11 オデット、入学
俺とルーナがレンドル学園に入学してから、もう1年がたった。
オデットがルーナの友人を自分の陣営に引き込もうとしたが、あえなく失敗。
それに懲りたのか、ルーナの友人に手を出す事もない。
だから俺にとっても、ルーナにとっても、とても楽しい1年間だった。
学園の中はルーナを目の敵にするカファロ家はいないし、ルーナがのびのびと楽しそうにしている姿を見るとほっとする。
本当に穏やかな一年だった。
ここまでは・・・だ。
新入生を迎えるのだが、早生まれの俺の弟のダニエル・オルランドは良いとして、とうとうルーナの妹のオデットが入学してくる。
この一年でルーナの心もかなり癒されたと思っていたが、実際にオデットの入学が近付くと、ルーナは日に日に考え事が多くなり、元気がなくなっていった。
きっと義妹の入学を考えると、悩みと不安で押し潰されそうなのかも知れない。
ルーナ以外にはオデットは害悪がないのだから。
そうこうしている内に、あっという間にオデットは入学し、気が付けば既に1ヶ月が経過していた。
だが、恐ろしいほどに何の問題もなく彼女は過ごしている。
ルーナ以外にはオデットは害悪がないのだから。
友人を作ったりと、オデットは普通の学園生活を楽しんでいた。
前世で連れていた取り巻きもいるが、新しく友人と呼べる者もいるようだ。
きっと今は、多くの支援者が欲しいのだろう。あのオデットが楽しく普通の学園生活を考えているなんて有り得ない。
現役のクズの考え方など、元クズは手に取るように理解できるのだ。
前世では俺がいた所為で、すぐにオデットはルーナに攻撃を開始した。
今、それをしないのは俺という後ろ楯がいないからだ。
今背では、俺と繋がりがないので焦ったのか、入学当初、うんざりする程待ち伏せされて、あの手この手で俺の気を引こうとしていたが、俺はあくまで婚約者のルーナが第一であるという姿勢を崩さなかった。
だから、本来の気性を隠して、必死に地盤を固めていると言ったところだな。
まあ、それも想定内。
すでに、オデットが友人だと思っている生徒の中には俺の手の者もいる。
これからはオデットの動きに警戒していれば、余程のことは起こらないだろう。以前は問題を起こしても、俺がオデットの不利にならないように手を回していたが、今回何かやらかせば、自分に直接責任を取らされるのだから。
そんな風に考えていた夏休み目前のある日。
昼休みに生徒が噴水広場に、涼を求めて集まっていた。
ルーナもカルメンと噴水の近くに立って、アダルジーザを待っていた。
初夏の気持ちのいい風。そして、光る噴水の水しぶき。
今日ものんびりとした学園生活の日常だった。
だが、それも終わりを告げる。
俺はあまりにも気を抜いていた。
オデットがこんな呑気な日常をどう思うのか知っていた癖に、すっかりと忘れてしたのだ。
それは突然だった。
「きゃーぁぁぁ」
バッシャーーン!!
噴水に飛び込んだのはオデット。
勿論、自分でダイビング。
時期もきちんと見計らって、風邪を引くはずのない初夏の夏日に決めていた。
そして、自作自演のオデット劇場が幕を開いた。
「酷い・・酷いわお姉さま。私はルーナお姉さまに話し掛けようと近付いただけなのに・・・」
ルーナは、全く身に覚えのないことで責められて、理解できない。
それで、オデットの言葉に恐る恐る尋ねる。
「あの、私が何を・・?」
「こんな人前で噴水に突き飛ばすなんて、私が学園に来た事を怒っているのね? ごめんなさい」
「え? 私は何も・・」
ルーナに答えさせる間を与えない。
ここで、もう一人の役者が舞台に上がる。
「僕は見ていたよ。ルーナ様がオデットを突き飛ばした所を!!」」
ルーナはここでオデットが、自分を
犯人にしたて上げようとしているのをがわかった。
昔、カファロ家の屋敷で行われていたパーティーで散々されていた嫌がらせの一つだったのに、幸せな毎日に、悪意がすぐ近くにあることを察知できなくなっていた。
おろおろするルーナを見て、ほくそ笑むオデットに、俺は自分の不甲斐なさを改めて思い知る。
ルーナが震えている。
この場面・・・。時期は違うが見覚えがある。
俺のクズな前世での行動の一つ一つを嫌になるくらい、鮮やかに思い出した。
俺のしたこと・・・。
それはすぐに噴水の中に浸かったままのオデットを救うべく、自ら噴水に入って抱き上げた。
そして、呆然と震えて見ているルーナに恫喝した。
「なぜこんなことをしたのだ!!」
そうだ・・・
思い出したくない。
俺は、彼女に酷いことを言った。
いつも、傷付ける言葉を投げ付けたのだ。
しかし、今は違うと思いたい。
彼女をもう傷付けない。間違えない。
俺は噴水の中で震えているが、挑戦的な瞳を輝かせてワクワクしているオデットに向かう。
そのまま濡れるのを構わず噴水の中へ。
そして、オデットを抱き上げた。
オデットは何を勘違いしているのか、勝ち誇った顔でルーナを見下ろしている。
だが、俺は外で待機している近くの騎士にオデットを渡し、保健室へ連れていけと指示を出した。
「え? 待ってくださいアレクシス殿下。私は貴方に連れていって欲しいのです。・・・離れたくないわ」
わざとらしく俺の袖を掴んだままでいるが、そのなんとわざとらしい哀願するような表情。
口は小さく引き締め怖がっているような・・そして眉を下げて懇願しているような・・瞳を潤ませて泣きそうな・・・。
・・・だがその奥に潜む浅ましい駆け引きの性根が透けて見える。
見る者が見たら、これを「あざとい」と一蹴するようだ。
残念ながら、前世の俺はこの表情を見て、庇護欲を掻き立てられて、「俺が守ってやる」と豪語していたんだ。
俺はオデットの手を払い、騎士に早く連れて行けと顎で示した。
オデットに構っている暇は一秒でも惜しい。
俺はすぐにルーナが呆然と座り込んで、こちらを悲しげに見つめているのを見て急ぎ駆け寄った。
すぐにルーナを抱き上げ、「大丈夫かい? 急に疑われて怖かっただろう?」と顔を覗き込む。
すると、いつも気丈なルーナが俺の首筋に腕を回してきた。
人前でこんな事はしないルーナがだ・・。
余程、怖かったに違いない。
味方のいないカファロ家での恐怖。
俺はルーナが落ち着くように、抱き締めて「俺が傍にいる。君の心を傷付ける奴を許さないから」
それからすぐに俺は動いた。
早くしないと、大事な証人が逃げてしまう。
「ここにいる全員に、なにが起こったのか一人一人に事情を聞きたい故、暫くここに留まってくれ」
王子の俺がそう言うと、流石に誰も勝手に動くことなくその場に残ってくれていた。
初めこそ、例の男が「ルーナ様が突き落とした」と声高に叫んでいたが、この者はオデットの手引きした者だ。
最初に大きな声で、『ルーナが突き落とした』と言われたことで、真実を見ていた事なかれ主義な者達は、発言を控えるだろう。
そして、声の大きい者が吐いた言葉が真実になるところだった。
そこで俺は、一人一人丁寧に聞いて、小さな声の真実を見つける事にしたのだ。
すると、ルーナはオデットに触れることなく、オデットが一人で噴水へと突進していったのだと証言してくれるものが一人出ると、後は芋ずる式にルーナの無実が証言された。
「ルーナ、君は何もしていないと証明されたよ。でも傷付いたのは確かだ。今日は寮に帰ってゆっくりと過ごした方がいいだろう」
俺は侍従のトーニオに顔を向けた。
顔を見ただけなのに、出来る侍従はやはりすごいな。
「分かっていますよ、殿下。あの嘘をついた男とオデット嬢を偽証罪でギッチギチに締め上げときます」
悪い顔で微笑むトーニオ。
前世の俺は、この侍従をも信頼しなかった。
でも、今世では揺るぎない信頼を置いている。
きっと、トーニオは俺がクズに戻らない限り、俺の味方でいてくれる。
いや、前世でも最後の最後まで俺の味方でいてくれたのに、裏切ったのは俺だった。
男を連れていくトーニオを見送り、俺は抱き上げたままのルーナを寮にまで送るつもりで歩きだした。
「・・・あの、アレクシス殿下。私、もう大丈夫です。・・歩けます」
小さな囁くような声がくすぐったい。
恥ずかしげに他の生徒に顔を見られないように俺の胸の方を向いて俯き加減なので顔を見れないが、耳が真っ赤だ。
どんな顔をしているのだろう・・
興味が湧く。
いつも冷静で穏やかなルーナの焦ったような困った顔が見たい。
俺はルーナの寮に届けるつもりだったが、自分の自室に向かっていた。