01 クズ王子の末路
レンドル学園の年に一度の夜会で、婚約者であるルーナ・カファロを突き飛ばし、ルーナの妹であるオデットを抱き寄せているアレクシス・オルランドは、このオルランド王国の第一王子だ。
「ルーナ、よく聞け。お前が自分は聖女だと嘘をつき、俺達を騙していたことは分かっている。おまえの様な性悪な女とこれ以上一緒にいるのは、もう、うんざりだ!! お前とは婚約を破棄し、これからは本物の聖女であるオデットと結婚する」
(悲しげに見上げる婚約者のルーナを、ふんぞり返って見下しているこのクズな王子が、俺だ。この先どうなるかも知らずに大笑いしている俺。厚顔無恥とは俺の事を言うのだろう。
暫く、胸糞が悪くなる俺の態度と、見事なまでの俺の転落人生を見て欲しい)
・・・俺はこの夜会で、有頂天だった。聖女とは名ばかりで、魔力は低く、ひょろひょろとした色気のないルーナを捨て去り、本当の聖女であるルーナの妹のオデットを我が物にでき、それを高らかに宣言できた事を誇っていた。
ルーナを前に、長年彼女に虐められていたオデットは、「お姉さまごめんなさい。でも、もう嘘はつかないで。私が本当の聖女だとアレクシス様に言ってしまったの。だから、彼の事は諦めてね」
オデットはルーナが怖いのか、俺にぴったりと身体を引っ付けて震えている。可愛い奴だ。
「俺は真実の愛を見つけたのだ。お前のように欲にまみれた愛を選ぶことはない!」
俺の言葉に、ルーナは思い知ったのかふらふらと立ち上がり「わかりました」と言葉少なに出て行った。
このときは『真実の愛を貫いた俺』に酔いしれていて、周りがどんな目で俺を見ているのかなんて全く気が付いてない。
ちょうど、父であるヘルマンニ・カファロ王が、隣国に嫁いだ妹の結婚式に出席する為に、居なかったことで俺は好き勝手できた。
そして、計画していた通り大勢の貴族がいる前でルーナと婚約破棄し、ついでにルーナを戒律厳しいギフォー尼僧院に入れるべく、彼女を馬車に無理矢理押し込んで、送り出してやった。
流石に、ルーナの両親に何も言わず娘を尼僧院に入れるのは・・と思い一応前もって相談したが、返ってきた答えは、納得のものだった。
「いつも妹を苛める酷い娘で、手を焼いていました。是非、根性を叩き直したいのでお願いします」と言われたのだ。
可愛そうなオデットは、家でもルーナに苛められていたのか・・。俺はそれを聞いて俄然やる気になっていた。今までのルーナの行いに対し、復讐をしてやろうと息巻いていたのだ。
ついでに、オデットの事を悪く言う俺の侍従のトーニオ・チレアを追い出したのも、この頃だ。追い出したのは、トーニオがオデットを嫌っていた事も理由のひとつだが、もう一つは、いつも俺にお小言ばかり言う奴で、辟易としていたというのもあった。
「アレクシス殿下、どうぞ、ルーナ様の事をお考え直し下さい。あなたにはルーナ様の献身なお姿が解らないのですか?」
ほら、始まった。ルーナ様ルーナ様と、ルーナを神様のように崇めるトーニオにうんざりなんだ。こいつにオデットの良さをどんなに訴えても分からないのだから、話し合う必要はない。
「おまえはあれの事をよく言うが、本当は俺の知らぬ所でルーナとできているのか?」と言ったら、真っ赤な顔で言い返してきて、面倒臭くなったから追い出したんだ。
そうしたら、トーニオのやつ、俺の二歳年下の弟のダニエルに拾われてた。弟は何でも拾う癖があったからな。汚い犬やボロボロの汚れた猫。とうとう人間まで拾ったのかと大笑いしたぜ。
弟も嫌いだった。奴は俺の事を兄と呼んだこともなく、名前も呼びたくないらしい。いつも偉そうに『全くあなたは・・』と軽蔑した目を向けてきて、説教をするものだから無視していた。
あの時は・・・。本当に俺のしている事が正しく、俺に意見してくる奴は無能で話を聞くことすら無駄だと思っていたのだ。だから、俺はルーナに婚約破棄を言い渡し、追い出した事に快感すら覚えてた。
だから、この夜会の後、ルーナがギフォー尼僧院に行く途中で、モランルーセル王国の王太子に奪われた時も、捨てた女の行方を探そうとも思わず放置。
元々、偽物の聖女が奪われたとしても、こっちには本物の聖女であるオデットがいるのだ。何の支障もない。しかも
出涸らしの偽物聖女を連れていくなんて、切れ者と唄われたエティエンヌ・モランルーセル王子は、大間抜けだぜ。かっはっはっは。と笑ってたが、それも数日で顔を青くすることになる。
この日を境に、目に見えて状況は悪化するのだ。つまり、目に見えて俺の転落人生がスタートしたってことだ。
ルーナが祈りを捧げていた大聖堂に、オデットが入り出した途端、晴れていた空に分厚い真っ黒な雲が覆い出す。そして、何日も雨が降り続き、時には拳大の雹まで落ちてくる。
オデットにもっと真剣に祈りを捧げるようにと頼んだが、疲れたと言って部屋に閉じ籠ってしまった。無理に聖堂に連れて祈らせると、更に天候が悪化。
俺が右往左往している間、オデットはドレスや宝石を集めて贅沢三昧。
そんな中、帰国した父に、「おまえには心底失望をした。なぜおまえとルーナを婚約させたのか、解らなかったのか?」と怒られる。
オドオドとしながら、「それは・・彼女が・・聖女だと思われていたからでは? しかし、実際の聖女はオデットで、陛下は勘違いしていたのでは?」と答えると横にあった花瓶を投げつけられた。
「おまえが勉強できなくて、賢い娘を補佐につけてやったんだろうが!! それに、彼女こそが本物の聖女だ!!このばっかもーーーん」
ハーハーと息を切らす父が、首を横に振りながら、頭を抱えた。
そして、「やはり、馬鹿なおまえにこの国を任せるのは無理だと理解したよ。」そう言うと立ち上がり、俺を無視して意外なことを言った。
「これより、ダニエル・オルランドを王太子とする」と立太子宣言。
「そ、そんな!」
呆然とする俺は、すぐに父の傍に行こうとしたが、回りの兵士に止められた。
「父上、私はどうすればいいのですか? 見捨てないで下さい!!」
必死ですがろうとしたが、父の目には侮蔑の感情しかなく、吐き捨てるように言われた。
「支えてくれた婚約者を見捨てて、挙げ句に自分は見捨てるなだと? これ以上私を失望させるな」
それから、しっしと追い払うような仕草をすると、俺は兵士達に引きずられて、王宮を出された。
気が付けば、臣籍降下で王子の身分は剥奪、子爵の身分まで落とされる。王宮を追い出されて行きついたのは、辺鄙な片田舎。そこでオデットと一からやり直そうと奮闘するも、全く上手くいかない。王家から手切れ金のようにもらった金もどんどんと底を着く。
心の支えのオデットは、酒を飲んで暴れる毎日。
「あんたが王子だったから、取り入ったのよ。なのに、子爵? ふざけんじゃないわよ!!」
酒の瓶を投げられ、俺の自慢の顔から血が流れた。それを見たオデットは笑い出す。
「顔と金だけの取り柄のあんただったのに、もう何も残ってないじゃない」
彼女を止められない俺は、ふらりと家の外に出て、彼女への怒りが収まるまで森を歩く。
そこに、以前俺が乗っていたような、絢爛豪華な馬車が止まった。
王都に向かう馬車だろうか。
懐かしげに見ていると、その中から出てきたのは、元婚約者のルーナだった。俺が知っているルーナは、貧相な顔で、いつも下を向いているじめじめした陰気な女だった。
だが、そこにいたのは、輝くような美しい女性だった。清楚にして可憐。相変わらず白い肌は艶を増して、頬はピンクに染まり、美しく微笑む。
その彼女の笑みを受けたのは、エティエンヌ・モランルーセル王太子だ。
彼女をあれほどまでに美しく変えたのは、俺ではない。
彼だ。
ルーナは、父の要請を受けてこの嫌な思い出しかない国のために、祈りを捧げにきてくれたのだろう。
本物の聖女として・・・、俺が神の怒りを買い、荒れさせた大地を元に戻すために・・・。
ルーナはエティエンヌ・モランルーセル王太子の手を取り、再び馬車の中に消えた。俺は惨めにそれを隠れながら、見送る。そして、その馬車が見えなくなるまで見つめていた。
見えなくなると、「はははは・・」と乾いた笑いが漏れて止まらない。
ふらふらしながら、家に帰ると、オデットが裸で他の男に跨がっていた。
「何をしているんだ!!」
俺の怒鳴り声を聞いても、オデットは焦るわけでもなく、ゆっくりと振り返る。そして、嘲るように鼻で笑うと、追いやるように俺に手を振った。
「聖女だって嘘付いて、あんたと一緒になったのに、このざまよ。あんたなんて王子にもなれず、挙げ句にこんな田舎に落ちぶれた癖に、私に偉そうに言わないでよ」
相手の男も一緒になって嘲笑う。
「これが、噂の落ちぶれ王子かよ。顔だけいいから、客でも紹介してやろうか?」
二人の下品な笑いが狭い部屋に響いた。ここから、全ての時間がゆっくり動いていく。
そこにあった剣を取り、彼女とその男を刺した。
俺は本当にクズだな。
こうなったのも自分のせいなのに、どこかまだ、他の者のせいにしている。
「もう、終わりにしよう」
暫く自分の愚かだった人生を振り返り、そして自分の心臓を突き刺した。
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