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23話 恋愛ノススメ①

「お、真向かいの空き物件、借り手が決まったのか」


 物件を眺めていると、作業員らしき男たちが続々と道を挟んだ空き物件に集まってくる。

 それにしてもやたら多くないか? ざっと三十人はいるぞ。


「ほんとはここがよかったんだよなー」


 現場監督らしき人が作業員に向かって指示する様子を眺めながら俺がそんな独り言を呟いていると、


「じゃあなんであっちを借りなかったんすか?」

「あそこの持ち主は上級貴族らしくてな。アホみたいに家賃が高かったの。たとえ金の都合がついたとしても俺自身信用がないから駄目なんだとさ」


 不動産屋曰く。例外はあっても基本その日暮らしの冒険者だと、最低3級以上でなければ貴族の信用は得られないらしい。

 実績がものを言うのはどこの世界でも一緒ということだ。


「ふぅん」


 聞いといて気のない返事はやめろよ。


「そういえばさっきなんか言おうとしていなかったか?」

「じゃあ俺はこのへんで失礼するっす。これからライムちゃんシークレットライブの準備があるんで。あ、くれぐれも今の話は他言無用っすよ」

「言わんわ。行くのは構わないけど質問に答えてからにしてくれよ」

「若様なら問題ないっす」


 そう言いながら足早に立ち去る猪助。

 なんだよ問題ないって。めちゃめちゃ気になるじゃないか。


 仕事なので強引に引き留めることもできず、そのまま猪助を見送った俺はその足で毎度おなじみのギルドに向かう。


「こんちゃーす。──ん?」


 数人の冒険者が掲示板前で暇そうにたむろっていた。が、それはいつものことで俺が目を引いたのは、部屋の隅っこでひそひそ話をしている二人組だ。

 ひとりはこのギルド・ミザリ支部唯一の良心であるカレンさん。そしてもうひとりは最近知り合いになった同じ4級でフリー冒険者のリドル。

 リドルは裕福な商家の三男坊で金に困っているわけでもないのに『金持ちの俺が人々のために命を張って獣魔と戦うなんてかっこよくね? もてまくりじゃね?』との理由から冒険者になったまぁ色々と残念なやつだ。


「コソコソとどしたん?」

「なんだコタロウか」


 俺が話しかけると、リドルがつまらなそうな顔でそう言った。


「なんだとは随分じゃないか」


 カレンさんは頭の上に豆電球が光ったような反応を見せ、


「コタロウさんちょうどいいときに。リドルさん、コタロウさんに直接頼んでみたらどうです? 私も個人的にお世話になったことがありますし頼りになりますよ」


 なんだかすごく嫌な予感がする……。


「たしかにコタロウは無駄に器用なところがあるから解決できるかも」


 無駄に器用は余計だ。

 リドルはいつになく真面目な顔で、


「コタロウ幽霊って信じるか?」

「信じません」


 じゃあと言って立ち去ろうとする俺の肩をリドルがグイと掴んだ。


「もう話は終わっただろ? その手を離したまえ」

「実はな」


 俺は両耳を塞いで、


「あーあー聞こえなーい! 聞こえなーい! なーんにも聞こえなーい!」

「頼むから聞いてくれって!── あれは俺が十歳の頃」

「そんな前からかよ⁉」

「聞こえてるじゃん♡」


 こいつ……!


「あれは私が八歳の頃──」

「カレンさん⁉」


 カレンさんは恥ずかしそうにはにかみ、


「ちょっとだけノッて見ました」


 かーわーいーいーーーーーっ!

 どれくらい可愛いかというと、ロシア語でデレられるより可愛いかもしれん。あぶないあぶない。うっかり萌え死ぬところだった。


「おい、俺のときと随分反応が違くないか?」

「笑止。俺を萌え死にさせたかったらあざと戦隊カレンさんにあざとさのなんたるかを一から学んでこい」

「えっ⁉ 私ってあざといの⁉」


 えっ⁉ まさかの天然系ですか⁉

 驚愕のカレンさんを華麗にスルーし、リドルに話の続きを促す。


「幽霊がどうしたって?」

「俺の彼女が働いている店に毎晩幽霊が出るらしくて痛ッ! おいなんで急に叩いた⁉」

「すまん。なんか手が勝手に」


 どうしちゃったんだ、俺の右手?


「はあ⁉ 意味わかんねえ」

「まぁまぁ、続きをどうぞ」

「……俺の彼女が働いて痛ッ⁉ だからなんで叩く‼」

「ほんとすまん。なんか手が勝手に」


 どうしちゃったんだ、俺の左手?


「ささ、遠慮なく続きをどうぞ」


 リドルは俺の手の届かないところまで距離をとる。明らかに警戒していた。

 

「全然意味わかんねぇけど話すから手は出すなよ……俺の彼女が働いている店に幽霊が出てオーナーさん夫婦が困ってる……ってちゃんと聞いてるか?」

「──お前彼女いたんだな」


 そう言ったときの俺は、少なくとも笑顔であったとは思う。

 リドルが眉をしかめる一方で、なぜかカレンさんは見てはいけないものを見てしまったかのように目を逸らしていた。


「そりゃ彼女くらい普通にいるでしょう」


 何当たり前のことを言ってるんだばりのリドル。だが、俺にとってそれは終わりの始まりに過ぎなかった。


「え? もしかしてお前……いい年して彼女のひとりもいないの?──あ、だからムカついて俺のこと叩いたのか?」


 俺の背後でカレンさんがリドルに向けて必死に大きなバツ印を作っている。見なくても気配だけでわかっちゃうところが忍びのすごいところだぞ。


「くくくっ。実にとんちんかんな考察だ。年齢と彼女がいないことにどんな因果関係が? それに今の俺はただ一つの運命を捜す旅人だから彼女がいなくてもおかしいことは何一つない。はい論破」


 もう論破すぎて震えるまである。


「マジで何言ってんのかわかんねぇぞ……カレンちゃんわかるか?」

「わたし⁉」


 カレンさんは不意を突かれたように体をビクッと震わすと、


「ええっと……つまり……その……コタロウさんは童貞さん、ってことですかね?」


 痛恨の一撃!

 小太郎は9999のダメージを受けた。

 小太郎は瀕死の重傷だ!


 HPを9999も削るってどんな攻撃よ。俺じゃなかったら確実に死んでるぞ。

 カレンさんって優しい顔で人をボコるタイプなのね……。


「い、いやいやいや。さすがに20歳で童貞はあり得ないって。今時点で彼女がいないってだけだろ。そ、そうだよな? なっ?」


 なぜか必死な様子のリドルに対し、俺はあらかじめ設定された機械のように口を動かす。


「モチロンソウダヨ」

「……ほ、ほらあ。カレンちゃんさすがに冗談きついって」

「そ、そうですよね。さすがにそんなことないですよね。ははは……はは……」

「…………」

「…………」


 なに、この生き地獄。

 蓮華にディスられたほうがはるかにましなレベルなんだが。


 俺はこの生き地獄を脱するため、大きな咳ばらいをしつつ強制的に話題を変えることにした。


「大体彼女のひとりもってお前は二人も三人も四人も五人も彼女がいるってことなのか? 自慢なのか? 死ねばいいのに」

「さらりとひどいことを言われた⁉」

「で、その年中発情製造機君がこの俺様に何をお願いしようって言うんだよ。おおん?」

「なんか目に見えて態度が悪くなったな……。ようするにオーナーさんが幽霊に怯えちゃってさ。仕事に支障が出てるからなんとかならないかって彼女に頼まれたんだ」

「じゃあお前がなんとかしてやれよ。お前が頼まれたんだろ? お前の彼女なんだろ? お前が始めた物語だろ? お前が最後まで面倒見ろよ。俺の彼女じゃないのに俺に押し付けるなんて筋違いもいいところだ死ねばいいのに」

「コ、コタロウさんちょっと落ち着きましょうね」


 カレンさんが俺の背中を優しく撫でてくる。

 ヒッ・ヒッ・フー。ヒッ・ヒッ・フー。

 よーし、なんとかラマーズ法で落ち着いた。


「もちろんなんとかしようとしたさ。幽霊なんて最初は半信半疑だったけどな。そしたら本当に幽霊が出やがったんだよ。やたら髪の毛が長い女の幽霊が。俺は無我夢中で剣を振ったね」

「相手は幽霊なんだろ? 剣で斬りつけたくらいでどうにかなるのか?」


 誰もが抱くだろう俺の疑問に、リドルが我が意を得たとばかりに食いついた。


「そこ! そこなのよ! マリオデッドと違って斬ろうが叩こうがどうにもならないわけ」

「つまりおめおめ逃げ帰ったと」

「そこはせめて戦略的撤退と言ってくれ。彼女はオーナー夫婦によくしてもらっているからなんとかしてくれって泣きついてくるし。だから俺、金の力に物を言わせてギルドに幽霊退治の依頼を出そうと思ったわけよ」


 リドルの話を引き継ぐようにカレンさんが口を開く。


「ギルドとしても前例のないことなので、高い報酬を設定したところで受ける冒険者は誰もいないだろうって話をしてたんです。4級のリドルさんが手も足も出なかったわけですし……そしたらちょうどコタロウさんが来てくれたので」

「話はわかったけど俺に話を振る意味が全くわからん」


 もちろん幽霊退治が得意だなんて公言したことはない。


「妹を無事星都に送り届けたコタロウさんならなんとかしてくれるって女の勘がそう囁いているんです」


 カレンさんが上目遣いで俺をジッと見つめてくる。

 それそれ。そういうところだぞ。


 それはそれとして。


 幽霊とは残留思念が凝り固まって具現化する存在。物理攻撃が通じないのも当然だ。風魔の里でもこの手の依頼がないわけじゃないので、対抗するための手段もそれなりに持ち合わせていたりする。

 とはいっても今の俺は冒険者。たとえ知り合いだろうとただ働きはごめんだ。ただし正式な依頼ということであれば、報酬次第で受けることもやぶさかではない。


「コタロウっておっぱいが大好きだよな?」


 リドルが唐突にそんなことを聞いてくる。


「お前、TPOって言葉知ってるか?」


 ほら、見てごらんなさい。カレンさんが両腕で胸を隠しながらものすごい勢いで後ずさったじゃありませんか。


「今年18になる妹がいるんだけどさ。兄の俺が言うのもなんだけど凶悪なおっぱいの持ち主なんだよ」

「右手は添えるだけ」

「は?」

「すまん、噛んだ」

「お、おう。でな、最近どうも彼氏と別れたらしくてどこかにイイ男がいないかなーってボヤいてるんですわ。──どうだ、詳しい話を聞きたくないか?」


 ギルドに併設されている酒場に向けて、リドルがニヤリと笑いながら親指をクイッとした。

 つまり俺に妹を紹介してくれるってことか?

 俺はどうやら誤解していたようだ。リドルってば超いい奴じゃん。


「親友が困っているのに知らん顔をするのは親友の風上にもおけない。親友として詳しい話を聞こうじゃないか」

「お、おう」


 快諾した俺は、リドルの肩に手をかけながら意気揚々と酒場に移動する。

 カレンさんの「最低」という冷え切った言葉を背に浴びながら。


 

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