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13 金魚とカシス



「ねぇ、はるひさん」


呼ばれ慣れない『さん』付けに、一瞬戸惑ったけど、振り向く。


「…のうさぎさん?だっけ?」


見たことのある顔が、ちょっと後ろに立っていた。


でも名前は何となく、あ、違うかも。


「野崎、だよ、うさぎじゃなくて。」


やっぱり間違えたか。

苦笑しながら訂正する顔は、確かに野崎だった気もする。

えーと、音楽の授業で一緒だったっけ。でも、優しげな顔はのうさぎの方があってると思うのだけど。


「それで、何の用なの、のうさぎさん」


のうさぎさんは苦笑して、でも訂正しなかった、から のうさぎさんって呼ぶ。


「あのね、魔女のはるひさんにお願いがあるの」


う、やっぱ勘違いしてる人かな。


「あのね、確かに私は魔女だけれども、何でもかんでも願い事を叶えられるわけじゃない。

魔法使いだって無理だよ。

ただ、普通の人より沢山知識があるから手助けはしてあげられるかも知れない。

話は聞くよ。 相談も乗る。 もう一回考えてみて。

さぁどうする?」


魔女といっても杖を振れば何でも叶えられるわけじゃない。

漫画や映画の用にはいかない。


「そうなの…」


のうさぎさんはそういってちょっと考えていたけれど、にっこり笑って答えを出した。


「じゃあやっぱり聞いてほしいな」


のうさぎさんの笑顔はやさしい。


「うん、聞く。でも立ち話もなんだから、座ろう」


それから、私はのうさぎさんを連れて近くの喫茶店(カフェ、でもなく、まさに喫茶店と言った感じのお店なのだ)に入った。


涼やかな店内で人気のないテーブルに向かいあわせですわる。

ここは古いジャズのレコード(店長さんの趣味らしい)が流れていてそれでいて人の喧騒は無くて相談にはちょうどよいのだ。


「あ、アイスティーきたね。それじゃあさ、悩み事、聞くから、話して。」


のうさぎさんは一口飲んでから、静かに話しだした。










「…と言うわけ、わかった?」


「うーん、なんとなくねぇ。でもさ、俺に話してもよかったの?」


「大丈夫、のうさぎさんもおみにだけなら相談するのに話してもいいって言ってたから」


「ならいいけど。つまりさ、そののうさぎさんははると同じ美術の絵画コースを選択してた人で本人は美術部で絵を描いてる人なんだろ」


そう実は音楽じゃなくて美術の授業で一緒だったのだ。


「うん、合ってる」


「で、今部活で描いてる絵の色がうまく見つからない、

心に描いている色が在ってしかも見たことがあるのにそれが作れない、どうしたらいいのか、ってことだよな」


「そう、そのとーり」


「んなもん俺がしるか!」


…確かに。


「まーまーそーいわずに、一緒に考えてよー」


「ったく、わからないならそう言っておけば良かっただろうに」


やー、全く、おみのいうことは正論なんだけどさ。


「だって…だってのうさぎさん、すごくすごく真剣ですごくすごく困ってたんだもん。

だから助けなきゃって。魔女として」


「はいはい。じゃあさ、見たことがあるっていうなら見せてもらえばいいじゃん、その色を」


「聞いた。でも同じ物見ても同じ色のが無いんだって」


「?意味わかんねぇ」


「だから、カシスをいくら探してきても、描きたい色と同じ色のカシスは見つからないんだって」


「カシス?って、のうさぎさん何を描きたいのさ」


「あれ?言ってなかったっけ?金魚だよ、真っ赤なカシス色の美味しそうなくらいの綺麗な金魚だって」


「金魚ねぇ」


「そ、金魚鉢に入った金魚」


「じゃあさ、のうさぎさんのいうカシスはいつみた物なの?」


「それはねぇ…、おみも誰にも言っちゃ駄目だよ、あのね、のうさぎさん、美術部の部長さんに憧れてるんだってさ。

でね、こないだ展示会について偶々二人で相談する機会があってね。

で、二人で入ったカフェで部長さんがカシスソーダを頼んだんだって。

それがテーブルに届いたとき、彼女はオレンジジュースを飲んでて

彼女のオレンジジュースにはオレンジが添えてあって、

で、部長さんのカシスソーダにカシスが浮かべてあってね、

ぼんやりカシスを見たら部長さんと目が合って、

そしたら部長さんが『食べてみる?』ってスプーンで掬ってくれたって。

そのカシスの色が最高に可愛らしくて、勿体なくて食べたくなかったのだけど、

部長さんが折角くれたからって食べちゃったって。

その食べちゃったカシスの色」


「あーもー、ほんとはるの話はわかりにくいね」


「悪かったわね」


「ほら、拗ねない。だから、憧れの部長さんのくれたカシスの色を探してるって事だろ」


「…簡単にいうとそう」


「はるはどうしたらいいかわかんない?」


「おみはわかった?」


「はるは?」


「おみは?」


「…」


「…」


「…」


「わかんないならわかんないって言えばいいのに」


「わかったならわかったって言えばいいのに」


おみが、両方のほっぺを引っ張ってきた。


「わーめーへーをー」


やめてよって言いたいのだけど。


「屁理屈ばかり言うからだよ。

だからね、はるはわかんない?

こういうの女の子の方が得意だと思うんだけどさ。

つまりね、のうさぎさんは魔法にかかっちゃってるってわけ」


「魔法?なんの?」


「ほんと鈍いな。恋、だよ。恋の魔法」


「っっっ!恋~!」


「ほら叫ばない、座って」


「うわ、信じらんない、なんで顔色一つかえないでたさらりとそんなこというかな」


「だってさ、どう考えたってそうとしか言えないし、違っても、どちらにしろ他人事だろ」


「っでも、恋の魔法?」


「魔法っていうのは言葉の綾だけどさ、

でも恋をしたら色々見方が変わるのは大抵の人間にとって事実だろ」


「うー、そーなのかなー」


「とにかく、のうさぎさんは自覚してるかわからないけどさ

部長さんに憧れより寧ろ好って気持ちをいだいてるんだろうよ。

だからさ、結局はカシスの赤、じゃなくて、『部長さんとの思い出』の赤が欲しいだけなんだと思う。

つまりね、わざわざカシスの赤を探さなくても、

のうさぎさんが部長さんに相談して赤を探して気に入るのがあればそれでいいと思うよ」


「そーかなぁ」


「だから、はるはそういう風にさりげなーく話をもってけばいいのさ。

恋だの云々は言わなくても、

例えば自分は絵のことは素人だからどうせなら部長さんに相談してみたら、とか」


「うーん」


「納得いかない?」


「うーん」


「だって金魚の絵を描くんだろ、だったら部長さんのこと好きにきまってるじゃないか」


「?何で?」


「え?知らない?美術部の部長さんのこと」


「全然」


「確か去年すごい賞を獲ったかで有名で展示もされてたよ、ほら、あの、青い大きい絵のやつ」


「…ああ」


「…覚えてないか。だからね、部長さんの名前ってさ」


「あ、思い出した!」


「赤色金魚っていうんだよ」










後日談☆




「やぁ、はる、今帰りかい?」


「うん。おみも?」


「そうだよ。一緒に帰ろうか」


「うん」


背が高いおみは歩くのも速い。


でも、並んで歩くときは絶対おいていかないようにしてくれる。


「あれ?はる何もってるの?」


「ん?ああ、さっきのうさぎさんから貰ったんだ。

金魚の絵が入選したからって、金魚の絵のプチサイズの。

綺麗だろ。飾るんだ、額に入れて。」


「ああ、のうさぎさんね。それじゃあ結局はうまく行ったんだ」


「うん、そうらしい。私にお礼を言われたけどね、でも本当はおみのおかげだよ、有難う」


「どういたしまして」


「…もしかして、絵、欲しかったりする?」


「大丈夫だよ、はるが飾ってるの見せてもらうさ。ところでね、カシスって二種類あること知ってた?」


「知らないよ。赤いのだけじゃなくて?」


「黒いのもあるのさ、カシスの別名は黒すぐりというくらいでね。ブルーベリーみたいな色をしてる」


「ん?わかるかも。…、そだよ、知ってる!こないだ私が作ったベリーを集めたジュースに入れたんだ」


「ああ、甘酸っぱくてさっぱりしてておいしかったよ、あれ。俺は、好きだな」


「そういってくれて嬉しい。

今度はタルトを作ろうかと思ってる。あんまり甘くない感じで。

おみも甘さ控えめならタルトも食べれるよね」


「ああ、大丈夫。期待しとく。っても俺ははるが作ったのならなんでも好きだけど」


で、真っ赤になったはるひさんでした。



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