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人間……?
弾けた水の中から現れたのは姿形は間違いなく人間。
それも同性から見てもびっくりするくらいの美少女だ。
感情を感じさせない能面のような表情なのが勿体ないとつい思ってしまう。
腰まで伸びたアクアマリンのような薄い水色の髪は水に濡れたような艶を持っているのに優しく風に揺れていて不思議な印象を与える。
エメラルドの瞳は表情と同じく感情を読み取る事が出来ないのに強く輝いて見える。
シンプルな白いワンピースに包まれた身体は美少女と呼んだけど幼女といった方がいいかも知れないくらい小さい。
でも体型は身体のラインがハッキリと分かって手足は細くてお人形さんって言葉がよく似合う。
つい見惚れてしまいそうになるけど、人間……ではないよなー。
なんか浮いてるし。
まぁ、私も地面から浮いてるっちゃ浮いてるけど。
私の目線が人間の身体じゃないからハッキリとした大きさは比べられないけど間違いなく小柄な人間サイズ。
なのに何でだろう……島みたいな大きさだったガメラさんの前を横切った時に負けてない圧力を感じてる?
なんかマンガだったら背景にゴゴゴゴゴ、とか……ざわ……ざわ、なんて表現されてそうな雰囲気だ。
「Uqkyab!?」
そんな雰囲気を感じ取っていなかったのか私を追い掛けていたテナガザルが邪魔されたとでも思ったのか少女に飛び掛かろうとして……次の瞬間にはテナガザルの上半身と下半身がサヨナラしていた。
脳がマヒしちゃってるのかな?
少女が何かしたんだろうけど全く分からなかった。
瞳が動いたのは見えたけど後は指先1つ動かしていなかった。
でもこの少女ならこのくらい当たり前だよねって不思議と納得しちゃっている。
なんだか映像を画面越しで見ているような現実感の無さ。
うん、邪魔者がいなくなって2人きり、今度は私の番だね。
……ぞわっ!
現実感が戻ってきたのか激しく焦る。
えっ、ちょっ、これ以上近付かなければセーフ?
あっ、やめて、こっちを見ないでー!
少女の瞳が私を見ている。
次の瞬間には私も真っ二つにされるのかと思うと声も出ないのに絶叫しそうになった。
終わったーー!!
あれ? まだ生きてる?
やっぱり距離がトリガーになるのかな?
このまま下がって……
「※※※、※※※?」
シャベッター!?
いや、人型だしそりゃ喋るか。
独り言? 話し掛けられてる?
アイ キャントスビーク イセカイゴー!
「※※?」
ど、どうすれば?
何か伝えなきゃと慌てて手足をバタバタさせるけどなんて言っているのか分からない。
これが言葉の壁かー!
……ぞくっ!
寒気? 恐怖で体調に影響が?
もう色々と感情が爆発してパニック状態だ。
「……※※※※※※※※※?」
『……これなら伝わるかの?』
こいつ直接脳内に!
えっ? 何? 2重音声?
喋り掛けられている意味不明な言葉に被さって日本語が聞こえてきた。
まさかテレパシーってやつ?
言葉の壁を魔法で強引に突破する力業。
『ふむ、やはりただのエビにしては自我がしっかりしておるな』
“あのあの、これで返事出来ていますか? もうここに来ないので見逃して貰えませんか?”
テレパシーで会話なんてやったことないよ。
なんとなく話しているような感じを意識してみたけど伝わったかな?
それとも今こうやって考えていることまで筒抜け?
『聞こえておるぞ。ここに何をしに来た? 何が目的じゃ?』
えっ? なんか疑われてる!?
ここは無害アピールをしなきゃ。
“迷子になっただけで私悪いエビじゃないよ”
『陸地にエビがいる時点で異常じゃ。良いか悪いかは知らぬが普通のエビではあるまい』
くっ、反論出来ない。この世界基準でも普通のエビとは言い張れないか。
なんとか誤解を解かなくちゃ……
『まぁ、勝手に読み取るぞ?』
ぞくぞくっ!
ぐわー、寒気めまい動悸息切れ風邪の諸症状がー!
読み取る? まさか読み取るって私の記憶とか心なの?
これはその副作用? さっきの寒気はテレパシーの影響?
頭がー!
『ふむ……外が騒がしいと思ったらバルキナソンか……王は気にしていないか……サソリ?……この船は……ほう……なんと!……しかしこれは……』
ぐえぇー、症状は治まったけど高熱が出てダウンした時みたいにグロッキー。
『驚いたな、そなたは異世界人であったか。異質なのも当然よ』
驚いたって言う割りには無表情のままだけどひしひしと感じていた圧力なくなっている。
もしかして警戒を解いてる?
『扉を守護するのがわしの役目とはいえ流石に可哀想というもの、1度だけ見逃してやるゆえ立ち去るがよい』
やった、助かったー!
私が無害なエビだって伝わったんだね。
でも出て行く前にどうしても聞いてみたいことを恐る恐る尋ねてみる。
“あの、あなたは人間じゃないですよね? この世界に人間っているんですか?”
海の中しか知らなくてこの世界の事を全然知らない。
人間がいるのか、いるならどんな生活をしているのか、中世なのか近未来なのか、エビとして生まれていてもやっぱり気になる。
その答えは?
『いるぞ? あぁ、生きている人間に会ったことがなかったのか。わしは人間ではなく精霊じゃな』
いた。
良かった、ガイコツしか見ていなかったから滅んだ後の世界かもって不安だった。
それにしても精霊かー、大精霊とかかな?
無表情なのに早く出て行けって訴えられている気がするのは被害妄想かな?
それではとクルッと回って出口へ向かい……ゆっくりと動きを止めて振り返る。
『どうかしたか?』
今出て行ったら見逃して貰える。
でもよく考えたらこれって私が望んでいたチャンスでもあるんじゃないか?
怒らせちゃうかな?
でも今を逃したらもう機会がないかも知れない。
覚悟を決めて話し掛ける。
“あの、お願いがあります! 私に魔法を教えて下さい!”
『断る』