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16 握れナイフを



「もう!嫌ー!」


部屋の外から激しく騒いでいる声が聞こえて来た。


「どうしたの?蕾ちゃん」


はるひは昼寝を中断して様子を見に行った。

うるさくて眠れないというのが本音だが。


「あ、はるひちゃん、聞いてよー」


蕾と呼ばれた少女は…正確にいうと限りなく少女に見紛う姿をした男性だが、は伏せていた顔を上げた。


「あのね、あたし、また振られたの」


くすん、と音のしそうな表情をした蕾に向かってはるひは一言。


「なんだ、何時ものことじゃない。でてきて損した」


すると蕾はまた伏せて喚き始めた。


「ひどーい!ひどいわよ、はるひちゃん!もう、ほんとにショック何だからー」

「蕾ちゃん。いい年してんだから喚かないで。それに此処私のうち。泣くならほかでやって」


「年のことは禁句よー。なによー薄情ものー、話くらい聞いてくれたっていいじゃないのー」





蕾は年中誰かしらに恋をしたと言っては玉砕を繰り返し、こうしてはるひのところに愚痴をいいにくる。

相手は老若男女構わず統一性のない惚れっぽさなのであるからしょうがない。


しかもどんなに馬鹿馬鹿しい位に振られてもさっぱりした彼はどこか憎めなく、ついついはるひは話しを聞く羽目になる。





「それで、どうしたの?」


はるひが尋ねると関を切ったように蕾は話し始めた。


「この前、仕事でて買い物したときね、すごーく沢山になってしまってね、一人で一生懸命運んでいたら、バイトの子がたまたま通り掛かって運ぶの手伝って…」


前々回と似てる話しだーと思いながら、昼寝の途中だったはるひは直ぐにうたた寝してしまい寝ぼけながら話しを聞かず適当に相槌をうっていた。

しかし、蕾は話し相手がいるだけで満足していて、気にしない。

いつものこと。

起こす事なく話し続ける。




そうすること小半時、語り終えた蕾ははるひを起こし、言った。


「はるひちゃん、有難う」

「…ごめんなさい、寝てた」

「いいの、傍に居てくれたから、それだけでよかったの」


ねむたげに目を擦るはるひの頭を撫でて蕾は笑った。笑顔はとても美しく。

本当に好きな人は居なくなってしまった。

それでも誰かに恋をしようと続ける蕾は綺麗で。

はるひは、小さな声で呟いた。



「蕾ちゃんに幸せが降り注ぎますように」



聞こえたのか聞こえなかったのか。

蕾は気合いを入れるかのように仁王立ちになった。


「どしたの?」


眠たげなはるひが尋ねる。


「え?こんな事でくよくよしては居られないわって思って」

「なんでそんな格好してるの?」

「強くなりたくて」

「わけわかんないよ」



不思議そうに見上げるはるひに蕾は言う。


「今カポエラ習ってるの」

「カポエラ!?なんで」


「だから、強くなりたいからよ」


そんなな習わなくても充分強い、と心の中で突っ込んでるはるひに、真剣な顔で言う。


「本物でなくていいの。

ただあたしたちは時にナイフを握らなくては。

鋭い歯で切り裂くの。

遮るもの要らないもの全てをね。

目を曇らせてはいけないの。

それが若さであり愚かさよ」



ほんと、わけがわからない。

けれどそれが強くなりたいってことなのかな。


「うー、えーと」


返答につまるはるひ。


「でね!そのカポエラの先生で翡翠かわせみっていうすっごい強くて美人な先生がいてね…」


目を曇らせてるのは自分じゃないかと思いながらはるひは言った。



「お休み。寝る」



ちょっと待ってよーという蕾の叫びを聞きながら扉を閉めて部屋に戻った。





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