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名前かー、うーん、うーん。
“えーと、自分で名前を考えてみますが、もしこの世界でおかしな名前だったら教えて下さい”
私的にはいい名前のつもりで名乗っても変な意味がある言葉だってことも普通にありそう。
そうじゃなくても発音し難いかも知れない。
地球でだって日本語が海外では別の意味になっちゃうとかその逆とか聞いたことがあるからね、異世界ならなおさらだ。
『うむ、良かろう。確かにわしの主の名も異世界人から笑われていたようだし大事じゃな』
実例いたー!
身近過ぎるよ。
“ちなみになんて名前なんですか?”
『うむ、偉大なる魔法使いハタチじゃ』
くっ、誇らしげに語る名前を笑ったら怒らせそう。
でもイメージでおじいさんな魔法使いで名前がハタチって!
大物でも若者っぽいよ。
さて、名前かー、自分に変に凝った名前を付けるのも恥ずかしーなー。
もういっそエビちゃんでも……いや、日本人がいる可能性があるなら名前がエビだと笑われちゃいそう。
あれ? そう言えば。
“この世界の言葉でエビはなんて言うんですか?”
カーカ師匠も私の事をテレパシーでエビって言ってたけどそれって翻訳された結果だよね?
この世界の言葉を避けるか、あえてもじってみてもいいかも知れない。
「※※※※※※?」
『エビはエビじゃが?』
上手く伝わってない?
でもおかしいな? 意識して聞いたら2重音声どっちからもエビって聞こえる?
『あぁ、何が知りたいか分かったぞ。そして答えはこちらの言葉でもエビじゃ』
???
そんなことってある?
『というのもな、一般的な認識として海は人の立ち入れる領域ではないからの、元々海の生き物を指す言葉がないのじゃ。なので異世界人の呼んでいた名がそのまま使われている場合が多いのじゃ』
あーなるほど、海は地球とは比べ物にならないくらい危険なのか。
そりゃそうだ、船の下からお魚やサンゴが魔法で攻撃してきたりするんだもんな。
“でも、たくさんの船が海に沈んでいましたよ?”
あれはいったい?
『海に出るのは軍艦か一部の野心家じゃ。それも徹底的に対策してな。それでも事故は無くならぬしそもそも漁のために海に出てはおらん』
そうか海に出る船は少しはあるけど魚介を捕まえることはしないのか。
勿体ない。
『納得したか? そんな訳でそなたの種族はエビじゃ。さらに言えばアーベンエビかの? いや、色が違うか? ならアーベンエビの変異種、と言ったところか?』
アーベンエビ?
アーベンは地名かな?
『いや、人名じゃな。異世界人の勇者アベがこの辺りのエビの揚げ物を好んで食したことからそう呼ばれておる』
アベー!
安部? 安倍?
エビの揚げ物だって?
エビフライか? まさか、まさかエビ天かー!?
なんて羨ま……いやけしからん。
ぐぬぬ、まさか食材として認識されていたとは……いや地球でもそうだけどさ。
突然突き付けられると複雑だな。
あと気になる単語があったな。
“勇者ってなんです?”
『勇者は異世界人の中でも直接魔王と対峙した4人に贈られた称号じゃな。アベ、ウエスギ、マキノ、レドモンドの4人じゃ』
ちょ、レドモンドさん浮いてない!?
どんな経緯でその4人が一緒になったの?
『レドモンドが気になるのか? 確かに他の異世界人とは違う風貌をしていたな。うむ、勇者の中でもっとも有名なのは唯一この世界に残ったアベじゃが、レドモンドはアベに次ぐ程に有名だぞ? 特に道具への拘りが強くレドモンドが提唱したレドモンドセレクションという制度は今でも受け継がれている程じゃ』
えっ、待って、気になる所が多すぎてツッコミが追い付かない!?
レドモンドセレクションのインパクトが強くて他のことが飛んじゃいそう。
いや、無視できないことを言っていたぞ。
“アベだけが残った? つまり他の3人は日本に帰ったの?”
レドモンドは日本じゃないかも知れないけど。
いや、地球以外の異世界の可能性もあるのか?
それとも残ったのが1人って帰ったんじゃなくて他の3人は死亡したから?
『ウエスギ、マキノ、レドモンドの3人は元の世界へと帰ったぞ。無事に帰れたのかどうかまでは確認出来んがな。アベは嫁を娶りこの世界に残ることを選んだな』
帰ったの……帰れる……どうやって?
“それって私も帰れたりするんですか?”
可能性でもあるのかな?
もし帰れる可能性があるなら私は……?
『ふむ……無理じゃな』
何かを確認するように1つ頷いてから宣言された、無理と。
そうですかー。
『3人が帰れたのは召喚の時点で帰還することを前提に魔方陣が組み立てられていたからじゃ。そなたの場合はそれがない。世界を渡ることだけなら可能かも知れんがそれは今の体のまま渡ることになる。それが望みではあるまい?』
召喚と帰還がセット?
小説でよくあるみたいに異世界で長く過ごしたはずなのに気が付いたら元の教室にいて時計が殆ど進んでいなかった、みたいな状況かな?
記憶にないけど私は向こうで死んでこっちに生まれ変わったってこと?
それなら戻れる場所も無いかぁ。
無理だと宣言されてもちろんショックはあるけどこの世界で生きていく決意が固まった気がする。
その意味でもこの身体の、この世界での名前を決めよう。
この世界でもエビならエビちゃんはないな。
エビ、エビ……英語でエビってなんて言ったっけ?
確かシュ、シュラ? 違う?
シュラ……シュ、シュ、シュ……
シュラ、シュリ、シュリンプ!
そうだシュリンプだ。
あっ、シュリ!
これピッタリじゃない?
うん、何気にユリ姉さんの名前も中に入っているし気に入った。
“シュリって名前にしようと思うけど、どうですか?”
『うむ、良い名だと思うぞ』
決まりだね。
今日から私の名前はシュリだ。