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20話 小太郎VS悪役受付嬢

 クレアと別れた次の日。

 俺は星都の冒険者ギルドを訪れていた。ミザリ支部のギルドのように閑古鳥が鳴きわめいている、なんてことはなく、周囲を見渡すとそこそこ冒険者がいた。

  俺は受付カウンターに注目する。


「またおかしな受付嬢じゃなければいいんだけど……」


 ここで人選を誤るわけにはいかない。選ぶべきは真面目な子。そして真面目と言ったら眼鏡っ子と相場が決まっている。

 俺は丸眼鏡をかけた受付嬢をロックオンし、手が空いたときを見計らって話しかけた。


「あのークレアさんから預かってるお金があると思うんすけど」


 俺がそう言うと、受付嬢は完璧な営業スマイルをもって出迎えた。


「コタロウ様ですね。話は承っております。まずは登録カードの提示をお願いします」

「…………」

「どうかされました?」


 いけないいけない。

 あまりにも対応がまともだったから不覚にもフリーズしてしまった。

 慣れって怖いね。


「コタロウ様?」

「あ、失礼、登録カードですね」

 

 慌てて登録カードを差し出すと、受付嬢は流れるような動作で水晶玉にカードを差し込む。

 水晶玉がほのかに光を帯びた。


「はい、確認がとれましたので会員証をお返ししますね。では、こちらがクレア様よりお預かりした250万ルーラとなります。ご確認ください」


 腰に響きそうな金袋を受け取った俺は、受付嬢が見ている前で中身を確認していく。


「……確認しました。問題ありません」

「ありがとうございます。こちらの受領証明書にサインをお願いします」


 差し出された受領証明書に自分の名前を書きながら、俺は気になっていることを聞いてみた。


「ゾンベアーの報奨金は満額出たんですか?」

「もちろん満額お支払いしました。経緯はクレア様よりうかがっておりますが、クレア様の腕輪に討伐記録が残されている以上、問題はありません」


 ちゃんと貰えたか。ならよかった。

 クレアは気にしなくていいと言ったが、俺がやったことといえばたいまつをかざすだけの、誰にでもできる簡単なお仕事。元々そういう契約だったから後ろめたさを感じる理由はないけど、それでも気にはなってしまう。

 ただ、報酬が全額支払われたことで新たな疑問が出てきた。

 

 「冒険者になったばかりだからルールを完全に把握してないんだけど、たとえば倒した獲物を横からかっさわれたら泣き寝入りになるってこと?」

「そうなりますね。腕輪のシステムは絶対ですし、冒険者間同士の問題に我々ギルドが関与することもありません」


 言った受付嬢はさらりと笑む。だがその顔には有無を言わせない迫力があった。


「中々に厳しい世界ですね」

「それが冒険者ですから」


 ルールの穴をつく奴はどこにだっている。ギルドが関与しないならなおさらだ。きっと裏側では不正が横行しているはず。

 が、それは決して非難されるものではなく、きっとそういう諸々を含めて上手く立ち回りすることが、冒険者に求められる本質なのだろう。


「──またのお越しをお待ちしております」


 受付嬢に見送られ、ギルドをあとにする。

 その後、俺は豊富な資金を元手に、一週間かけて情報収集を行った。

 残念ながら日本に帰る手がかりを得ることはできなかったけど、それなりに有用な情報を手に入れることができた。その間、ただの一度もクレアと再会することはなかった。


 そして、約一ヶ月振りにミザリの街に戻ってきた俺は、借りていた馬を返却したその足で冒険者ギルドに向かう。


 カレンさんはいるかな……。

 相変わらず年季の入った入口の扉を開くと、最初に目に飛び込んできたのは悪役受付嬢だった。というか、悪役受付嬢しかいなかった。

 さすがに閑古鳥鳴きすぎじゃね?


「あら? お久しぶりです。まだ息してたんですね」


 開口一番、悪役受付嬢が舌刀を抜き放った。


「ねぇ、なんか俺に恨みでもあるの? 親でも殺されたの?」

「コタロウさんに殺されるほど私の親は軟弱ではありませんよ?」


 悪役受付嬢はコテンと小首を傾げて可愛らしく言う。

 俺、なんで辻斬りみたいな目にあってんだろう。

 

「今日はコタロウさんでもかろうじて受けれそうな依頼を捜しに来たのかしら? ざんねーん。そんなご都合主義な依頼はないからもう用は済んだわね」


 畳みかけるように言って、悪役令嬢は帰れと言わんばかりに入口の扉をジッと見つめた。

 まだ来てから1分も経っていないんすけど……。


「勝手に俺の用事を完結させないでくれ。──ところでカレンさんは出勤してないのか?」 


 尋ねると、悪役受付嬢はうんざりしたように言った。


「あなたもですか? ここは冒険者が仕事の依頼を受けるところであって、恋愛をするところじゃあないのだけれども」


 悪役受付嬢の言い様から、カレンさんに言い寄る冒険者がことのほか多いことがわかる。

 ま、冒険者の気持ちもわからなくはないし、悪役受付嬢の肩を持つ気もないけど、さすがに頑張れと俺は言いたい。

 パッと掲示板を見た感じ、全然依頼が消化されている気配が……。



「そんなキャッキャウフフな話じゃないから」


 俺が即座に否定するも、


「無理よ無理、1000%無理だから諦めなさい。あの子おっぱいがでかいくせに身持ちはマナ鉱石よりも固いから」


 俺の話聞いてる?

 人の話はちゃんと聞きなさいってママンに教わらなかった?

 あと全国の大きいおっぱいに謝れ。

 おっぱいでかい=ビッチじゃないぞ。

 

「今日来たのは妹さんの件でカレンさんに話があったから来ただけだ」

「妹? ──そう、つまり憲兵を呼ばれたいのね」


 怖い怖い!

 てか、その手にしたナイフで何するつもりなんだよ!

 憲兵どこいった!


「この声……もしかしてコタロウさん?」


 この場においてその声は、女神の声にも等しかった。


「カレンさん!」


 俺はカレンさんの背中に瞬時に身を寄せ、


「あの悪役受付嬢がぽっくんのこといじめるのー」

「悪役受付嬢……一応聞くけどそれって私のことかしら?」


 酷薄な笑みを浮かべる悪役令嬢。なんなら氷の炎みたいなエフェクトが見えるまである。

 そんな凍てつく波動を繰り出したって無駄だぞ! 

 今の俺は女神の絶対防壁に守られているんだから!


「マキナ、気に入った新人冒険者をいじめるのはやめなさい」


 え? 俺って悪役受付嬢に気に入られてんの? なして? 彼女には風魔忍法イケボも通じなかったし……。

 目だけでカレンさんに理由を問うと、カレンさんは俺の耳元に唇を寄せた。


「リュウグウ花の件です。5級冒険者のくせに中々やるわねって言ってました」


 なるほど、つまり壮大な勘違いをしていらっしゃると。

 表向きにクレアが絡んでないからそう見えても致し方ない。──ふむ、真実が明らかになればもれなく殺されるぞ。


 てか、どんだけ愛情表現下手くそなんだよ。今どきの小学生だってもう少しスマートにやるだろ。


「コソコソと話すのはやめなさい。それと妙な言いがかりもよしてちょうだい。私はね、そこの悪魔からあなたの妹を守ろうとしただけ」

「妹?──ああ、そういうこと」


 さすがはカレンさんだ。俺が言い訳をするよりも早く事情を察してくれたようで、悪役受付嬢を体よく休憩に行かせた。


「すみません。マキナも悪い子じゃないんですが少し口の悪いところがあって」

「少しじゃないよ。ものすごーく悪いから」


 俺じゃなかったら心がペキンと折れてるレベルだね。


「はは……プリシラの件ですよね? コタロウさんからの手紙はちゃんと受け取りました」

「それならいいんだ」


 なにせこの国の配達システムがどこまでしっかりしているかわからんからな。

 届いているなら何も問題ない。

 

「立ち話もなんですから」


 俺は勧められるまま奥のカウンターに座った。


「あらためてお礼を申し上げます。プリシラを無事星都まで届けていただきありがとうございました」

「仕事だから」

「それでもありがとうございます。道中あの子は我儘を言いませんでしたか?」

「全然言わなかったしいい子の塊だった。お姉さんの育て方がいいんだね」

「正面切って言われるとちょっと照れちゃいますね……」


 カレンさんは頬を人差し指でかきながらはにかんだ笑みをみせる。シスコン万歳。


「ところでタカン遺跡にマジカルメデューサはいましたか?」

「──イタ。タオシタ」


 プリシラが。

 カレンさんは満足そうにうなずき、


「コタロウさんにお願いして本当に良かったです。やっぱり私の目に狂いはありませんでした」


 その目、魚眼レンズ入ってますよ?

 なんて言えるはずもなく、俺は顔を引きつらせながら笑って誤魔化すことに終始した。


「実際マジカルメデューサの幻影魔法ってどんな感じなんですか?」

「マジカルメデューサ様の幻影魔法は……」


 おっぱい。

 右手は添えるだけ。

 う、頭が……。


「その様子、もしかしてかなりの激闘だったんですか」

「確かに激闘でした。そう、記憶が飛ぶくらいに……」

「頭を強打したんですか! 大丈夫なんですか!」

「ああ、仕事だからな」


 カレンさんはホッと胸を撫で下ろし、


「それならいいんですが……プリシラを守るために命がけの戦闘をしてくれたのに、私ったら興味本位で聞いたりして、本当にすみませんでした」


 頭を下げようとするカレンさんを、俺は軽く手を上げることで制した。


「いや、いいんだ。仕事だから」


 とにかくここは仕事押し一択だ。

 カレンさんはフフと笑って、


「コタロウさんは器が大きいですね。──ところでちょっと気になったんですけど、どうしてマジカルメデューサに様をつけるんですか?」

「ちょっと噛んだだけだから、忘れてもらえるとすごく助かる」


 残りの報酬は後日カレンさん宅で受け取ることになった。

 久々の我が家(廃村)に戻ってみると、見たことのないやたらでかい犬と幻爺がそれはもう楽しそうに遊んでいる様を遠目に見る。


「またどこからか拾ってきたのか?」


 呆れ半分で幻爺と犬を眺めている俺に、近づいて来た猪助が妙なことを言ってきた。


「あれ小次郎っすよ」

「は……?」


 

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