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あれ?

この1年で魔法使いとしてどれだけ成長したのか思い返していたはずが出て来たのが料理関係ばかりだった?

あれれぇ、おかしいぞぉー?


うん、戦闘面でも成長してはいるんだけどね。

なんか魔法の規模は大きくなったけど新しく覚えた魔法は少ないというね。

ゲームやマンガでファンタジーに親しんだ現代人ならもっといろんな魔法が使えるようになるって思っていたけど、魔法の制御力が増えてみても意外と使い道が思い付かなかった。

こんなに貧相な想像力しかなかったことに絶望するね。

そりゃあクリエイティブな活動なんて全くと言っていいほどやって来なかったけどさー。


もしくは科学が得意だったならいろんな現象を魔法で再現とか出来たかも知れないけど、あいにく高校の科学のテストで平均点付近の私じゃお手上げだ。


結局異世界に行ってから本気出したって遅いんだよね。

まぁ、いつ異世界に行ってもいいように日本で本気出してるヤツなんて見たことないけどさ。

こっちで生まれた環境にも依るかものかな?


問題なのは未だに魔力について感じ取れていないことだ。

初見で相手が魔法使いかどうか判断できないし、戦いになっても相手の魔法が目で見て分かることしか分からない。

なのに相手には明らかに目で見ていないのに反応している時がある。

対抗して魔法の目玉で後ろの死角を見張ったりするけど後ろからの攻撃が見えてもどっち向きに反応すればいいのかなかなかとっさに反応するのは難しい。

慣れればもっと上手く出来るのかな?


魔法の手に感覚を持たせたみたいにイメージし易いことから段階的に練習したら魔力が分かるようにならないかと思ったけど、元から魔法が使えない地球人には最初から分からない感覚なんだよねー。


そんな訳で相変わらず私の戦闘での基本戦術は防御を固めて一方的な攻撃。

理想は反応速度関係ないくらいの堅い守りと飽和攻撃だ。

まぁ、現実はそんな都合良く行かないんだけどね。


それでも魔法の制御力が上がったから攻撃にも結構な物量を回せる様になった。

防御力は大幅にアップして半年前には沈没大船団の真上をサンゴ礁の攻撃を受けながら無傷で通過出来るまでに成長した。

それでも視界を埋めるほどの一斉攻撃は心臓に悪かったよ。


沈没大船団の中での生活も変化があった。

他のエビやカニに指輪を渡した事で彼等の行動範囲が広がった。

指輪を渡したのは指輪の効果を実験する意味も有ったんだけどね。

バッチリ機能してサソリから襲われなくなったよ。

感謝されているのかたまに獲物を差し入れしてくれたりと奇妙なご近所付き合いになっている。

遠出して獲ってきたお魚はこっちからお裾分けしたよ。


見様見真似で私の魔法のお鍋の真似をしたり沈没大船団で加熱調理がブームになっているみたい。

流石に私ほど効率のいいお鍋は創れていないけどね。


そんなエビやカニだけど身体が大きくなるとその数が減っていった。

死んじゃった分けじゃなくてどちらかと言えば巣立ち?

どうやらここよりも深い海に引っ越して行ったようだ。

全体の半分くらいが旅立って行った。

出ていく前に私の所に指輪を返しに来たのは卒業式みたいで涙腺に大ダメージだったよ。


残ったエビやカニはずっとなのか分からないけどここで暮らすって判断をしたのかな?

それとも出て行くのが遅れているだけなのかな?

お母さんエビは明らかに遙かな深海で住んでいそうだし成長する毎に深い所に進んでいくのが正しい生態なのかも知れない。


私は人里からこれ以上完全に離れるのがイヤでここより深海に旅立つ気が起きなかった。

もちろん沈没大船団での暮らしはそんなに悪い気はしないしご近所付き合いも楽しんでいる。


でも、他の兄弟エビと仲間意識みたいなのが芽生えるほどにやっぱりもっと誰かと会話したいって想いが強くなってきた。

人間を探したい。

もし拒絶されたらその時はエビとして深海で生きようか、なんてことをつらつら考えてしまう。


人間の痕跡と言えばこの異世界に来てすぐに見付けた洞窟の壁に刻まれた矢印と文字。

気になって浅瀬の岩肌から潮溜まりに続く切れ目を何度も探しに行った。

何度目かの探索で切れ目を見付けることは出来たんだけど見付けた頃にはもう身体が大きくなっていて通り抜ける事が出来なかった。

まぁ、仮に通れたとしても明らかに危険な洞窟に入っても大丈夫な自信が持てない内は奥に入り込むつもりはないけどね。

あの巨大なイカとかスゴく強そうだったし潮溜まりのカエルもどのくらいの強さだったのか当時の私じゃよく分からなかった。

今だとカエルとも戦えるかな?


他に切れ目がないか探したりしたけれど、洞窟まで続く道は未発見。

もし見付からなかったら最後の手段として崖の削って洞窟まで道を作ろうかと考えているけど崩落して生き埋めにならないか心配なので本当に最後の手段だ。


今日は天気が良かったので沈没船2号館に移動。

ここから夕暮れを眺める。

ここ何日かの悪天候がウソみたい。

ゆっくり1年を振り返りながら穏やかな時間が過ぎていく。

太陽が沈んで星が空に浮かび上がってくる。


あぁ、これが見てみたかった。

2つのお月さまがピッタリ重なって1つだけに見える月。

ずいぶん前から多分こうなるんじゃないかと思って楽しみにしていた月。

最近天気が悪かったから見れないかと心配していたけど今日がちょうど重なっているね。


今日が節目。

なんとなくそう感じる。

感じるというかそう心に決めていたのかな?

新年を迎えたような気持ちで明日からまた生き抜いていこう。


……ゴーン……ゴーン……ゴーン


えっ?

突然大きな音が響いてきた。

今までに聞いたことがない音に穏やかムードから一転警戒態勢に入る。

いったいどこから?

腹に響くような重低音が何度も聞こえてくる。


それにしてもまるで鐘の音みたいなんだけど?

除夜の鐘?

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