22話 そうだ、お店をやろう
異世界に来てから三ヶ月が過ぎようとしていた。
この間俺は指定獣魔の討伐に専念し、めでたく4級冒険者に昇格した。
「4級冒険者おめでとうございます。というかまだ生きてたんですか。きっとゴキブリ並みの生命力をお持ちなんですね」
「3級冒険者になったら~付き合ってあげることも~考えなくもないけど~チラッ。チラッ」
このように悪役受付嬢や婚活受付嬢との関係は相変わらずだが、カレンさんとの信頼関係はばっちり築けている。おかげで受付嬢ならではの情報も知ることができるようになったのは大きい。
異世界生活は概ね順調と言ってよかった。
「風魔忍法ドリルクラッシャー!」
「フォッフォッフォ」
「風魔忍法ブレストファイヤーー!」
「フォッフォッフォ」
そんな昭和ロボットヒーロー的な風魔忍法はない。
てかなんで幻爺は俺んちの庭先で小次郎に修行をつけてんだ? 迷惑にもほどがある。
まぁどうせ言ったところでやめないんだろうけど……。
「──ということで店を始めようと思う」
前々から考えていた計画を、俺は目の前に座る猪之助に打ち明けた。
「店ってまたいきなりっすね」
「そうでもないぞ。一ヶ月前から考えてた」
たまたま店先で若い夫婦が仲睦まじく開店準備する姿を見て、単純にああいいなと思ってしまった。
「そうなんすね。でも店をやるにはそれなりの軍資金が必要だと思うんすけどそのあたりは大丈夫なんすか?」
「金のことなら問題ない。低級冒険者でもちゃんと依頼をこなせばそれなりの金は稼げるからな」
冒険者は常に命というコインをベットしている。割りと危険を伴う外壁の補修工事よりも稼げなければ割に合わない。
カレンの話によれば莫大な負債を抱えて没落した元貴族や、商売に失敗して首がまわらなくなった元商人、口減らしのために外に出された元農民などが冒険者の大半を占めているという。つまり金にならなければ冒険者稼業をやるやつなんて本来いないということだ
この異世界のどこかに英雄になるべくして生まれた英雄なんて者もいるらしいが、基本英雄譚に憧れて冒険者になるなんていうのはマイノリティ中のマイノリティで、一般的には変わり者というのがこの異世界の共通認識だ。
「ミザリに店を開くんすか?」
「ああ、三日前にたまたまいい感じの空き物件を見つけてな。実はもう仮押さえ済みだったりする」
「マジっすか。じゃあ冒険者稼業はやめるんすね」
「冒険者はそのまま続けるぞ。ランクを上げないと手に入らない情報源もあるからな。今後は店と冒険者を並行してやっていこうと思ってる」
風魔の里に帰るその日までこの異世界でしかできないこと。そう、殺伐が日常化した日本では考えられなかった人並みの青春。それを取り戻すことこそが今の俺にとってなによりも大切で、店を始めるのもその一環だ。
「なんだかお気楽な感じっすねー」
「肩ひじ張らない程度に物事を進めたほうがいい結果がでたりする。俺の持論な」
「まぁそうかもしれないっすね。ところで何の店をやるつもりなんすか?」
「それを相談しようと思って猪助に来てもらったんだ。猪助が働いている店にはいろんな客がくるんだろ? 参考になる話が聞ければと思って」
あとから知ったことだが猪助の働いているファッション喫茶【このロリコンどもめっ!】は、下は庶民から上は大貴族まで訪れるというロリコン界隈では伝説的な店らしい。
この店で経営のノウハウを学び、そして巣立っていった人物がのちに各大陸に店を構える大商人になったとかならないとか。
「参考になる話っすか……。漠然とでも何をやるのか決まってないんすか?」
「決まってないな」
「それなのに物件だけ先に押さえちゃうところがいかにも若様っぽいすねー。逆に聞きますけど若様はやりたいこととかないんすか?」
「やりたいことかー。んーフィアナと一緒に店をやれれば今のところとくにこだわりはないかなー」
何気ない俺の言葉に、猪助が超反応をみせた。
「え⁉ フィアナと一緒に店をやるんすか!」
「や、違うから! 誘ったのは自分だけ働かないのは心苦しいって言うから! お店を一緒にやっていくうちにいい感じになろうとか全然思っていないんだから! 意図せず体が触れあってお互いに「「あっ」」とか言って頬を赤らめながら気まずくなるのを期待していないんだから!」
「中盤から後半にかけて生々しい願望がだだ漏れっす……」
その言葉で、望んでもいない気まずさが二人の間に生まれてしまう。
俺は暑くもないのに「今日は暑いな」とか言いながら手うちわをしていると、手にしたお茶をズルズルと飲みながら、猪助が何かを思い出したように口を開く。
「そういえば俺の刀が珍しいようで結構な頻度で見せてくれって言われるっす。推しの子そっちのけで金はいくらでも積むから俺の刀を売ってくれなんていう客もいましたね」
「おい、まさかとは思うが売ろうと考えてないよな?」
猪助の刀はそんじょそこらの刀じゃない。裏の世界ではアーティファクト級の金属として知られているヒヒイロカネで作られている。
俺が恐る恐る尋ねると、
「さすがに売らないっすよ。ライムちゃんにちょうだい♡って笑顔で言われたときは正直かなり悩みましたけど」
「そこは悩むなよ」
しかし刀か……。
俺は鞘から半分だけ月光刀を抜く。
考えてみれば、日本よりもむしろ海外で日本刀はうけていたりする。美術品として積極的に海外に輸出されていた時代もあるくらいだ。
てか、武器なのに美術品としての価値があるのって日本刀くらいなもんだろ。飲食店の並びに平然と武器が売られているような世界だ。むしろうけないほうがおかしいまである。
うん、これはいいことを聞いたぞ。
「決めたぞ猪之助。日本刀専門の鍛冶屋をやることにする」
「たしか若様って刀もそこそこ打てるんすよね。需要があるのは証明済みだしいいんじゃないすか」
子供の頃、俺の中で刀鍛冶がマイブームになったことがある。鍛冶師のあやめさんのところに足繁く通ったことも今となっては懐かしい思い出だ。
材料や設備の問題もあるから刀そのものを作るのは難しいだろうけど、それっぽいものでいいなら作れるだろう。
「風魔忍法シャインフラッシュううううううう‼」
いいから家でやれ。
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猪助が物件を見てみたいというので街にやってきた。目指す物件は大通りに面した商店街を入った中ほどにある。
商店街に入るとテラスで酒を飲んでいるカップルを目にした。
「そういえば最近段蔵と蓮華の姿を見かけないけどあいつらどこで何してんの? 自宅に帰っている様子もないし。や、月に一度の会議に出てくれれば別に。あ、あとは働いてくれてそれと人様の迷惑になるようなことをしなければ自由に動いてもらって一向に構わないんだけど」
「自由になるまでのしばりが結構あるっすね……」
そう言って、猪助は苦笑いを浮かべた。
「段蔵さんは見世物小屋で働いているみたいっすよ。団長さんにえらく気に入られたって俺は聞いてるっす」
「ああ、あそこか……」
そういえばやたらでかい熊と相撲してたな。
あの熊の名前なんだっけ?
たしかフェル……フェル……熊吾郎?
「その団長さんがかなりの酒好きらしくて段蔵さんと気が合うみたいっす」
「ははーん、読めたぞ。段蔵が帰ってこないのはその団長と連日飲み明かしているせいだろう」
「多分そんなところっすね」
なんにしても人様に迷惑はかけていないようだし、真面目に働いているのであれば俺がとやかく言うことはない。
「で、蓮華は?」
「蓮華ねえのことは知らないっす」
猪助の態度はどこか素っ気なかった。
「そうか……まぁ蓮華に関しては悪評が聞こえてこなければ最悪それで良しとしよう」
「若様は色んな意味で蓮華ねえに甘すぎる! えこひいきだ!」
鼻息も荒く猪助はそう言うが、俺的には決して甘くしているつもりもえこひいきしているつもりもない。ようは許容レベルの問題だ。
100が最高として猪之助に対する許容レベルを仮に50とした場合、蓮華のそれは多分99くらいに落ち着く。許容レベルはこれまでの付き合いや相手の性格などが複雑に絡み合い、自然と自分の中で形作られていくものだ。
それを猪助に言ったところできっと納得しないだろう。大抵の人間は自分の感じたことを無意識レベルで正しいとする。もし相手の言葉を無条件で受け入れる者がいるとすれば、それは馬鹿か聖人のどちらかだ。
しかし、だからこそ俺はあえて口にする。
「猪助のこともちゃんと愛しているぞ」
「愛が重すぎる!」
街のシンボルである鐘楼からお昼を知らせる鐘が鳴り響く。
俺たちは物件の前に立っていた。
「へぇ、ここっすか。悪くないっすね」
物件を目にした猪助が感心したように言う。
左隣はパン屋で右隣は道具屋。広さは20坪ほどで築年数は四年と浅い。にもかかわらず月々の家賃は25000ルーラだから驚きだ。こんな優良物件が誰にも借りられずに残っていたのは奇跡と言っていいだろう。
「あれ? でも確かここって……」
「どしたん?」
尋ねるも猪助の耳には届いていないようで、建物をジッと見続けている。
すると、
「ねぇねぇ、いつものハッピを着てないけどあれってイノスケさんだよね?」
「ヤバっ! どうしよう。声かけてみる?」
いかにも学生といった感じの女の子たちは、俺という存在を認識していないような態度で猪助に話しかける。
ステルススーツなんて着ていないのに……。
「イノスケさん、ですよね?」
「ん? そうだけど」
「ヤバっ。近くで見るとマジヤバなんですけど」
「いつも呼び込み見ています!」
なに、そのいつもテレビ見てます的なノリ。
ほら、猪助さんも突然のことで困ってるじゃありませんか。
よーし、ここは俺が助け舟を……ってうおっ⁉ なんか物凄い勢いで睨まれたぞ⁉
よ、よーし、ビビったわけじゃないけど女の子たちの邪魔にならないよう少しだけ離れておこうか。
「はぁ……尊い。尊とすぎるよー♡」
「アルティメットイケメンだよね♡」
「なんだよアルティメットイケメンて」
「あ゛?」
「す、すみません!」
あー怖かった。
ボソッと言っただけなのに聞こえるとか地獄耳にもほどがあるだろ。
まぁ女の子たちがメス顔になるのも無理からぬこと。男の俺から見ても猪助は嫉妬が馬鹿らしくなるほどのイケメンだ。そして、そういうやつに限って自分の容姿に無頓着だったりする。猪助はその典型だった。
推しにしか興味のない猪助はぶっきらぼうな口調で、
「俺になにか用すか?」
「あ、あの! あ、あくしゅしてもらっていいですか!」
「わ、わたしも!」
「握手? 別にいいけど……」
無自覚イケメンの猪助と握手を交わした女の子たちは、ワーキャー言いながら逃げるように走り去って行く。
そんな彼女たちの背中を見つめながら、俺は猪助に言った。
「全力で殴ってもいいかな?」
「なんで⁉」