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闘い始めてからずっと同じことが頭の片隅にあった。

今は頭の大部分を占めている。


こんなだっけ?

こんなのでいいの?

闘いながらもどこか余裕があったこともそうだしテナガザルの魔法をこんなに簡単に邪魔出来ちゃって本当にいいの?

相手の魔法を邪魔出来るならこっちの魔法を邪魔してきそうな物だけどそんな様子も無い。


「……」


魔法が使えないテナガザルはただのテナガザルだ。

水で創ったロープを1本づつテナガザルに巻き付けて動きを邪魔して行ったらすぐに身動き取れなくなって今は体中に何本ものロープで縛って完全に動けない状態だ。

口も開かないようにロープで巻き付けたから叫び声も聞こえてこない。

それでも攻撃的な目でこっちを睨んでいるのは流石に危険な相手だと思う。


でもこんな簡単でいいんだっけ?

簡単に倒せてしまっていいんだっけ?

水槽球そのものが割られたりしてないしヒビも入っていない。

どんな攻撃をしてくるか不安でずっと警戒していたけどあっさり捕まえることが出来た。


今も魔法を使おうとしているけど私が邪魔をしているのでまともに発動していない。

これはもう詰みでいいよね?

終わりにしていいよね?


倒せてしまうことになんか混乱中。

でも、まぁこれでさらばだ。


スパンッ


大型の水手裏剣で一息に首を切り落とした。

人型に近い生物を殺すことに戸惑いもあったけど今更躊躇ったりしない。

とりあえず勝った……よね?


『やはり一対一ならば問題なく倒せたな』


いつの間にかテナガザルと閉じ込められていた壁が無くなっている。

急に闘いをセッティングした張本人のカーカ師匠には私の闘い方はどんな風に見えたのかな?


『ふむ、まだまだ無駄も多かったが自分で考えて魔力圏のような事をやってのけたのには驚いたな』


“魔力圏?”


知らない単語が出て来たな?

私がやったことと言えばテナガザルの魔法を邪魔していたことかな?


『魔力圏とは自身の周囲に予め薄く魔力を浸透されておく事じゃ。要は魔法を使うための事前準備じゃな、これにより魔法の展開速度を速める事が出来るし僅かではあるが相手の魔法を阻害する事も出来る』


『シュリがやっておったような魔法の発動を阻害するような使い方は珍しいが、あれは魔力量に差があって始めて出来る芸当なので使い所は難しいかも知れんの』


『魔力圏とはどれだけ薄く広く展開出来るかが重要じゃ、魔力圏の展開は闘いの基本でもあるのでこれからはちゃんと意識して行うようにせよ』


えーと、つまり今までは闘いの基本が出来ていなかったってことね。

うーん、さっきはテナガザルの近く、私からは離れている位置の魔法に対してすぐに反応出来るように意識していたのが魔力圏のような物になっていたのかな?

魔力を薄く広くー、これってなかなか難しいな。


『極端な事を言えば万葉主リーワが森を創っている範囲が万葉主の魔力圏じゃな』


うわー、最強クラスだと規模が違うなー。

そういえばカーカ師匠の目を通して見た世界だと万葉主さまに見られている気がしたけど魔力圏の内側にいるんだから手の平の上とか体の中とかに近いのかな?

まさに神さまって感じだ。


『魔力圏は薄く相手に気付かれないように張るのが理想とされるが、逆に敢えて分かり易いように魔力で空間を圧する程に厚く張ることを威圧というな』


ゴゴゴゴ

ひえっ、カーカ師匠から押し潰されそうなプレッシャーを感じる。

身体がガタガタと震えてきた。

これって最初にカーカ師匠が現れた時もこんな雰囲気だったな。


『このように力の差をはっきりと分かられて敵対する気力を奪うのが威圧じゃ、先程のシュリの使い方はむしろ威圧の方が近いな』


確かに魔法に魔法をぶつけて邪魔するなんて目立たないように薄い魔力圏とは真逆か。


『相手の力量が判らん内は、威圧は魔力の無駄ばかりかこちらの力量をさらけ出す事にもなりかねんので控えていた方が無難じゃが、魔力圏は闘いの基本じゃ。もう少し説明しておこうかの』


さっきと同じ水の壁が再び。

今度は私とカーカ師匠だけの2人の空間……まさか模擬戦なんてしないよね!?

さっきの威圧でまだ震えてるんですけど?


!?

うわー、今の光景信じられない。

瞬きするくらいの時間で閉じた空間が水で満たされていた。

何リットルあるのかなー。


『これは魔法で創り出した事による干渉権を無くしたただの水じゃ。シュリにも干渉出来るじゃろう?』


言われて海水を操るみたいにしたら普通に動かせた。


『そうじゃな、シュリは周囲の水を赤く染めてみよ。わしは青く染める』


えーと、取りあえず闘うようなことはしないで済みそうかな?

言われるままに魔法で自分の周りの水に赤い色を付けていく。

ほとんど役に立たなかった色水を創る魔法がこんな所で使うことになるなんてね。


水槽球の中が赤く染まりその範囲がどんどん拡大していく。

見ればカーカ師匠の周りも同じように青い水になっている。

ついには赤い色と青い色の領域が重なって紫になった。


『これが魔力量が同程度の場合の魔力圏じゃ、これがどう変化していくかよく見ていよ』


師匠が本気になったら一瞬で部屋中が青く染まるんだろうなー。

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