フェティシズム・ファンタズ〜俺が性癖で世界を変えた件〜

作者: Wana-wana

ひどく暗い夜だった。ざわつく風は、生温さを伴い、あまねく人々に不快さを与える。


「よお、じじい。こんなところに何のようだ?」


狭い路地。

ここの路地は果たして幾人を飲み込んだのだろうか。


「ここを通りたいんじゃが」

「ああ、なるほどね。ところで、ここは最近、新しいルールができたんだ」


若い男のそれは、暴力に慣れた笑いだった。眼前の老人が、次の瞬間には地面の倒れ伏すことが間違いないと、確信している。


そして、それはそのはずだった。

いつの間にか男の目には、性癖スカウターが。そして背中からは彼の性癖が生えていた。


「俺の性癖のうりょくは"尊厳破壊"なんですねえええ!ジジイみたいな"純愛"なんてありふ…………ま、まてなんだその…………む、むきぶ………………うわあああああああ!」


一瞬で、性癖尊厳破壊くんは、脳みそをぶちまけて死んだ。

無機物純愛ジジイは何事もなかったかのように、服についたホコリをはらう。

そして、ひとつため息を吐いた。


「良い、性癖使いの男がおると聞いとったのに、実際はただのチンピラじゃったか」


無機物にしか欲情しないジジイ(妻帯者)は、この世の全てを憂う。


「性癖は、みがいてこそじゃというのに。性癖バトルは、"質"と"量"を備えて初めて闘いの舞台にたてる。そのことすら、理解もせず、単に特殊な性癖を持つだけで満足する輩が多すぎる。時間を無駄にした」


ジジイ(奥さんは人間)が、ごほごほと咳き込んだ。掌に血がつく。


「儂には時間が残されておらん。早く──」


切実に。長年恋焦がれるように。


「早く後継になりうる性癖使いを見つけねば」


ひどく暗い夜。

ひどく暗い路地。

残されたのは、血の匂いだった。




俺の日常というものはひどく簡単に崩れ去ってしまった。


『せーいへきへきへき!!!!』

「なんなんだよその鳴き方!」


そして、鳴き声はギャグでしかないのに、そいつらが俺の生命を奪うには十分ということだけは嫌でも伝わってきてしまう。

まるでワニのように地を這うための太い4本の脚。

げらげらわらう口元から覗く尖った歯。

鋭い爪は妙にテラテラと光を帯びていて、赤黒かった。


いつもの放課後。いつもの通学路。

それを一変させた化け物ども。


『へきへきへき』


とてつもなく、悪趣味な笑い方で迫りくる化け物。

けれど、俺もう怖くて、指先を動かすことすらできやしなかった。

ギラリと光る歯。おぞましい目。


『せーいせいせい』


たまらず俺は目を閉じる。次の瞬間にやってくるのは、とてつもない痛みなんだろう。


だが。


「"男性同士ケンカップル"」


聞こえてきたのは涼やかな女の声と。


『へきせいいいい!?!?!?』


化け物どもの断末魔だった。


「あなた、立てる?」

「あ、ああ」

「良かった。じゃあ、走れる?」


まばゆいばかり光る金の髪。

どう見ても日本人のものではないだろう。


その証拠に近隣の高校のものと思しき、セーラー服を押し上げる胸も日本人離れしている。


俺は胸からとっさに目を逸らした。


「なるほどね、性癖は"巨乳"と」

「ち、ちがうし!」


あと、その突然かけためがねなに?


「性癖スカウターに映っているのだから、誤魔化せないわよ変態」

「性癖スカウターってなんだよ」


いやまあ、わかるけど。

わかるけど、わからねえんだよ。


「うーん、にしても、あなたの性癖って」


ふっと、女が笑う。


「平凡よねえ」

「なんで俺、初対面の女に性癖さらされた上でバカにされてんの」


しばいたろうかこいつ。


「大事なことなのよ。とりあえず、走りながら話すわね。ここは離れる方がいい」


走り出す女。

何が何だか、わからないが、そのとおりにすべきだと思ったので、まだ震える足をなんとか動かす。


ゆさりと女の胸が揺れた。


「変態」

「すんません……」


俺のサガなの。


「それで?あなたはあれらに狙われた理由に覚えはある?」

「ないよ」

「そうよね。あなたの性癖なら、狙う理由もない。実にありふれた、一般的な男性ならみんながもつ欲望の権化みたいな性癖だしね。ほんとうに、特殊さの欠片もない」


多分、この女今俺のことをごみを見るような目をしている気がする。

前を向いて走ってるから実際のところは全然わからないけど。


「何のためにあいつらはあなたを狙ったのかしら」



『クセックセックセッ、それは、あの方からの命令だからだ』



「っ!」


それは突然、目の前に現れた。

さっきの化け物どもと同じデザインで、人型のやつだった。


「ば、ばかな!完成していたの!?性癖サイボーグ!」

「なにそれ」

『クセックセックセッ。実に愉快だ』


こいつの笑い方、これなんだ。


『雑魚一人を捕まえるだけのはずだったのに、極東の腐ロイランにも出会えるとは。これで、ヘキも組織で昇進間違いないだろう』


一人称ヘキなんだ。


「逃げて」

「え?」

「早く逃げて!こいつ相手に、私の性癖は」

『展開──"NTR"』


世界が一変する。

女の背中に見える二人組が、すぐさま相手の背中に見える二人組に飲み込まれた。


『ヘキの"NTR"はあらゆる関係性癖に特攻する』

「くっ……私の脳が焼かれ…………」


なんかわからんけどピンチになってる女。


「はやく……にげな……さい。巨乳なんて平凡な性癖じゃ、こいつには勝てない。巨乳ごときただの一般性癖じゃ……」

『クセッ。こいつ、やっぱりただの巨乳好きだったか。ヘキも巨乳は嗜むが、標準装備みたいなもんだからな』


性癖サイボーグは、俺をさげずむ。


『そもそも、巨乳の何がいいのか。貧乳こそが至高だというのに』



ぶつんと、俺の中で何かがちぎれる音がした。


「おい」

「ばか……はやくにげなさいって…………いったのに」


俺は倒れてる女の、上半身を抱き起こす。


「言葉に気をつけろ。三下」


何かが己の内から溢れてくる。おそらくこれを溢れさせたら、俺の日常は終わる。

だが、今はそんなことどうでもいい。


「それを言ったら戦争だろ」


その言葉は知っていた。


「開放──"巨乳"」


『展開──"NTR"。クセックセックセッ。雑魚性癖は、所詮雑魚性癖だ。たかが巨乳ごとき…………ま、まて、なんだこの質量は。そんなばかな、これは巨乳なんかじゃなく……………うお、でっっっっっ』


誰も踏み込めない山奥で、一人の女が目を見開いた。


「来たか──」


性癖──悲恋。




そこはネオン街。夜にはあまりにも不釣り合いな少女は、ここの王だった。


「くすくすくす。すごいのがくるね」


性癖──おねショタ(逆転)。




断崖絶壁の上で老婆は不機嫌そうに呟く。


「盛大に不快な奴が増えたようさね」


性癖──まな板。



それは人ではなかった。伝説の獣。


『Gyoaaaaaaaa!Carrrrrrrr!』


性癖──Dragon×car





少年だけがまだ知らない。

彼がこの世界に起こす革命を。

盛大に続くわけがない