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リアルホラー映画!
怖い怖い怖いよ!
水槽球の内側まで青く染まってしまった。
ゲームオーバーってこんな感じかな?
身動きも取れないよ。
『両者に10倍程の差があればこのようになる。逆に言えば10倍離れていても何とか身動きは取れる』
“え? 全然動けないですよ!?”
『ふむ、シュリの場合はその水槽球に魔力圏が入り込んでおるからじゃな。身体の近くの赤い水にて小さく作り直してみよ』
むむ、確かにまだ少しだけ赤い色の水が残っている。
この赤い水だけで水球にしてみたら動くことは動けた。
でもこれって相手が魔力圏を拡げているだけなのにぎりぎり動けるだけ。
ちょっと邪魔されただけで死んじゃいそうだ。
『この世界での闘いの常識じゃがな、10倍までの差なら同じ土俵として扱われる』
“異議あり、それは間違っていると思います”
同じ土俵って子供と大人以上の差があったらダメだと思う。
『まぁ、このように1対1での闘いならば流石に無理があるな。想定しておるのは強力な魔物との闘いじゃ。10倍までなら何とか動けるがそれ以上となると動くことすら出来ん、つまり強力な魔物を相手にする場合に雑兵を揃えても無意味という事じゃ。ちなみにこれ以上に魔力量に差があると身体の内側まで敵の魔力圏に飲まれて良くて気絶、下手をすれば命を失いかねん』
分かり易く言えば強い相手とは闘うな、ってことかな?
魔王とかを相手にするなら軍隊で包囲するんじゃなくて少数精鋭が正しいのか。
まさか勇者任せにするのが最善だったなんてね。
“あれ? ここって万葉主さまの魔力圏の内側って言ってませんでしたっけ?”
そんな所にいても大丈夫なの?
力の差なんて10倍どころじゃなくて桁がいくつもの違っているよね?
『あくまで敵意を持って魔力圏を展開していた場合じゃ、威圧するで無く通常は広く薄く張り巡らしておるから問題は無い。万葉主の場合は魔物同士が争って森を広範囲消失させても直接動いたりはせんから気にせんでよい』
むー、流石植物の王さま、自然にあるがままにってことかな?
そんな相手をもし怒らせるようなのがいたらと思うと他人事でも怖いな。
規模が大き過ぎてとばっちりでもヒドいことになりそうだ。
『ともあれこれが魔力量の差が魔力圏に与える違いじゃ。シュリはまだまだ改善の余地があるが、これで分かったと思うがシュリの魔力量はその猿よりもずっと多い』
あー、確かに。
簡単にテナガザルの魔法を邪魔出来たってことは私の魔力圏がテナガザルの周囲まで拡げられていたってことか。
そんな自覚なんて全然無かったけど私ってそれなりに強いのかな?
うん、現在カーカ師匠との超えられない差を痛感している所なんだけどね。
『先程の猿と比べてシュリの魂の大きさはおおよそ8倍はある』
おぉ、そんなにあるのか!
あれ? まてよ、それって少なくとも私の10倍以上余裕でありそうなカーカ師匠から見たら80分の1以下ってことか。
これが格差社会?
『積極的に魔法を妨害してくる相手と闘う場合は妨害されにくい身体のすぐ近くで魔法を使ったり身体強化のような魔法を使うのが定石なのだがこの猿は経験不足じゃったな』
しかもダメ出しされてるし。
そうか、発動前だから簡単に邪魔出来たけど発動した後に打ち消すのは難しいから工夫すればテナガザルももっと違った闘い方があったのか。
今楽勝だったからって次も楽勝とは限らないのか、変な油断だけはしないように気を引き締めよう。
『所でシュリよ、シュリが仕留めたこの猿だがどうする?』
カーカ師匠が魔法を解いて赤い水も青い水もいきなり消えて元に戻った。
今にも飲み込まれそうで怖かったから良かった。
え? 猿? 猿をどうするかって?
え、どうしろと?
前にカーカ師匠が倒したテナガザルは掃除するみたいに水で流されてどこかに運ばれて行ったからコイツも同じようにされるんだと思っていた。
どうするって食べるのかってこと?
うーん、テナガザルを見ても食べたいとは思えないよなー。
あ、そうだ。
“テナガザルからも魔素材って取れるんですか?”
コイツも魔物なら魔道具に使えるような素材に使えるのかな?
『ふーむ、流石に断言は出来んが……使えそうなのは心臓じゃな』
おぅ、心臓かぁ。
そのままじゃ腐っちゃうから乾燥させたりして保存するの?
うーん、わざわざ欲しいかと言ったらそこまでじゃないしなー。
『ふむ、食べようは思わんのだな』
あー、何だろうな、お魚を見たら食べたいと思うけど猿を見ても食べようって気にならない。
食べたら美味しいかも知れないのに試そうって気が起きない。
グルメバトルマンガみたいなので殺した相手は全部食べる主義のキャラとかいたけど私もマネした方がいいのかな?
でもなー。
『何か悩んでおるようじゃが、前にも言ったようにシュリがいた世界では〝常識とは若い内に身に付けた偏見である〟と言うであろう?』
はい、それ知りません。
『つまり幼少期から食べ慣れていた物以外はなかなか食料として見ることすら出来んのじゃ、シュリにとっては猿は食材に含まれておらんのじゃろう』
『見た目にさほどの違いが無くても、牛の肉が焼かれていたら美味そうだと感じ、人の肉ならば嫌悪感を覚えるのが人間じゃ。シュリは人間としての常識、偏見を持って生まれ変わってしまったからには必ず付いて回る悩みじゃろうな』
あ、なんか分かり易いな。
エビとして生きてきて悩んでいたことの原因がはっきりした気がする。
エビを見たら食材として見ちゃったり、善悪の基準とか自然界での行動がこれでいいのか悩んだりしたのも人間として常識があるからなのか。
つまり悩んで当然で、悩んでいること自体に戸惑わなくてもいいのか。
それだけでちょっとスッキリした。
〝常識とは若い内に身に付けた偏見である〟
誰の言葉か知らないけどなんだか身に染みるな。
『育んだ常識と相容れぬ存在に変化したならばそこに悩みがあるのは自然な事じゃ、かつての召喚者の中には吸血種族の身体を依り代に魂だけ呼び出された者もおったが吸血の忌避感に耐えられず餓死したそうじゃ』
なんか悲惨な召喚者いた!
私ってまだ幸せな方?