12 少年少女
少年は真っ黒な瞳で真っ直ぐ前を見つめていた
少女は碧い髪を風になびかせ夜空を見上げていた
少年の前には少女が居て
少女の空には月が在った
「はじめまして」
少年の声は硬質で良く透り
あんまり驚いてしまって
少女と月は隠れてしまった
「お久しぶりですね。こんなところで会うなんて」
黒いローブに身を包んだ女が
黒いローブを着た男に声を掛けた
「おや、アンリ、奇遇だね。私と有臣はこれから暫く日本に居ようと思うのだけどね」
二人の頭上には巨大な樹が広く枝を伸ばしており
その合間からは燦燦と月光が降り注いでいる
「ネル達もそうなのですか。わたくしとはるひも、日本に住む事にしたのです」
魔法使いは星を読み
魔女は月に従い
こうして出会った
「あ、り、お、み?」
少女は謎の呪文を唱えるかのように発音する
「そう、有臣」
少年は辛抱強く教えている
「アンリ、なら言えるけど、あ、り、お、み、は難しい」
何度繰り返して見てもそれでも少女は上手に言えず
仕方なく少年は教える事を諦めて言った
「呼びやすいように呼んで構わないよ」
「あ、り、・・・、お、・・・おみ、うん、おみ、でいい?」
「いいよ」
確かに有臣というのはどうとも省略しがたいし
有臣 だろうが おみ だろうが
大切なのは少女が名前を呼んでくれることだろうと
妙にませた納得の仕方をした少年は
あっさりとした表情である
「おみ、も、好きにどうぞ」
「はるひ、ねぇ・・・。じゃあ、はる、かな」
「うん」
少年にとって少女の名前は
別に省略の必要性は無かったが
なんとなく揃えて二文字で呼ぶことにした
「はる、はるは何で『はじめまして』で隠れてしまったの?」
少年は一番尋ねたかった事を一番最初に尋ねた
「それは・・・」
少女は少し気まずそうに
或いは恥ずかしそうに
頬を染めた
何故だろうと少年は疑問に思いながら
この間のように少女が隠れてしまわないことに安心した
「それは?」
「それは・・・」
少女の声は小さく細くなり次の言葉がなかなか出てこない
それでも少年は辛抱強く待った
「何?」
少し間があいたあと
少女は意を決して話し始めた
「あのね、おみの声が凄く綺麗で、それに笑顔で其れも綺麗で」
「? ごめん、意味がわからない」
「違うの、だから、綺麗で恐く成ってしまったの」
「?」
「新月の美しさ。だから月も逃げてしまった」
「はる・・・全く意味が判らないよ。でも俺にははるが妖精のように綺麗に見えた」
「妖精は新月の時には陰に隠れてしまう。月の魔女はお部屋に居る」
「・・・ああ、そう言えば
魔女は月の周期で活動し新月の時は基本的には休息しているのだっけ
しかも魔女の支えと成る妖精も新月の時には眠ってしまうから
本物の魔女では無い魔女は
新月の時には攫われないように隠れて居なければならない
そういうふうに教えられるのだったかな」
「うん」
「なんとなく、言ってることが判った気がする」
少女の暗号のような言葉を解読していくような会話
少年は戸惑いながらも楽しんでいた
「・・じゃあ何故俺と話しているの?」
勇気を出して少年は尋ねた
「師匠が言ったから」
何の躊躇いもない少女の言葉に
少年は少しだけ哀しく感じながらも
質問を続けた
「アンリが言わなかったら、話さない?」
まるで試すように
「でも言ったから、話すの」
少女は唯自分の思いを考えを飾らずに語る
「・・・はるは俺のこと嫌い?」
初めて会ったような少女に
どうしてこんなことをきいているのかと
理解の出来ない自分の行動に
少年は戸惑っていた
「知らない」
「嫌いかってきいたんだけど」
「知らないよ。おみのこと全然知らない」
少女はこの知りたがりの少年に
どうしたら自分の想いが伝わるのかなと
必死に考えながら言葉を捜した
この新月みたいな綺麗な人には
私の想いをちゃんと知って欲しい
そう思いながら
「うーん、それもそうだけど・・・はる、もしかして日本語下手?」
「だって今まであんまり使わなかった
師匠が日本に行くからって教えてもらったのは最近」
「俺だって似たようなもんだけどね」
「じゃあね、一緒に勉強していこう
私は君のことまだよく知らないけど 知りたい って 思う」
少女は漸く自分の言いたい事が言えたと
満足げに微笑んだ
まるで三日月のように輝く笑顔に目を細めながら
少年も言った
「そうだね。俺もそう思う」
向き合って笑う少年と少女
「よろしく、おみ」
「よろしく、はる」
そして二人は手をつないで歩き出した