07-2 LOOP!
ネルはまだ暫く師匠と話したい、ということでおみだけ先に帰ることになった。
帰り際、おみを外まで見送りにでると、少し散歩に行こうと誘われた。
三日月の明かりが美しく。
二人で歩くのも悪くない。
師匠に断りをいれて、夜道の散歩に出た。
何を話すともなく、おみについて歩く。
隣の少しだけ後ろに居るのがいい。
手を伸ばせば直ぐに触れることができ、
でも延ばさなければ届かない距離。
心地良い沈黙。
不意におみが立ち止まる。
「はる、耳貸して」
おみが耳たぶを引っ張る。
ひんやりとした指先。
冷たく、優しいのだけど。
耳たぶから顔、そして体中がほてる。
「何?」
限りなく全力で平静を装って、
でも無理、
これ以上言葉を紡いだら声が震えてしまいそう。
恥ずかしくて。
「おめでとう」
耳元で静かに呟くおみの声。
「何が?」
動揺が伝わらないように言葉を返す。
「魔女として認められたんだろ」
!
驚いて言葉を失った。
なんで知っているの?
黙っていたのに。
おみに向き合おうとしたけれど、顔を押さえられていて動かせない。
「はる、…俺も魔法使いになったんだ」
淡々とした声に聞き惚れて、理解するのに暫くかかった。
「え!おめでとう」
思わず後ろに下がるとするりとおみの手が離れた。
静かで平然とした口調だけど、内容は、凄く凄く大きな事。
私もそうなんだけど、本当に魔女に魔法使いになった、という事は。
人生が決まったという事。
生きてゆけるという事。
月明かりに心なしかはにかみながらおみは笑った。
「有難う」
綺麗。
そう思うと先程のほてりが甦って来た。
ばくばくする心臓。
冷たい指先。
目があってると思うと息が詰まるような。
「魔法使いと認められるには『賢者の石』というのを作れなければならないんだ」
おみは相変わらず淡々と語り出す。
心臓の鼓動が伝わりませんように。
「そして『賢者の石』を作るためには魔女の知恵が必要不可欠なんだ」
ということは誰かがおみに知恵を授けたという事?
アンリかな。
誰でもよい。
ただ自分じゃない誰かというのが辛い。
理由のわからない苦しさから目を反らしたくて俯く。
足元には月明かりの影が長く延びていた。
「教えてくれたのは、はる、お前だよ」
はっきりとした声に思わず顔を上げる。
「はるが教えてくれたんだ」
理解不可能。
だけど。
「私?」
だけど。
「そう、お前」
嬉しい。
思わず、笑ってしまった。
私にはわからなくても、おみの役に立ててたならまあいいや。
「それでな、『賢者の石』、これは所謂『石』ではなくて『知識の集積』の呼び名なんだけど、
それを手にいれた魔法使いはね、一番最初にすべき事があるんだ。
すべき事というよりは寧ろ成さずにはいられない事がある」
月は隠れる事なく私たちを照らす。
月光の明かりにおみは夜空に溶け込むよう。
朗々とした声は夜風のようで。
遮りたくなくて、頷いて先を促す。
「それが、魔女の『証』作りなんだ」
こくん、と頷く。
「ネルもアンリに知恵を授かり彼女に証を捧げたらしい」
証?
何だろう?
…もしかして。
「そう、『トルク』だよ」
私が思い当たったのを読んだかのように差し出されたのは
小さな爪程の大きさの円環だった。
確か、アンリも他のちゃんとした魔女たちは皆、右耳に輪を着けていた。
木とも金属ともつかない わっか。
「『賢者の石』の知恵の塊みたいなものだ。
魔法使いは世界の輪を探し魔女は世界の輪とともに。
それを象徴する運命の『車輪』、つまり『トルク』こそが『証』さ。
何で出来てるとも言えない。敢えていうならば、自然、だな。」
…どうやら謎にすごいらしい。
恐る恐る手に取って見る。
魔女の私が持っていても気持ち良くて。
これは本当に自然の凝縮した感じがする。
「なんか書いてある?」
よく見ると細かく字が彫ってある。
小さくて読みにくいけど一連の文章だ。
「『過去も現在も未来も世界と共に在る者』それが俺からお前に贈る言葉。
『トルク』は大きさも材質も刻まれる文字も創る者、
そして贈られる相手によって全然異なるんだ。
それにこんなものそう簡単には創れやしない。」
「…一生に一度くらいさ」
うわ、どうしよう。
それってこの『トルク』がどこをどうとっても唯一で絶対で私だけのためで私だけの物って事。
やばい。
嬉しくて、死にそう。
「着けていいか?」
不意に耳元に顔を寄せ、囁くおみ。
風が吹いて一瞬頬に髪が触れ、余計に近さを意識してしまう。
「着けて、お願い」
トルクを渡す。
心から最高に嬉しい。
伝わるかな。
「ちょっと痛いけど」
そういうとおみは私の右の耳たぶを掴み、頭を軽く抑えた。
ちく、っとした痛み。
我慢。
我慢。
我慢。
「終わったよ」
おみが離れる。
右耳に触れてみる。
確かに丸いのが。
「痛かった?」
おみが尋ねてくる。
気にしてる。
「うん」
ちょっとだけ意地悪をしてみたり。
あ、暗い顔に。
「でも平気。大丈夫。嬉しいから」
笑って、言う。
「有難う」
安心したのか笑い返してくれる。
嬉しい。
全部が。
ぎゅって、首に手を回して抱き着く。
恥ずかしくて口に出さないけど、大好き。
ぽんぽんと頭を優しくたたかれ、満足して離れた。