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17話 幻影魔法を打ち破れ!

 ──タカン遺跡。

 太古の時代、栄華を誇っていたタカン帝国の成れの果て。代々の皇帝は国の守り神でもある竜を使役できたことから竜帝とも呼ばれていたが、その竜の怒りを買って一夜のうちに国を漆黒の炎で焼き尽くされた。

 今も僅かに残されているのは朽ちた石柱群だけである。


 ミザリの街を出発してから早くも六日が過ぎ。

 俺たちはいよいよマジカルメデューサの目撃情報があったタカン遺跡に足を踏み入れようとしていた。

 

 最初こそ穏やかな旅路だったが、オークの出現を皮切りに様々な獣魔と遭遇した。そして、その度にプリシラが魔法で瞬殺していった。

 ここまで俺の出番はなく、なんならプリシラの身の回りの世話をするだけの完全な家政夫に成り下がっている。


 これはさすがにまずい。何がまずいってこのままだとプリシラに無能扱いされ、最悪追放されてしまう恐れがある。

 そう思った俺は風魔忍法〝イケボ〟を駆使し、プリシラに警戒を促した。


「道中話した通りここにはマジカルメデューサがいる可能性が高い。マジカルメデューサは力こそ大したことないが幻影魔法を操るらしい。決して油断するなよ」


 違うそうじゃない。

 カッコつけてどーするんだよ。

 そもそも幼女にイケボ需要なんてあるはずないのに!


 俺が頭を抱えていると、プリシラが振り返り、力強くうなずいた。

 

「大丈夫。前にコタロウが教えてくれた。一つの油断が一つの死を招く。だからプリシラは油断しない」


 ねぇこの子、本当に5歳?

 しっかりし過ぎていてもお父さんちょっと心配しちゃうよ?


 警戒しつつ、常歩で進んでいく。


「元は栄えた国だったんだろうな」


 それどうやって作ったの? ってくらいの巨大な石柱があちらこちらに転がっている。そんな国でも滅ぶときは滅ぶ。

 人と同様、国家も永遠でないことがわかるに足る光景だった。


「コタロウ、プリシラお腹が空いてきた」


 頭をカクンと後ろに倒して体を預けてくるプリシラが、お腹を擦りながら飯の催促をしてくる。


「この遺跡を抜けるまで我慢できそうか?」

「うん、プリシラいい子だから我慢できそう」

「偉いぞ」


 頭を撫でてやると、プリシラは首をすくめながら「えへへ」と嬉しそうに笑う。

 さらに道なき道を進んでいると、徐々に視界が白んできた。


「なんか霧が出てきたね」

「妙だな……」


 霧が発生する条件はいくつかあれど、今はどの条件にも合致しない。

 それから五分しないうちに周囲は深い霧で覆われてしまう。しばらくして俺の目が霧の中に(たたず)む人影をとらえた。


 俺たち以外にも人が?

 慎重に近づいてみると、


「コタロウさん」

「え? フィアナさん……?」

「はい、フィアナです」

「どうしてこんなところに……」


 いや違う。

 フィアナがこんな場所に、しかも一人でいるなんていくらなんでも不自然すぎる。この異常な霧といい、きっとこれがマジカルメデューサの幻影魔法に違いない。

 

「追いかけてきたの。どうしてもコタロウさんに会いたくなって」


 もはや疑う余地はないだろう。獣魔のくせに違和感なく言葉を操っていることからも、相当に知能が高いと思われる。

 笑顔で走り寄ってくるマジカルメデューサに近づくなと制した俺は、プリシラにはその場から動かないよう釘を刺しつつ、馬から降りた。


 俺とマジカルメデューサとの距離は約4メートル。

 何をされても即応できる距離だ。


「六日ぶりに会えたのにどうしてそんな意地悪言うの?」

「くくくっ、意地悪ときましたか」


 見た目はフィアナそのもの。驚愕すべきは本人も気づいていないかもしれない左手、小指の第一関節のホクロまで再現していることだ。

 おそらくは俺の記憶を読んで作り上げたのだろう。そこは素直に大した幻術だと思う。風魔の里にもこれほどの幻術を使えるやつなんていない。さすがは何でもありの異世界だ。


 だがしかーし!


 第二十四世風魔小太郎が騙されると思っているところが、所詮は獣魔の浅知恵といったところ。

 身近な者の幻影を見せてこちらが油断した隙に襲い掛かる算段だろうが、そんな見え見えの手に引っかかる俺様だと思うなよ!


「どうしてだって? それはお前がフィアナさんじゃないからさ!」


 俺は大きく手を広げながら劇団口調っぽく言ってみる。

 とくに意味はない。


 マジカルメデューサは目にじんわり涙を浮かべながら、


「私が偽物だって言うの? ひどいよ、私はただ会いたかっただけなのに。コタロウさんは私に会いたくなかったの? もしかして私のことが嫌いになっちゃったの?」

「偽物相手に好きも嫌いもない。いつまでこの茶番を続けるつもりだ?」

「……牢屋から私を連れ出してくれたあのとき、私は恥ずかしくて言うことができなかったけれど、コタロウさんが白馬の王子様に見えた。そんなコタロウさんになら私の初めてをあげてもいいと思ったのに……」


 ほほうん。

 しかし随分と細かい記憶まで読むじゃあーりませんか。

 それに何をくれるって?

 

「そんな曖昧な言葉じゃ何もわからないな。さあ、初めてのなにをくれるのか、はっきりと言いたまえ!」

「コタロウさんの意地悪。なけなしの勇気を振り絞った女の子にそんなこと言わせるつもり?」


 マジカルメデューサは頬を赤らめ、上目遣いに俺を見つめてくる。


 ほほほうん。

 なるほどなるほど。

 そうきましたか……。


 気付くと俺は、マジカルメデューサに触れられる位置に立っていた。


「──ッ⁉」


 強制転移魔法だと⁉

 今までの獣魔とは一味も二味も違うぞ!

 

「ここなら誰も見てないし……恥ずかしいけどコタロウなら、いいよ」

「バカな! 体がいうことを効かない……ッ!」


 恥ずかしそうに顔を背けて言うマジカルメデューサの右胸に、俺の左手が万有引力の法則に従って引き寄せられていく。たとえ神であってもこの法則から外れることなどできはしない。

 まさかこれほど恐ろしい獣魔とは……。


「ん……どう、かな?」


 蓮華のそれとはまるで違う。

 どこまでいっても上質で滑らかな触り心地。それだけにととまらず、安らぎまで与えてくれる。もしこの世に桃源郷とやらがあるのなら、まさしくこここそが桃源郷なのだろうと錯覚させるほどの陶酔感。


「コタロウさん……その、右だけじゃなくて左のほうも寂しがってるから……」


 マジカルメデューサさんの言葉に、再び万有引力の法則が発動する。意思とは無関係に俺の右手がマジカルメデューサさんの左胸に添えられた。

 右手は添えるだけ……。


「んんっ! ……はぁはぁ、どうです、か?」

「控えめに言って最&高でございます」


 吐息交じりの艶やかなマジカルメデューサさんの甘声に、俺の言葉は自然と丁寧なものになっていた。

 両手を胸に張り付けたまま微動だにしないでいる俺に、マジカルメデューサさんが身をよじりながら言う。


「……もう我慢しなくてもいい、から」


 おいおい。俺が何を我慢してるって? 

 なんて野暮なことを言う時間はとうに過ぎ去っているのだろう。だが、後々訴えられないためにもしっかりと確認は必要だ。


「ほんとうにいいんですね?」

「ダメ……私もう我慢できない。か、勘違いしないでよね! こんなこと誰にでも言うわけじゃないんだから!」


 顔を真っ赤にしたマジカルメデューサ様は、俯きながら足をくねくねさせている。第二十四世風魔小太郎として、なにより男としてこれ以上マジカルメデューサ様に恥をかかせてはいけない!


「じゃあお言葉に甘えて全力でいかしていただきますぅ」

「ふぇっ……?」


 オールグリーンを確認した俺は、マジカルメデューサ様の胸に深く、より深く埋まるよう顔をうずめていった────……。



「コタロウ」

「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ‼‼」

「コタロウってば」

「ふひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ‼‼‼‼」

「コタロウ!」

「はいっ!」


 ────ん?

 ここはどこ?

 わたしはだあれ?


「やっと元に戻ってくれた。マジカルメデューサはもうやっつけたよ」

「マジカルメデューサ?」


 なにそれ?

 ……はっ! そうだった!

 俺はマジカルメデューサと対峙してたんだ!


「え? もうやっつけたって誰が……?」

「だからプリシラが」


 そう言うプリシラの視線は、俺の直下に向けられている。

 そこには……。


「うおっ⁉」


 首を見事なまでにちょんぱされた獣魔が仰向けに横たわっていた。

 切断面から察するに、プリシラが得意とするソード・ルナティックで殺したのは間違いない。が、問題はそこじゃない。問題は俺の手がマジカルメデューサのおっぱいを、今も絶賛鷲掴みしていることだ。

 獣魔のくせになんてけしからんおっぱいをしているんだと、突っ込んでいる余裕すらない。


「……ええと、つかぬことをおうかがいしますが、プリちゃんさんはどこから見ていたのでしょうか?」


 大事なことだった。

 パンドラの箱を空けるような面持ちの俺に、プリシラはにこやかに答える。


「もちろん最初からだよ。コタロウがマジカルメデューサに一方的に話しかけていて、そしたらビュッってマジカルメデューサのそばに行ったの。すぐにコタロウがマジカルメデューサのおっきなおっぱいを顔に挟んで最&高!最&高!って言い始めて、そしたらマジカルメデューサがコタロウを食べようとしたからコタロウには動くなって言われてたけど、プリシラはマジカルメデューサの首を斬り飛ばしたの。それでもコタロウはマジカルメデューサのおっぱいから手を離そうとしなくて、それだけじゃなくておっぱいにはさんだ顔をすごい速さで動かし始めたから──」

「わかったから! もうわかったからそれ以上は言わないであげて!」


 俺は涙目でプリシラに土下座した。





 ──三日後。

 予定より一日オーバーしたが、俺たちは無事星都ペンタリアにたどり着くことができた。


「星光教会の人たちがたくさんいるね」

「……ああ、あの白いマントをつけた人たちのことか」


 宗教都市だけあって、ミザリの街とはまた違った独特な雰囲気がある。

 ちょうど近くを歩いていた子供にセントラル魔法学院の場所を尋ねると、さすがに有名らしくあっさりと判明した。

 

「──ここがセントラル魔法学院か」


 俺の目の前には、西洋の城を連結したような建物がそびえたっている。

 歴史を感じさせる壮麗さに圧倒されていると、いかにも教育者然とした老婆が近づいてくる。銀縁の丸眼鏡と綺麗に結い上げられた白髪が品の良さを表していた。


「プリシラさんですね」

「はい、プリシラです」

「私はセントラル魔法学院の学院長、アメルダ・トゥワイスです。プリシラさんを迎えに来ました」


 そこまで言って、学院長は俺を見る。


「あなたは?」

「プリシラをこの魔法学院に連れて行くよう頼まれた冒険者です」

「そうですか。聞いていた話よりも遅かったようですが」

「すみません。道中色々ありまして……」


 ほんと色々あったな。

 あいつらがいなくてほんとーによかった。

 とくに蓮華。


「そうですか。なんにしてもご苦労様でした」


 冒険者に興味はないようで、学院長の言葉は通り一遍のものだった。

 長いようで短かったプリシラとの旅もこれで終わりだ。


 少しだけ、ほんの少しだけ寂しいような……。


「ここでプリちゃんとはお別れだ。魔法の勉強頑張れよ」


 俺がプリシラの頭をわしゃわしゃ撫でると、プリシラはくすぐったそうな笑みを浮かべた。


「うん、いっぱい頑張る。コタロウ、送ってくれてありがとう」

「礼を言われるほどなにもしてないけどな」


 実際家政夫しかしてないし。

 なんならプリシラに命救われてるし。

 あれ? もしかしなくても俺、相当やばくね?

 

「コタロウとの旅はすっごく楽しかった。今はまだ小さいから無理だけどお姉ちゃんみたいに大きくなったらコタロウにプリシラのおっぱいをいっぱい触らせてあげるから楽しみに待っててね」

「ちょっ! ──滅多なことを言うんじゃありません」

「なんで?」

「なんでって学院長様が勘違いしちゃうでしょう」


 言って恐る恐る視線を上にずらすと、そこには鬼の形相をした学院長の姿が……。

 これはもう完全に誤解していらっしゃる。


「なにやら聞き捨てならないお話ですね。どういうことか説明していただいてもよろしいですか?」


 俺が言い訳を始めるより先に、


「コタロウはね、おっぱいがとってもとーっても大好きなの。どれくらい好きかっていうとマジカルメデューサのおっぱいに顔をはさんで最&高!最&高!ってたくさん叫ぶくらい好きなの」


 俺を見る学院長の目が、明らかにゴミを見るそれに変わっていた。

 プリシラによる縦断爆撃がさらに俺を窮地に追い込んでいく。


「それでね、コタロウはおっぱいをはさんだ顔をこうやってブルブルって──」

「プリシラをよろしくお願いしまーーっす!」


 俺は全力でその場から逃げ出した。

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