7話 小太郎、しぶしぶながら決意する
無事軍資金を確保した俺たちは早速その足で服屋に向かい、それぞれが新しい服を手に入れた。
「これで悪目立ちすることもなくなったな」
あれだけジロジロ見られていたのが嘘のように、今や誰一人として俺たちを気にしている様子はない。
俺は金袋から金貨12枚を取り出し、
「じゃあ軍資金を渡すから早速情報収集にあたってくれ」
各自に3枚ずつ配ると、四人はまるで示し合わせたように俺を見た。
「どしたん?」
「なんすか、これ?」
ハトがクルックルーな顔をした猪助が問いかけてくる。
「だから今日の活動費だよ」
蓮華が素っ頓狂な声を上げた。
「はああっ⁉ 300万貰ったのになんで3万なの! 頭領だからってそんな横暴が許されると思ったら大間違いよ! キッチリ四等分にしなさいな!」
こいつどさくさに紛れて四等分って言ったよね?
絶対俺を勘定に入れてないだろう。
「残りの金は当面の生活費に充てる予定だから絶対に駄目だ」
貯金派の俺とは違って蓮華、段蔵、猪助の三人は里でも金遣いが荒いことで有名だ。ちなみに幻爺はよくわからん。
渡したら渡した分だけ使う未来が俺にははっきりと見えている。
「釈迦に説法ですが情報収集に金が必要なのは若も重々承知でしょう。3万ぽっちじゃほんのすこーし飲んだだけで消えちまう」
「なんで酒を飲みながら情報収集することが前提なんだよ。別に飲まなくても情報収集はできるだろ」
「フォッフォッフォッ」
「駄目だよ幻爺。捨てられた子犬のような目で俺を見つめても。これ以上は絶対に渡せないから」
「だったら獣魔をじゃんじゃん狩ればいいんじゃないっすか?」
蓮華は猪助をズビシッと指差し、
「それよそれ! 猪助もたまにはいいこと言うじゃない」
「たまには、は余計っす」
猪助に言われるまでもなく獣魔を狩って当面の資金を稼ぐことも考慮にいれたが、ギルドの現状を知った今となってはあまり得策とは言えなかった。
「解体屋の反応をお前らも見てただろ? 金額からしてもあれは簡単に倒せない獣魔なんだよ。ろくな冒険者がいないなかで俺たちがそんな獣魔をどんどん持ち込んでみろ。専属冒険者じゃなくても絶対ギルドに目をつけられる。よって却下だ」
「あれもダメこれもダメ。ダメダメばっかり言ってたら部下のやる気が削がれるだけっす」
「そうだそうだー!」
猪助の言葉に、蓮華が賛同する。
普段それほど仲がよくないくせにこんなときばかり意気投合しやがって……。
段蔵が訳知り顔で言う。
「若、子供が小遣いを欲しがっているのとはわけが違います。右も左もわからねぇ異世界に放り込まれた以上、情報収集が大事なことは十分わかってます。もう少し俺たちのことを信じてはもらえませんかねぇ」
……そうだった。
俺たちはこの異世界に放り出された流浪の忍び。みんな口にこそ出さないが、きっと本音の部分では不安なはず。
頭領たる俺がこいつらのことを信じてやらなくて誰が信じるんだ。
「俺が悪かったよ。金は全部渡すから上手く使ってくれ。ギルドに行く途中、蓮華が美味しそうって言ってた店があっただろう。今日はそこで夕飯を食おう。もちろん俺の奢りだ」
「小太郎様……」
俺は目を潤ませる蓮華の肩に手を置いて、
「蓮華は情報収集のスペシャリストだ。期待してるぞ」
蓮華ははにかみながら、
「うん、任せて」
「じゃあ始めてくれ」
俺の言葉を合図に、四人は一斉に行動を開始した。
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「長々とお邪魔してすみませんでした。おかげさまで色々と参考になりました」
「おう。しかしお前さん相当な田舎から出てきたんじゃないのか? ちょっとものを知らなさすぎるぞ」
「おっしゃる通りです。平和なだけがとりえの村です」
「いいことじゃないか。今は平和ってだけで貴重なご時世だ。この街だっていつ魔族に襲われても不思議じゃない。ま、聞きたいことがあればまたいつでも聞きに来な」
「はい、そのときはよろしくお願いします」
雑貨屋の店主に礼を言って外に出ると、夕闇が空を覆い始めていた。
まぁ現状はそれなりに把握できたし今日のところはこんなものかな。
ちょっと早いけど先に店に行ってあいつらが来るのを待ってるか。
【俺の飯】と書かれた看板の前。
建物越しに楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。
店の扉を開けると────。
「ねえちゃん、異世界ウィスキーを十杯追加だ! ガハハッ!」
「ついでにマーマンヒレステーキを三枚、なるはやでよろー」
「ちょっとそこのショタっ子ボーイ。この超絶美人なお姉様にお酌しなさいな!」
「え、僕? 僕お店の人じゃないけど……」
「そんなことはどーーだっていいのよ。お酌してくれたら好きなだけおっぱいもませてあげるから。くノ一のおっぱいなんて中々もめないわよー」
なんだこのカオスな光景?
呆気にとられて店の入り口に突っ立っている俺に、
「あのーもしかしてあちらのお客様のお連れ様でしょうか? 三時間前からずっとあの調子で……。さすがにその、ほかのお客様にもご迷惑なので……」
そう声をかけてきたのは店員らしきお姉さん。
どうにかしてくれと言わんばかりの目で訴えてくる。
「あ、ちょっと!」
お姉さんの制止を振り切って、俺は開けたばかりの扉をそっと閉じ……。
「異世界に溶け込みすぎだろ! てかむしろ迷惑かけてるじゃん! かけまくりじゃん! 誰だよ本音では不安なはずなんて言ったやつは! 俺だよ! もういやッ!」
しゃがんで両手で顔を覆ってシクシクしていると、ポンと肩を叩かれる。
振り返るとそこには優しい表情を浮かべた幻爺の姿。
「げんじいいいいい!」
「フォッフォッフォッ」
うん、一番楽しんでいるよね。
めっちゃ頬にキスマークつけてるし。
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廃村に戻って早々、俺は四人を自宅へと呼びつけた。
「なによー、話なら明日にしてくんない。あたしもう眠いんだけど」
「「同じく」」
「フォッフォッフォ」
「シャラップ。情報は鮮度が命。これから各自集めた情報を開示してもらう。が、そのまえにひとつ確認しておくことがある」
「確認ってなによ?」
不満たらたらの蓮華へ、
「現在の所持金はいくらだ」
「所持金? 所持金は……0でええええっす!」
ドヤ顔でサムズアップする蓮華に軽く殺意を覚えながら続けて段蔵に問う。
「所持金は?」
「若も知っての通り、俺は宵越しの金はもたねぇことにしてるんで」
知らんわそんな話。
というか、信じた結果がこれかよ。
少しでも悪いと思った俺の優しい気持ちを返せ!
俺は最後の砦、自信ありげな笑みを浮かべて両腕を組んでいる猪助に期待の視線を送った。
「猪助、信じているぞ」
「所持金は──10000ルーラっす!」
くっ!
たった10000ルーラーなのに残ってるだけまともだと思ってしまう自分がくやしい!
「フォッフォッフォッ」
「あ、幻爺は言わなくていいよ。最初から0って知ってるから」
そんなお店じゃないはずなのになぜか綺麗なお姉さま方に囲まれていた幻爺は、心の赴くままに金を配りまくっていた。下手にやめさせておかしな空気に、具体的にはお姉さま方に白い目で見られることに耐えられそうにもなかった俺は生暖かく見守るしかなかった。実にチキンである。
「そういう小太郎様はいくら残っているのさ」
「俺か? 0だけど」
「なぁんだ。あたしと一緒じゃない」
俺はすかさず、
「お前たちの飲み食いの支払いで財布が完全に空っぽになったからな」
「へ、へぇぇ。そうなんだ。小太郎様ってば、ふとっぱらぁ……」
気まずそうに目を反らす蓮華。さすがの蓮華も悪いとは思っているらしい。どいつもこいつもタダだからって高い酒や料理を頼みまくった結果だ。
猪助と段蔵は口笛を吹いて我関せずを貫いていた。
「ではあらためて報告を聞こうか」
「じゃあ俺から報告するっす。────」
飯屋でのご乱行は目に余るどころの話じゃなかったが、四人から(幻爺はまともな会話にならないから正確には三人だが)得た情報はそれなりに有用なものだった。
たとえば冒険者ギルド。
各大陸それぞれにギルドがあり、冒険者の行き来はあってもギルド自体は所属する国とのつながりがどうしても強くなるため、他大陸のギルドとは基本関わり合いがないとのこと。
冒険者の強さを示す階級は全部で六つ。五級、四級、三級、二級、一級、特級の順に上がっていく。
第三大陸においては2級冒険者が最高位で、ふたりいる2級冒険者のうちのひとりは猪助が殺った魔将バルガの手によってすでに殺されているらしい。もう一人は今も健在でクレアという名であることが判明している。
リーンウィル王国の現状については事前にフィアナから聞いた通りで、さらに蓮華の情報によれば王都シェスタを守る最後の砦──バードロック砦を落とすべく魔王軍が侵攻を開始したとのこと。
「あとは兵士の脱走が後を絶たないとか、大分前に魔力の大部分を失った聖女が城から追放されたなんて噂話も聞いたわね」
「その聖女についてもっと詳しく!」
「はあ? もっと詳しくって言われてもそれ以上のことなんて知らないわよ」
ちぇっ、使えんやつめ。
ここは異世界だぞ。そこが一番大事だろうに。
「なんにしても兵士の脱走があとを絶たないって時点でこの国は詰んでるわね」
蓮華の見解に異論を挟む余地はなかった。現状を肌身で実感しているのはいつだって最前線に立たされる兵士だ。
猪助が蓮華の話を補足するように話を続ける。
「第一と第二大陸に渡るための唯一の港町も魔王軍に占拠されてるらしいっすよ」
つまり逃げ場はどこにもない、と。
あれ?
これって俺たちも詰んでね?
「くくくっ。どうやら目立ちたくないなんて言ってられなくなりましたな。このまま放置しておけば必ず俺たちにも害が及びますぜ」
段蔵が楽しそうに言う。
「忍び装束を着てればいくらでも正体は隠せますし、これもなにかの縁だと思って助けてあげてもいいんじゃないっすか。もちろん金はしっかり頂きますけど。魔族のせいで昨日のマーマンヒレステーキが食べられなくなるのはちょっときついっす」
猪助よ、お前もか。
「あたしの要求に応えられるようなコスメ用品はなかったけどまぁまぁのものは揃ってるし、このまま魔王軍とやらに街が蹂躙されるのは面白くないわね。もちろんあたしに喧嘩を売るつもりなら盛大に買ってあげるけど」
このバーサーカーめぇ……。
それにしてもなんだか俺が駄々をこねて悪いような流れになってない? 蓮華たちの言い分のほとんどは欲に塗れているっていうのに。
とはいってもなぁ。
このままだと俺のささやかな望みも……。
はぁ……偉そうなことを言ったところで結局俺もこいつらと同類、同じ穴の狢ってわけか。
────仕方がない。
俺はガシガシと後頭部をかき、
「この国が滅ばない程度で手助けしますか」
この世界には伝説と呼ばれるものが二つある。
一つはかつて世界を恐怖のどん底に突き落としたという魔神キュリオス。
一つはかつて命を賭して魔神キュリオスを封じたという女神ルーレシア。
そして、世界の人々は知ることとなる。
【ブラックシャドウ】
新たなる伝説の幕開けを。