4話 美食家
一部エグイ描写あり
第三大陸の攻略を進める魔王ゼブルは、配下である三魔将がうちのひとり、魔将イメルダの訪問を受けていた。
「魔神キュリオス様の復活に目途はついたか?」
「ダ―ナから順調との報告は受けていますがそこまでには至っていないようです」
「そうか。──で、今日は何用だ?」
「そのダ―ナからの定時連絡が途絶えました。ダ―ナばかりでなくバルガからの連絡も途絶えたとの報告も受けています」
「二人同時か。それはいささか妙だな」
ゼブルは第三大陸の七割を制圧していた。この大陸を魔神キュリオス復活のための実験場と位置づけ、魔将ダ―ナには魔神キュリオスを復活させるための研究を、魔将バルガには魔神復活に欠かせない贄となる人間を集めるよう命じていた。
「協調性の欠片もない奴らではありますがこれまで定時連絡を怠ったことなど一度たりともありません」
「回りくどいな。何が言いたい?」
「絶対にあってはならないことですが……人族に殺られた可能性が高いのではないかと……」
イメルダの言葉をゼブルは一笑に付した。
「音に聞こえた堅物が冗談を言えるとは、さすがの余も思わなかったぞ。どこぞの人族にでも教わったのか?」
「ゼブル様、お戯れもほどほどに願います」
「そう怒るな。もし本当に抗うだけの戦力を残しているのであればとっくに差し向けているはずだ。有用な戦力を温存する余裕などやつらにあるはずもない。第三大陸の聖輪騎士団も壊滅し、人族の頼みの綱だった炎の勇者もすでに過去のもの。この上誰が余に仇名すというのだ」
炎の勇者はゼブル自らの手で葬り去った。手前勝手な正義を振りかざす実に勇者らしい勇者だったが、肝心の実力はゼブルの足元にも及ばなかった。
「第一もしくは第二大陸から新たな勇者が召喚され差し向けられた、と考えることもできます」
「港が奪われたとの報告は聞いていない。イメルダは聞いているのか?」
「聞いてはいませんが港を使わずとも上陸はできます。少数であればなおさらです」
「ククッ。イメルダはどうしてもダ―ナとバルガを亡き者としたいらしい。それほどまでにあやつらのことが気に入らんか」
「いえ、決してそのようなわけでは……」
言い淀むイメルダ。
ゼブルは手にしていたワインをテーブルに置いた。
イメルダの懸念もわからなくはないが、人族は魔族にここまで追いつめられながらも同族同士の争いをやめられない愚か極まる劣等種。第三大陸のほぼ手中に収めたと言ってもいい今日の状況下で助けにくることなど万が一にもない。そうゼブルは確信していた。
「イメルダの言う通り新たな勇者が召喚されていたとしよう。でだ、我々に唯一対抗できるであろう貴重な戦力をわざわざ他国のために派遣しようと思うか?」
「普通なら思いません。ですがダ―ナとバルガの連絡が途絶えたことは事実です。そしてこのまま放っておくわけにもまいりません。お許しをいただければ私が直接調査に赴きたいのですが」
「調査か……三魔将のイメルダをしてそこまで駆り立てるものはなんだ?」
今回に限って執拗に食い下がるイメルダの姿が珍しく、ゼブルは少しばかりの興味を覚えて尋ねてみた。
イメルダは少しの間を置いたのち。
「勘、とでもいいますか、妙な胸騒ぎがするのです。我々の知らないところで何かとんでもないことが起きているような……」
もし雑兵が勘などと抜かしたのなら即座に殺しているところだ。しかし、それを口にしているのは仮にも三魔将。軽く受け流していい類のものでもないが。
「どうも話が抽象的すぎるな。連絡が途絶えている以上調査をするのはもちろん構わん。だがそれはお前でなくてもできること。魔将には魔将のやるべきことがある」
「と、申されますと?」
「バードロック砦を速やかに落とし、奴らの喉元に刃を突きつけることだ」
人族最後の希望であるバードロック砦が陥落すれば、王都シェスタは丸裸同然となる。攻め落とすにはちょうどいい頃合いだろう。
イメルダは恭しく片膝を折り、
「かしこまりました。調査は部下たちに任せ、この魔将イメルダ、これより軍勢を率いてバードロック砦攻略の任に就きます」
「バードロック砦を落としたら王に使者を送れ。そして王自身に選ばせろ。奴隷となって生き長らえるか、それとも名誉ある死を賜るかを」
「ははっ!」
「バードロック砦攻略は第三大陸を完全に手中にするための言わば余興みたいなもの。気楽に、そして存分に魔王軍の恐ろしさを見せつけてやるといい」
「魔王ゼブル様の仰せのままに」
「うむ。では硬い話はここまでとして、イメルダも一緒にどうだ?」
「いえ、すぐに準備に取り掛かりますので」
「そうか」
「では失礼いたします」
立ち上がり真紅のマントを翻したイメルダは、颯爽と部屋を後にする。
ゼブルは中断していた食事を再開した。
「ほう、この脳みそのソテーは中々に美味ではないか。何年物だ? いや待て当ててみせよう。……これは二年ものだな?」
「お、恐れながら魔王陛下、そちらは三年物でございます」
「ほう、これで三年物か。フフッ。余もまだまだだな。しかし熟した脳みそも悪くはないがやはり脳みそは若いのに限る。だがそれだけでこの味はだせぬ。余も色々な料理人を試してみたがお前が抱えていた料理人を上回る者はいなかった」
「もったいなきお言葉。魔王陛下のお言葉を聞けば料理人は歓喜に打ち震え、より一層精進することでしょう」
給仕をする元上級貴族の奴隷が震える声で言う。
「うむ。余が言うのもなんだが、力が全ての魔族は品性を欠く者が多くてな。食事にしても腹が満たされればそれでいいという輩が少なくない。しかしこれからの魔族は力だけでは駄目だ。まずは品のよい料理を食べさせることで、マナーを身につけさせたいと考えている。人族を品よく支配してこそ一人前の魔族だ。お前もそう思うだろう?」
「まったくもって魔王陛下のおっしゃる通りでございます。実に素晴らしいお考えでございます」
「うむうむ。それにしても料理という一点においては魔族よりも人族のほうがはるかに優れていることがわかる一品だった。聞けばお前もかなりの美食家だったというではないか」
「いえいえ、私など魔王陛下の足元にも及びません」
「そう謙遜することはない。どうだ、お前も一口食べてみるか? 遠慮はいらんぞ」
「ひいぅっ! め、めっそうもございません!」
奴隷は首がちぎれんばかりの勢いで左右に振る。
「本当に遠慮はいらんぞ?」
「何卒! 何卒ご勘弁ください!」
「そうか」
おもむろに差し出したグラスへ、奴隷はガタガタと震える手でワインを注いでいく。
そんな奴隷を面白おかしく思いながら、ゼブルは心ゆくまで食事を堪能した。