明すれば大丈夫だ。だが、現在厄介なベアトリクスという護衛騎士見習いが付いている。その方が面倒臭いな」

 ルーナの信者であるベアトリクスが猛反対しそうだ。頭が痛いな。


「そ、その護衛の方に疑われたりしませんか? 信頼されている騎士に変に思われては、ルーナ様も色々と不安に思われるかもしれません」

エティエンヌが急にそわそわしだす。しかも、急に先ほどまでの態度とは違い、なんか気合いが入っているんだが・・。

気のせいか?

いや、気のせいじゃないな。

エティエンヌの顔が緊張で真っ赤になっているし・・。

・・・あれ? 俺はこの時を待っていたはずなんだが、心臓が苦しい。

二人を合わせると、ルーナとエティエンヌが両想いになるはずだから、それを快く送り出すんだよな?


俺はもう一度、今回のやり直し人生の目的を違わぬように、心の中で復唱した。


大丈夫だ。

胸の苦しみは、気の迷いだった。

ゴックンと喉の奥に飲みこんじまえば、平気になった。


俺が一人で心のもやもやと折り合いを着けているとエティエンヌが尋ねる。

「あの、聖女様はどちらにいらっしゃるのですか?」


「ルーナはいつも図書館にいるのですよ。本当に勤勉な婚約者で、私も気が抜けませんよ」

俺は、なぜか自分の婚約者だと強調したくて余計な一言を言ってしまう。

おいおい、本来の目的を忘れるな!!

俺に向かって、もう一人の俺が、厳しく激を飛ばす。


図書館に着くと、やはりルーナはそこにいた。

俺はほっとした。

自慢げにルーナの事は俺がよく知っているんだと言いたかった。実際に図書館に連れてきて、ルーナがいなかったら、赤っ恥もいいとこだ。


そんなことをおくびにも出さず、

「ルーナ、大事な話がある。一度この方の話を聞いて欲しい」

と余裕の微笑み。


この話はルーナの承諾があっての話だ。もし、ルーナが行きたくないというならば他の手だてを考えて、エティエンヌに支援を約束しなければならない。


三人は図書館の会議室に向かった。


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